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第9話 浮気してほしいは悪いこと?

 ――――奈子は、悩んでいた。


「おはよう奈子、俺と付き合ってくれ」

 

「おはよう、浮気くん。なら、浮気してくれる?」

 

「それは無理だ。浮気は絶対にしないが、君を幸せにするよ」

 

「じゃあ、付き合えないかなあ」


 ある時は、朝教室で会った時に挨拶と共に告白される。挨拶だけを返して丁重に断った。


「奈子、一緒にお昼を食べないか」

 

「うーん。早苗ちゃんと食べるから」

 

「そうか。じゃあ、今日は譲るから付き合ってくれ」

 

「お昼に?」

 

「いや男女交際に」

 

「浮気は」

 

「しない」

 

「じゃあ、無理かなあ」


 ある時は、お昼へ誘われたついでに告白される。

 

 遠くから浮気くんを睨みつけていた早苗に呼ばれて、その場を去った。今の所浮気くんとお昼を食べられたことはない。


「奈子、一緒に部活へ行こう」

 

「うん、いいよ」

 

「今日は俺のおすすめの菓子も持ってきたんだ。一緒に食べよう」

 

「うん、いいよ。私、甘いもの好き」

 

「俺は君のことが好きだ。甘いものもたくさんあげるから、俺と付き合わないか」

 

「うわ」

 

「きは、しない。……変なところで遮ったから、俺が引かれたみたいになったじゃないか」

 

「ごめんね?」

 

「許す。その代わりに」

 

「付き合わないよ」

 

「チッ」


 ある時は、部活へ行く前に告白される。

 

 甘いもので誘惑する浮気くんは、奈子のことを何歳だと思っているのだろうか。確かにお菓子をたくさん貰えるのは魅力的だが、それだけで頷くほど子供でもない。

 

 その日、奈子は部室で浮気くんが差し出した菓子を全て平らげた。


(浮気くん、全然諦めないなあ)


 家まで送ると言われた時は、長田と越金が止めたため渋々別々で帰った浮気くん。でも家に送ること、そして朝迎えに行くことも諦めてはないのだろう。本人がそう話したわけではないが、奈子にはそう見えた。


(まだあの目してるしね……)


 桜の木の下で見たあの獣のような目。断るたびにあの目が光って奈子を射抜くのだ。奈子自身は、どちらかと言えば浮気くんの行動に対して「よく諦めないなあ」という思いを持っていたのだが。

 

 ――――奈子よりも先に、浮気くんに対して怒髪天を衝いた者がいた。


「あんのクソ顔面詐欺師っ! 毎日毎日しつこいのよ! 振られたんだから大人しく黙っていなさい! てゆうか、いつの間にか名前呼び! しかも呼び捨てっ。奈子ちゃんが許してても、私は許さないかんな!?」


 教室で叫ぶのは、早苗だ。今日も告白してきた浮気くんを追い払った彼女は、奈子を抱き込んでから怨嗟を吐いた。

 

「はいはい。早苗、落ち着いて。でも確かにあれはしつこいね。まあ奈子に触っても失神しなかったって聞いた時は、なるほどなあと思ったけど」

 

「だからって付きまとうのは違うでしょう!?」

 

「でも奈子本人はそこまで迷惑そうではなさそうだけど」


 冷静にそう言った藤堂は、奈子に視線を向ける。怒りながらも丁寧に撫でてくる早苗の手にうっとりとしていた奈子は、落ちそうな瞼を擦りながら答えた。


「……うーん。別に迷惑はしてないよ。浮気くん、一度断ったらその場は引き下がるから。でも……悩んではいるかなあ」

 

「告白を受けるかどうか? でもいつも断ってるよね。よくわからない条件を突きつけて」

 

「……ヒカルちゃんも、浮気して欲しいっていうのは変だと思う?」


 やはり、自分の考えは可笑しいのだろうか。藤堂や早苗に否定されるのは、奈子にはどこか恐ろしいことに思えた。


「いや? 私は恋人には浮気してほしくないけど、そういう考えもあるんじゃない? 少数派の意見だとは思うけどね」

 

