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第17話 フェロモン星人?

 男は足を組んでその上に自分の肘を置く。そして、ゆったりと顔に手を添えて奈子を見下ろした。


 ブレザーではなくベージュのカーディガンを着ている男の首元からは、彼の色白い肌が見えていた。


(男の人でも、すごく色っぽい人だなあ……)


「……だれ、ですか」


「誰だと思う?」


 おそらく先輩だろうなと思いながら問うた奈子に、男はすぐさま問い返してきた。


 その言葉に、奈子は彼をジッと見て考えてみる。


(うーん。なんか、頭の中で引っかかっていることがあるような……)


 多分、先輩。それも3年生のような気がする。しかもこれだけの美形だ。奈子でも一度は名を聞いたことがあるのかもしれない。


『あいつは、特殊なフェロモンでも発しているに違いない』


 ふと、奈子は出会った日に長田が言っていた言葉を思い出した。そう、長田が言っていた人物。つまり――――。


「……新聞部の、副部長先輩」


「ふふっ、副部長先輩だなんて呼ばれたの初めてだよ」


 口元に手を当ててコロコロと笑う男は、カメラから手を離す。


 ――――そして、木の上から飛び降りた。


「僕は新聞部副部長の御園恭弥(みそのきょうや)。よろしくね」


 華麗に着地した男――御園は、笑顔のまま奈子に手を差し出す。もう片方の手は首に掛けているカメラを大事そうに抱いていた。


 奈子は、御園の手をジッと見つめる。


 彼の指は細くて長い。浮気くんも綺麗な指をしているが、浮気くんのものの方が無骨だ。


 御園の指は男性のものというより、女性らしさが滲むものだった。線は細くないのに、どこか中性的な雰囲気の彼の容姿にピッタリの手だ。


 奈子は彼の手をそっと握った。想像通り御園の手はすべすべで、近づいた距離によってふわりと花のような匂いが香る。


「新聞部に入部した、大木奈子です」


「うん。長田から聞いてるよ。変わった1年が2人も入ったって。浮気して欲しい彼女と、絶対に浮気したくない彼氏。でしょ?」


「…………確かに私たちは新聞部ですが。まだ、本格的に新聞部の活動はしてないです。お菓子ばっかり食べてます」


「あはは、今はテスト期間中だしね。テスト明けに君たちの歓迎会をやるって長田が張り切ってたよ。あとお菓子は好きに食べていいからね。食べても食べても無くならないんだ。僕は甘いものが大好きってわけでもないし。あれ、僕への貢ぎ物なんだけど消費して欲しいから置いてるんだ」


 そう言って笑った御園は、最後にきゅっと手へ力を入れてから奈子の手を離した。


 確かに部室のお菓子はいつ行ってもストックがいっぱいあった。長田から好きに食べていいと言われたし、浮気くんも自分でお菓子を持ってくるからストックが尽きたことはない。


「御園、先輩はモテるんですね」


「うーん。まあ僕は美しいらしいから。君の美しさのせいで自分は狂ってしまったって、よく言われるし」


 どこか他人事のように言う御園は、持っているカメラに視線を落とす。目を伏せたことによって、彼の睫毛の長さがより強調されていた。


(浮気くんも睫毛長いけど、浮気くんに女性らしさは感じたことないんだよな……)


 浮気くんの場合は、容姿はともかく性格がアレなので「中性的」だとか「儚い」という言葉はあまり似合わない。


 けれど、御園はそういった言葉や「耽美」といった感じが似合う男だ。長田の言う特殊なフェロモンが出ている、というのにも頷ける。


「で? 奈子ちゃんは彼氏の浮気くんに浮気して欲しいんだよね? でもさ、させるんじゃなくて自分がしようとは思わないの? ――――例えば僕と。どう? いい刺激になるんじゃないかな」


 ね? と小首を傾げながら御園が腕を伸ばす。その手は、奈子の髪の毛に触れようとしているのがわかる。


 ――――それを、奈子は一歩下がることで避けた。


「あら、振られちゃったかな?」


「……浮気くん以外の男の人には触らせないって、浮気くんと約束したので」


 手を避けられても笑顔のままの御園に、奈子はおずおずとそう言った。


 先ほど握手はしてしまったが、髪を触らせるのは浮気くん的には完全にアウトだろうなと思った奈子である。そう思ったからこそ、御園に触らせなかっただけなのだが。


 面白いものを見たとでも言うように、御園は口角を上げた。


「へえ、それを律儀に守ってるんだ? 浮気して欲しいのに?」


「んむ…………確かに、浮気をして欲しいですけど。別に浮気くんが嫌なことはしたくないというか」


「彼は浮気したくないんだろう? なら、浮気を強要するのもいけないんじゃないかな」


「強要はしてません。あくまでも彼の判断で浮気してもいいよというか……。愛とか恋は、いっぱいあった方が幸せだから。浮気くんが幸せになればいいんに、んんっ……いいなと思う」


