第7話 追い詰める者
リュグルスに戻ったリヴェルは、謁見の間でロゼルトを待ちながら、ひとり思案していた。
あいつを捉えるのはなかなか骨が折れそうだ。次に会う時は、どうするか。
考えるリヴェルの口元は本人も気付かぬうちに緩んでいた。
「……戻ったか」
低く落ち着いた声が響く。リヴェルはその声を聞いた瞬間、膝をついた。
豪奢でありながら、どこか冷たい雰囲気をまとった謁見の間。中央の高座に腰掛けたロゼルトは、静かにリヴェルを見下ろす。
王の表情はほとんど変わらない。その姿は、まるでこの城そのもののように冷たく、美しかった。
「あの女に、会ったか」
ロゼルトが静かに問いかける。リヴェルはわずかに目を伏せ、肯定した。
「はい、セフィリア。確かに彼女は、桁違いの魔力を持っているようです。しかし──私にも、何も見えませんでした。こんなことは初めてです」
そう言いながら、リヴェルは、彼女の青い瞳を思い出していた。深い静寂が広がる澄んだ瞳。あの瞳は何を映していたのか。
珍しく少し楽しげなリヴェルの様子に、ロゼルトはわずかに目を細める。
「そうか、やはり彼女は特別か」
静寂が広がる。ロゼルトは目を閉じ、考え込むように指先で椅子の肘掛けをなぞった。
「お前は、どう思った?」
「一筋縄ではいかないでしょう。あの魔力量を完全に支配下に置いているとは。常人ではとても考えられません。正面から攻めても力を奪うことは難しい。しかし──」
リヴェルは一瞬、躊躇う。彼女の魔力に覚えた違和感。それを正確に捉えられているとは言い難かった。
彼女の魔力は圧倒的で、異質だった。干渉を許さず、何の色も持たない。ただそこにある。しかし、あれはただ良く制御されている、というには──
「あまりにも何も、見えませんでした。さすがに不自然です。あれは──あれは何かを隠している。
おそらく本人も明確には自覚していないでしょう。その辺りを揺さぶれば、あるいは」
「なるほど、面白い」
そう呟く彼の声には愉悦が滲んでいた。
「では彼女を、とことんまで追い詰めてやろう」
ロゼルトは微かに笑みを浮かべ、リヴェルを見下ろす。その表情には、絶対的な確信があった。
「あの女は、我々の求める、『鍵』だ。必ず手に入れる。
──お前が彼女を導け、リヴェル」
リヴェルはその言葉にわずかに目を見開く。かすかに口の端に浮かびそうになる笑みを消し去り、すぐに頭を垂れた。
「御意」
冷たい謁見の間に、忠誠の誓いだけが響いた。
***
夕暮れの城に、風の音が微かに鳴っている。雨が静かに降り始めていた。
サテルから帰還したセフィリアは、自室の椅子に腰掛け、外を見ていた。窓の向こうには、王都の街の灯がちらちらと揺れている。
指先に残る微かな痺れ。戦いの余韻。けれど、それ以上に、彼女の心に残っていたのは、あの声。
『またすぐに会いにくるよ。——もっとお前のことを知りたくなった』
リヴェル。あの黒衣の男の姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。
胸の奥に残っているのは警戒心か、それとも。
セフィリアはゆっくりと息を吐く。
と、そのとき、ふと、白百合の香りが鼻をかすめた。
周囲に花はない。けれど、それはたしかに、あの庭の匂いだった。白百合が咲く、奥庭。母の眠る場所。
静かに、セフィリアは立ち上がる。
「……もう、そんな時期か」
雨の匂いが、遠くから忍び寄ってくる。その匂いに溶け込むように、静かに、彼女は奥庭へと向かう。
降り始めの雨が、王都を静かに濡らしている。しっとりと湿った空気の中、セフィリアは王城の奥庭に立つ。
白百合が咲き誇る庭の先、母レティシアの墓は静かに佇んでいる。
大理石で作られたその墓碑には、『ウェルリスを統べし光の女王』と刻まれていた。
「——母上」
セフィリアはそっと手を伸ばす。指先で墓碑をなぞると、ひんやりとした感触が伝わってきた。
今のこの国を見て、自分を見て、彼女はなんと言うだろうか。セフィリアはぼんやりと問いかける。
(……私は、どのように生きれば良いのでしょうね)
答えはもちろん、ない。
母が命を落としてから、もう十一年。あの日の光景は、いつまでもセフィリアの頭から離れることはない。
どこまでも青い空の下で、最期に母が浮かべた微笑みは、今も瞼の裏に焼き付いていた。