「私も別に浮気や不倫を肯定するわけでは決してないけれど。それを付き合う前に提示して、頷いたのならば浮気をしても問題はないでしょう。表面的には、ね」


 さらりとそう言った藤堂と早苗に、奈子は小さく息を吐いた。全面的に肯定、とはいかずとも否定はされていないらしい。2人はハッキリと自分の意見を言いながらも、奈子の思いや意見を気味悪がることはない。


(この心地いい空間が、いつまでも続けばいいのに……)


「――奈子、ちょっといいか」

 

「……浮気くん」

 

「浮気! あんたなんで帰って来んのよ!?」

 

「俺もこのクラスの一員だからだ。帰るのもこの教室に決まってるだろ。馬鹿なのか」

 

「はあ!? なんですって!?」

 

「まあまあ。落ち着いて早苗」


 追い出されたはずの浮気くんが、なぜか教室に戻ってきたらしい。午後の授業にはまだ早いのだが、どうしたのだろうか。奈子を開放して立ち上がる早苗を、藤堂が宥める。


「……浮気くん、どうしたの?」

 

「食堂で新作のスイーツを売っていたからな。君に」

 

「…………自分で食べないの?」

 

「俺はそこまで甘いものは食べない。これは、君のために買ったものだ。君に食べて欲しい」


 浮気くんが差し出したのは、プリンアラモードだった。真っ赤なさくらんぼがツヤツヤと光を放っている。揺れる黄金に、その上に乗った白と赤。そんな主役を固めるかのような色とりどりのフルーツたち。

 

 奈子は、ゴクリと唾を飲み込んだ。そして、そろりと手を伸ばす。


(甘いものに、罪はないし……。浮気くん自身が食べていいって言ってるんだし……。食べてもいい、よね)


「じゃ、じゃあ――――」

 

「おーい! 大木いるかあ?」

 

「うみゃ!?」


 告白を無碍にしている身で甘いものだけを享受するのは如何なものか。そう思った奈子だったが、甘いものの誘惑には勝てなかった。

 

 だから突然呼ばれた自分の名前に、邪な思いがバレたのかと体を飛び跳ねさせた。その際に奈子の手が固い何かとぶつかった。その感触に、奈子は宙を見上げる。

 

 ――――――そこで見たのは、宙を舞うプリンアラモード。

 

 手を伸ばす奈子。だが、無情にもプリンアラモードは奈子の手を擦り抜けてそのまま床に落ちていった。勿論、落ちたプリンアラモードはぐしゃりと形を崩していた。


「…………んみゃ」

 

「汚れてないか、奈子」

 

「私は大丈夫だけど……。ごめんなさい」

 

「なぜ君が謝る」


 素手でプリンを鷲掴みして器に戻す浮気くんは、奈子を見上げた。もうあれは、食べることはできないだろう。だが、それよりも――――。


「だって、せっかく浮気くんがくれたのに……」

 

「ああ。気にするな。奈子に怪我もなく、汚れもしなかったなら良かったよ」


 藤堂にウエットティッシュを貰った奈子は、無言で床を拭いた。浮気くんにも手を拭いてもらうために渡す。そして器を返して来ると言った浮気くんにもう一度謝ってから、机に突っ伏した。


「な、奈子ちゃん。そんなに落ち込まなくても。浮気の奴も気にしてなかったっぽいし」

 

「……でも」

 

「そうそう。それにほら、急に大声で呼んだ方も悪いし。ね、先生」


 藤堂の言葉に、奈子はそう言えば呼ばれてたんだったと教室の入り口に視線を遣る。そこには、少しばかり背を丸めて頭を掻く飯田の姿があった。


「……あー、大木。すまんな。俺が急に呼んだから」

 

「…………いえ。先生は何も悪くない、です」

 

「んん、そうか? とにかくすまなかったな。……少し話があるんだが。いいか?」


 飯田に頷いた奈子は、早苗と藤堂に断ってから席を立つ。

 

 手を振る2人に手を振り返す奈子を見た飯田は、小さな声で言った。


「……いい友人が出来て、よかったな」

 

「ん」


 即座に頷いた奈子へ「敬語使えって」と笑いながら小言を言った飯田に連れられて、教室を後にした。

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