第15話 ラブラブトライアングル?
奈子の言葉に、早苗の手が止まる。2人が驚いたという表情でこちらを見てくるので、奈子は自分の予想が当たっていたことに頷いた。
「よく言われたことがあるの。お母さんも、お父さんもいなくて寂しいね。悲しいねって。でも、私は誰かに憐れまれるほど酷い人生は生きてないし。じいちゃんもいたし」
奈子を憐れんでくる人間は、大抵がそれを言う自分に酔っている者か、それをすることで利がある者だけだった。
「――――でも、2人が心配してくれるのは嬉しい。私、何となく雰囲気でその人がどう思ってるのかっていうのはわかるの。……だから、ありがと」
棘が刺さっているようだな、とか。ベタベタ、ネバネバするな、とか。とにかく汚いものを見るような。
そんな感覚ばかりを経験してきたから。それにそれを与えられたとて、自分には関係のないことだと思って来たから。自分に与えられる他人の感情なんて、真剣に考えたことがなかった。
でも奈子にとって、初めてできた友達。
初めて奈子を力いっぱいに抱きしめてくれた早苗と、初めて直すところがあると真っすぐに伝えてくれた藤堂。
そんな彼女たちとの関係を、奈子は大事にしたかった。失いたくもなかった。
――――だから、考えるのだ。伝えるのだ。いなくなってしまう前に。手をしっかりと握れているうちに。
「…………2人とも、どうしたの?」
「う、ひっく……ど、どうしたってぇ。そ、そんなこと言われたら泣くでしょうがあぁ」
「うん。これは……結構、くるね」
「……いや、だった? 友達、ちがった?」
両目から大粒の涙を流す早苗と、顔を手で押さえている藤堂。
そんな2人の姿に、奈子は自分の心臓が握りしめられたかのようだった。
「――――いやなわけないでしょっ!! このニブニブ猫ちゃんめ! 私たちは友達に決まってるでしょっ! ズッ友よ、ズッ友! ね、ヒカル」
「――――うん。まだ出会ったばかりだけど、私も2人とこれから長い付き合いになれば良いと思ってるよ」
そう言って、奈子の手を片方ずつ握りしめる早苗と藤堂。
早苗は涙で目元が黒くなっているし、藤堂の鼻と目元が赤い。
でも2人は笑っていた。笑って、奈子を見つめてくれている。
(私、この高校に入って、本当によかったなあ)
高校を決めた理由は、家から近かったから。そして、寡黙だった祖父が珍しく強く薦めてきた高校だったからだ。
決め手はやはり距離だったが、偏差値の高さにヒイコラ言いながらも勉強したのは、祖父に褒めて欲しかったからだ。
『……お前はもっと他人に興味を持て』
病床に臥せっていた祖父が、そう零したことがあった。
言われた時は、なぜそう言うのかがわからなかった。
でも――――。
(今は何となく、わかる気がするよ。じいちゃん)
結局2人は、予鈴が鳴るまで奈子をずっと離さなかった。
それを、奈子も緩んだ顔で受け入れたのだった。
*
「はっ! もう私たちの愛だけでいいじゃん! 浮気いらないじゃん!」
「うーん。でも、それとこれとは別っていうか」
「何でえぇ!! いいじゃん! うちらラブラブトライアングルでしょう!? お邪魔虫は要らないのよ!!」
「ははは、確かにね。私たちだけで奈子にいっぱい愛を注いであげるよ? それじゃ満足できない?」
教室までの道中、早苗が閃いた! と急にそんなことを話しだす。片腕を絡めて泣く彼女はとても可愛らしい。