 最後噛みそうだった……と少し焦る奈子に、御園の訝しげな声が掛かる。


「ふうん? …………なら、もう答えは出ているように思うけどなあ」


「え?」


 御園の言葉に顔を上げた奈子は、突然のシャッター音と光に目を閉じた。


「あ、目瞑っちゃってる。もう一枚いい?」


「え……はい」


 よくわからないが、御園は奈子の写真を撮りたいらしい。いつの間にか構えたカメラを向けられる。奈子は写真くらいなら別にいいか、と頷いた。


 一枚、と言ったくせにシャッターをきるのを止めない御園へ奈子は問いかける。


「……先輩は、カメラが好きなんですか」


「うーん。好き、なのかな? でも、手放したくないんだ。……大事な人から教わったものだから」


 カメラを操作しながら答える御園。彼は少し俯いて、笑っていた。その表情は少し複雑そうで、でもカメラを触れる手はとても優しい。


(もしかして、カメラを教えた人って――――)


 頭でしっかりと考える前に、奈子の口は勝手に開いていた。


「――――恋人?」


 奈子の言葉に、御園の動きが止まる。


 しかし、それも一瞬だけで彼は顔を上げると目を細めて笑う。けれどもその笑みはどこかぎこちなく、奈子を警戒しているようにも思えた。


「…………ちがうよ」


「じゃあ好きにゃ、ひと?」


「…………にゃ?」


「……………………んにゃぁ」


 またやっちゃった、と自分の口を塞ぐ奈子を御園が目を丸くして見る。


 パチリパチリとその長い睫毛を上下させた御園は、一瞬置いて口に手を当てた。


「――――ふ、あははっ。奈子ちゃんじゃなくて、にゃーちゃんじゃないか!」


「…………猫じゃ、ありません」


「ふ、そんな猫目で不貞腐れても益々猫っぽく見えるだけだよ。ほら、もう1回鳴いてみてよ。にゃーちゃん」


「……………………んにゃあ」


 本当に鳴いた! と腹を抱えて笑う御園に、奈子は虚空を見た。


(そんなに笑わなくてもいいのに…………)


 ジッと見つめる奈子に気がついたのか、咳払いをした御園が少し焦ったように口を開く。


「……コホン! えっと、ごめん。笑いすぎたね。でもさ、可笑しいから笑ったんじゃないんだよ。すごく可愛らしかったから、つい」


「……可愛いから、笑うっていうのはよくわからない、です。馬鹿にされてる、のとは違うとは思うけど……」


 可愛いから大笑いするのだろうか。早苗はよく奈子のことを可愛いと言いながら血走った目で見てくるが、大笑いされたことはない。


(浮気くんの目は…………他の誰とも違うしなあ)


 やっぱりよくわからない、と首を傾げる奈子に御園が小さな声で言った。


「ああ…………そうか。なるほど。これじゃあ彼氏くんが苦労するのも無理ないなあ」


「それは、どうゆう――――」


「にゃーちゃんは、まだまだ子猫なんだってこと」


 さらに首を傾ける奈子に、御園が笑う。彼は自分の首に掛けていたカメラを外すと、それをそのまま奈子に差し出した。


「え?」


「あげる。にゃーちゃんも新聞部の部員なんだから、カメラの一台くらいあったほうがいいでしょ」


「でも、大事な物なんじゃ」


「これは自分で買ったカメラだから。可愛い後輩のにゃーちゃんにあげる。ほら、受け取って」


 御園が笑顔でそう言うので、奈子は少し迷いながらカメラを受け取る。奈子の小さな手には少し大きなそれと、微笑む御園を交互に見る。


「……本当に、いいんですか?」


「うん。いいよ」


「でも私、使い方とかわからない……」


「僕が教えてあげられるし。それに――――」


 御園が奈子の胸の辺りを指さす。


「――――心が動いたら、シャッターを押す。それだけで良いんだ」


「心が……動いたら」


「見返したら、色々わかることもあるかもね?」


 奈子は指された自分の胸を見下ろす。


(わかることって、なんだろう)


 首を傾げる奈子に、御園がまた音を立てて笑う。笑み1つでも色気があって凄い。決して自分には出来ないな、と心の中でそう思う。


(私も、大人になれば先輩みたいに色っぽくなれるのかなあ)


「――――奈子!」


 そんなことを考えていた奈子を呼ぶ声がする。


 声に振り返ればそこにいたのは、浮気くんだった。彼は、必死な形相でこちらに走ってくる。


(どうしたんだろう)


「そこにいる変態製造機フェロモン星人から離れるんだっ!!」


「なんて?」

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