第10話 悪い男に遭遇?
「…………どうしよう」
奈子が今いるのは、教室ではない。それどころか学校の敷地内ですらない。
――――奈子は、授業をサボって町に来ていた。
「怒られる、よね」
早苗や藤堂に何も言わずに学校を出てきてしまった。怒られるか。それとも心配をかけてしまうか。どちらにせよ、奈子のせいで2人を煩わせてしまうだろう。
――――彼女たちは、とても優しいから。
「……連絡だけ、入れとこう」
スマホを取り出して、メッセージを送る。奈子のスマホの中の連絡先に入っているのは、早苗と藤堂、そして保護者の3人だけだ。浮気くんには連絡先を交換したいと言われたが、早苗によく考えろと言われて交換はしていない。
さすがに家に帰ってからも電話やメッセージのやり取りをするのは、大変かなと思ったからである。
「浮気くん、私のことを探して学校を彷徨うとか……ないよね?」
ふと頭に思い浮かんだことを口に出す。いやいや、と頭を振った奈子だったが、考えれば考えるほどあり得るかもと思ってしまう。何せ、あの浮気くんである。
悩んだ奈子は、藤堂に追加で浮気くんが授業をちゃんと受けているかを聞いた。今は授業中だから、返事が来るまでまだ時間がある。つまり――――。
「…………どうしよう」
――――と、最初のセリフに再び戻るわけである。奈子はトボトボと当てもなく歩いていた。
『お前、結局新聞部に入るのか? 入部届は書いてねえよな?』
奈子は、飯田の言葉を思い出す。呼び出された理由は、部活について。奈子は新聞部に何度も行っているが、正式な部員になったわけではない。
長田たちが強要しないのをいいことに、入部もせずに部室で過ごしているだけだ。
(浮気くんのことだって……私はどうしたいんだろう)
別に、彼のことが嫌いなわけではない。けれど、好きなのかと問われれば首を傾げることになる。そもそも、奈子は恋や愛という感情がわからない。いい案だと思った『浮気していいよ』という考えも、彼や他の人間からしたら魅力がないらしい。
ならば、わざわざ彼と付き合わなくてもいいのではないか。けれどもどうやったら、浮気くんは諦めてくれるのだろうか。それに、大人になるためにはどうすればいいのか。
どうにも授業を受ける気にはなれなくて、学校を飛び出してきた奈子だったが解決方法がわからない。
「うう、考えすぎてお腹が…………減ってきたかも」
奈子は、自分のお腹をさすった。思うのは落ちたプリンアラモード。ぐるぐると回る思考に、奈子の脳は甘いものを欲していた。
――――だから、これは仕方がないことなのだ。
「……いちご、ふぇあ」
奈子の視界に入ったのは、ファミレスの広告。中央に大きく映っているのは、いちごのパフェ。さらには期間限定だというそのフェアの最終日は、今日。
「…………甘いもの食べなきゃ、何も解決しないしね」
誰もいないのに言い訳めいたことを呟いた奈子は、ふらりと花の蜜に誘われる蝶のようにファミレスの扉を開けたのであった。
*
「……おお。これは中々」
やって来たいちごパフェに、奈子は感嘆を漏らした。苺にスポンジケーキ、クリーム。そしてバニラまで乗ったパフェだ。ファミレスはほとんど来たことがなかったが、こんなものも食べられるなんて。
先ほどまで悩んでいたことをすっかりと忘れて、奈子はスプーンを手に取った。食べたら、考えよう。とりあえずは目の前の小さくて甘い山を攻略しなくてはいけない。
「じゃあ、いただきま」
「――――アンタ、浮気してるでしょう!? 知らないと思ってたの!? 馬鹿にしないでっ!!」
「……す?」
まずは小振りな方の苺からと口を開けた奈子だったが、背後から聞こえた突然の金切り声に手を止める。スプーンを器に置いて、そろりと振り返る。座席から顔だけを出して覗き込むと、後ろのボックス席には女性1人と男性が1人座っていた。
先ほどの声は、奈子が座る席側に座る女性だろう。顔は見えないが、服装などからして学生ではない。どちらかと言えば派手な女性だ。
一方で女性の対面に座るのは、黒髪の男性。少し癖の付いた髪にくっきりとしているが切れ長な目。細身だが、パーカーから覗く腕は綺麗に筋肉が付いているように見える。顔の雰囲気も相まって、まるで野獣のような印象を与える男だった。
「キーキーうるせえな。お前だってそういう男だとわかってただろ。なに今さら純情ぶってんだよ」
「っ、でも、だって……お前だけだって言ったじゃない!」
「はは。そんなこと、言ったっけか」
「なっ、嘘だったってわけ!? なんでっ、どうして私だけを見てくれないのよ!? あんなにも尽くしたのに、浮気する、なんて……」
顔は見えないが、女性の声に水分が混じる。学校をサボって入ったファミレスでの痴話喧嘩に、奈子は好奇心をそそられてそのまま2人を見守る。
だが、ふと顔を上げた男と目が合ったことで体を跳ねさせる。マズいと思った奈子の心とは裏腹に、一瞬眉を寄せた男はすぐに奈子から目線を外して女に言い放った。
「――――浮気をしない男はいねえ。……いや、こう言ったほうがいいか? お前は浮気をさせないほどに魅力的な女じゃねえってな。俺の愛だけじゃあ足りねえってんなら、他の男に相手してもらえよ。――――アラサーのくせに夢見がちな勘違い女でも、お前の体なら相手が見つかるだろうよ」