藤堂も早苗の言葉に乗って、奈子の顎をすくうように手を添えて目を細めた。その瞳は凄く愉しそうだ。
早苗の言葉と態度で伝えてくれる愛と、藤堂の静かに、けれど行動と目で伝えてくる愛。
それを感じると、奈子の体はポカポカと温かくなる。この感覚は、小さい頃祖父の膝の上で昼寝をした時のものと似ている。
だけど――――。
(…………浮気くんに見られた時の、あの喰われてしまいそうな感覚とは違うんだよなあ)
獲物として見られているという恐怖。そして――――怒り。
冷静に振り返ってみると、新聞部の部室で浮気くんに迫られた時の感情はそんな感じだったのだと思う。
「獲物と見たことを後悔……というか、一泡吹かせたいような」
「えっ、何の話!?」
「猫を舐めるなと言いたいような……猫じゃないけど」
「ふふ、なにそれ」
とにかく、浮気くんが与えてくるものは早苗と藤堂がくれるものとは異なるのだ。
2人のくれるものは、とても心地いい。いつまでもそこにいたくなる。
でも、それでは奈子は成長できない。大人にはなれやしないのだ。おそらく。
(――――だから、浮気くんのあのギラギラとした目が私を変えてくれるんじゃないかって思うのかも)
「……うん。やっぱりあのギラギラを沢山見るには、いっぱい浮気してもらわないと」
「あ、結論戻った」
「…………なんか、ここまで来ると浮気の奴が少しだけ可哀そうに思えてくるわよ」
そんなことを言う2人に向かって、奈子はペコリと頭を下げた。
「なので、浮気くんの好みの女の子とか? を探るのを手伝って欲しい、です。私、そういうの得意じゃないし。他のクラスの子の知り合いとかも、いないから」
顔を上げた奈子に、2人の視線が集まる。
何だか歯に物が詰まったかのような表情だが、何か可笑しいことでも言っただろうか。
浮気させるには好みのタイプを知ることは必須だと思ったのだが。
「…………鏡を見ればって言っても意味ないよなあ」
「鏡?」
「奈子ちゃん、マジかそこまで? …………すっげえ推せる!」
「推せるんかい」
親指を立てる早苗と、彼女にツッコむ藤堂。
2人は目線を互いに合わせてから、「仕方がないなあ」と言うように肩を竦めてため息を吐いた。
「ふん! まっかせてよ、奈子ちゃん! 私が絶対に浮気の野郎に浮気をさせてみせるわよ!」
「ふふ、そうだね。こういうイケナイことも、刺激的で面白そうだよね。私も、奈子の気が済むまで付き合うよ」
2人の言葉に、奈子は自分の口角が上がっていることを感じた。
嬉しい。受け入れられた。
(……うれしいなあ。ここちがいいなあ)
「ありがとう、2人とも。だいす――――」
「――――奈子っ!」
「き?」
奈子は、呼ばれた自身の名前に振り返る。
そこにいたのは、呼吸を乱した浮気くんだった。
彼は息を整えることなくズンズンと奈子に近づいてくる。
「浮気くん、どうした――」
「――――別れないぞ、絶対に」
奈子の言葉を遮って、浮気くんが低い声で言った。掴まれた肩が少し痛い。
彼の瞳は、今までになく暗く妖しく光を放つ。窓から差し込む陽の光を浴びているはずなのに、その瞳だけが冷たい氷の様だ。
(なのに、視線はすごく熱くて……ゾクゾクするのが不思議だなあ)
この視線の意味は何だろうか、と思いながら奈子は浮気くんの手に自分の手を重ねた。
「うん。そうだね? 私も別れるつもりはないよ」
「は? だが……」
瞬いた浮気くんは、チラリと奈子の頭上を見た。
(もしかして、2人が何かを言ったのかな?)
