第12話 浮気くんは枯れている?
――――奈子の純粋な疑問に、豹我の口が笑いで弾けた。
「だあーはっはっはっ! ……ふ、くくくっ。そ、そうだよ。浮気くんは枯れてんだよ。思考が、もう今の時代の男子のそれじゃ、ふ、ねえだろ」
「なんでそんなに笑えるのかわかんないし。浮気くんは悪い人じゃないよ」
「くっ、くくく。ふ、悪い人じゃなくてもなあ、お前の要求に応えてくれない悪い男に変わりねえじゃねえか」
豹我の言葉に、奈子は黙り込んだ。
確かにそう言われると、浮気くんは悪い男に見えてくるような。口を閉じたままの奈子に、豹我が続ける。
「つか、浮気してほしいなら付き合ってからお前よりもイイ女を探してそれとなく接触させればいいだろ。腐っても……ふ、いや枯れててもそいつは元気な男子高校生。お膳立てしてやれば喰いつくだろ。知らねえけど」
「…………なるほど」
1回受け入れてから浮気のための種を撒けばいいのか。あの浮気くんだって多感な年頃の男子高校生。奈子よりもイイ女に目移りする可能性は、あるはず。
(たぶん、きっと、おそらく……いや、絶対に。そうに違いない)
いい方法が見つからずにモヤモヤとしていた奈子にとって、豹我の案は中々いいものだと思った。何をどうしたらいいかわからない奈子にとっては、ヒモ男のアイデアだろうが関係ない。
(――――これで、どうするかは決まった)
「…………ところでそのプリンは食べないの? お腹がいっぱいなら食べてあげるよ」
「断る。つか、お前ちっちゃいくせによく食うな。全く身長にも胸にも栄養がいってねえみたいだが。どこにいってんだよ。糞と一緒に出てんのか?」
ニヤニヤと揶揄ってくる豹我に、奈子は眉を寄せて口を突き出す。ジトリと彼を睨みつけて言った。
「……豹我くん、今のすっごくオヤジくさいよ」
「オヤっ!? てめえ! こんな色男になんつーこと言うんだよっ!!」
おい、聞いてんのか!? と言う豹我を尻目に、奈子はプリンアラモードを自分の元へ寄せる。目の前の盗人に気づかず説教を始める豹我に対して「やっぱりオヤジっぽい」と奈子は思った。
(でも、相談できてよかったなあ)
――――結局、会計して店を出るまで奈子は、豹我の「俺はオヤジくさくない」という主張をずっと聞かされることになったのだった。
*
「…………悪い。もう一度言ってくれないか」
「うん。だからね、浮気くんの申し出を受けるって言ったんだよ」
「う、浮気は……」
「しなくてもいいよ」
(今から浮気くんにさせるのは諦めたし。イイ女、を用意して自然に浮気してもらえるようにするからね)
心の中でそう続けた奈子だったが、勿論目の前にいる浮気くんには聞こえない。彼は、奈子の返事を信じられないと言いたげな表情で聞いていたが、じわじわと理解したのか顔をほころばせる。
「そうか……そうか!」
「うみゃっ、浮気くん急に抱きしめるのは危ないよ」
「はははっ! すまない。今度からは事前に言うことにする」
「うーん。それなら、いいのかなあ」
浮気くんは自分よりも随分と大きな体を持ってるからね、と奈子は頷いた。そんな奈子を思い切り抱きしめる浮気くん。彼から伝わる体温にドコドコと鳴る心音、香る彼の匂い。
それを全身で感じていた奈子だったが、それに待ったをかけた者がいた。
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ったあーーー!!」
「早苗ちゃん? どうしたの」
「どうしたの、じゃないよ奈子ちゃん。なに平然とした顔でいるのよ!? そんな顔も可愛いけれども!」
「そうかな? あ、おはようって言ってなかったかな。おはよう、早苗ちゃん」
「おはよう! ……じゃなくてぇっ」
崩れ落ちる早苗に、奈子は首を傾げる。しかし、それも浮気くんによって頭を彼の胸に押し付けられると出来なくなる。早苗はどうしてそんなにも絶望した、という声を出しているのだろうか。
「いやあ……まさか朝の教室、しかもクラスメイト達の前で平然と告白を受けるとは。いや浮気の毎日の告白でちょっとバグってたけど、普通このシチュエーションでしないだろ。あと真田の奴、ダイジョブか。あれ」
「そうだね。奈子も浮気もタイプは違えど、あまり他人の目を気にしないから。それに早苗は大丈夫でしょ。ほら、あれ」
奈子からは見えないが、篠原と藤堂の声も聞こえる。というかクラスメイト達が騒めいている。何をそんなに驚いているのだろうか。浮気くんの告白は、みんな一週間もすればスルーしてたのに。奈子は浮気くんの胸を少し押して、周囲を見渡した。
「――――――浮気ぃっ!! 奈子ちゃんと付き合ったからには、ぜっ――――――たいに泣かせるんじゃねえぞ!!!!」
立ち上がった早苗が、浮気くんを指さして叫んだ。華やかで可愛らしい彼女から出ているとは思えないほどの太く低い声だ。
涙まで流している早苗の側に行こうとした奈子を、浮気くんが再び抱き寄せる。それだけではなく、左手を取られてさらに指を絡められる。そして繋いだままの手を浮気くんは、口元へ持っていく。
――――そして、奈子の薬指にそっと唇を落とした。
「――――勿論だ。一生、死が2人を分かつまで俺は奈子を離さないし、幸せにすることを誓う。他の女なんていらないし、奈子のためなら何だってやる。浮気は絶対にしないし、不倫だってしない。2人の子供たちにも幸せな家庭を与えてやるさ」
(…………これ、本当に浮気してくれるのかな?)
先行きが不安になった奈子だったが、なんとかなるだろうといい匂いの元である浮気くんに擦り寄った。そんな奈子をすかさず抱きしめる浮気くん。
(あったかいし、いーにおいだし……ねむくなってきたかも)
顔に出ずとも浮気くんの告白への返事をどうするか悩んで昨晩は普段よりもよく眠れなかった奈子である。心地いい環境の中で、眠くなるのは必然だった。
「――――――っ、でも、やっぱり認めたくねえよおおおおおおお!!!!」
「…………お前ら、朝っぱらから何やってんだよ」
早苗の叫びと呆れたような飯田の声を最後に、奈子の意識は完全に落ちた。
(…………これで、大人への入り口に……たてた、よね? …………報告したら、ほめてくれる?――――じいちゃん)