もう行動に移してくれたとは。頼りになる友達たちである。
そんな彼女たちに相応しい働きを、自分もしなくては。
奈子はそう決意して、口を開いた。
「――――別れるつもりはないけれど、浮気くんはエッチじゃない女の子と浮気していいからね」
「はあ!? ちょ、おい! それはどういうことだ! 浮気してほしいというのは諦めたんじゃなかったのか!? あと別にエッチじゃない女が好きだとは一言も言ってない!」
「へえ。じゃあ、エッチな子が好きなんだ。やっぱり」
「んなっ!?」
「私じゃあ、満足させてあげられないからね。多分」
奈子は、自分の体を見下ろす。身長に見合った子供体型だ。もちろん、胸だけ大きいだなんて都合の良いことはない。
顔を真っ赤にして震える浮気くんに、奈子は自分の胸に手を当てて言った。
「――――でも安心して。私が必ず巨乳でナイスバディな女の子を見つけるから。そしたら、もっとそのギラギラした目を見せてくれるよね?」
浮気くんは、先ほどから石化したかのように動かない。そんな彼に首を捻っていると、チャイムが鳴った。
「あ、授業始まっちゃった。早くいかなきゃ」
そう言って奈子は、固まる浮気くんの横を通って教室に向かう。
(なんかよくわからないけど、カウンターパンチを決めたかのような快感だ……)
浮気くんの表情を思い出して、奈子は1人笑った。
*
「……奈子ちゃん、つええぇ。そんなところも、推せる」
「いやあ、さすがの浮気も固まるわ。あれは」
藤堂は、未だ動かない浮気を見て苦笑いする。
あの奈子の言葉は、彼女のことが好きだという男には色々と打撃を与えたことだろう。
「ていうか、ヒカルも浮気になんか送った?」
「うん。『奈子が浮気に浮気させたがってるって』そのまま。早苗は?」
「『このままじゃ、奈子ちゃんに別れを切り出されるぞ』って」
「絶対早苗の見て来たでしょ。てゆうか、この短時間でこの場所がわかるのが怖いんだけど」
「確かに……。でもさあ、正直、気に喰わないけど! …………奈子ちゃんの相手として、浮気は悪くないと思うのよ」
「あ。私もそれ思った」
早苗の言葉に、藤堂は彼女を指さした。まさか早苗もそう思っていたとは。
「だって、奈子ちゃんの普段の様子とか……今日の話を聞いて、なんというかもう、滅茶苦茶愛されて幸せになって! て思っちゃったんだもん。それは私たちの友愛だけじゃあ、多分埋まらないものなんだよ。だから、浮気みたいに重い奴が合ってる気がするんだよ」
浮気のことは好きじゃないけど、と顔を歪める早苗に藤堂も苦笑いした。
「ははは、確かに奈子はフワフワしてどっかに行っちゃいそうだからね。浮気くらい重い方がいいのかも」
奈子がどんな決断をするか。浮気がこの後どうするか。
付き合ったままなのか、別れてしまうのか。
どちらにせよ、私たちの立場は変わらない。
「まあ、私たちは奈子の味方だし。見守ればいいでしょ」
「……うん。そうね!」
笑顔で頷いた早苗に手を取られて、藤堂も走り出す。
既に授業は始まっているのだ。怒られることは決まっているのだから、少しぐらいいいだろう。
――――ちなみに、浮気は2人に遅れて教室に入って来たと思ったら奈子を自分の膝に抱えて授業を平然と受けだした。
「浮気くん、あんまり撫でないで。寝ちゃう」
「寝てもいい。俺が全部教えてやる」
「……じゃあ、いっか」
「「「「いや、よくないだろ!!!!」」」」
「浮気の奴めえぇ。羨ましすぎんだろ! そこ変われよお」
膝の上に奈子を乗せて平然と教科書を開く浮気。そんな男に安心したかのように背中を預ける奈子。それにツッコむクラスメイトと血涙を流す早苗。
そして、そんな生徒たちに向かって叫ぶ担任教師。
「てめえら! いい加減にしろっ!!!! なんで俺のクラスは変な奴しかいねえんだよ!?」
(う~ん。刺激的だけど。いやあ……このクラスにいると私まで変人扱いされるのでは?)
そう思った藤堂だったが、自分の口角が吊り上がっていることに気づいて、声を漏らして笑ったのであった。




