第5話 見えない呼び声
セフィリアが執務室で机に向かっていると、軽快なノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
扉が開き、エレニアが姿を現す。
「調子はどう? あまり根を詰めないでよ、セフィはいつも働きすぎるんだから」
「──ああ、それより、何の用だ?」
机から顔を上げることもなく、短く答えるセフィリアに、エレニアは呆れた顔をする。
「本当にあなたは相変わらずね。たまには休んだほうがいいわ」
「そうだね」
そう答えながらも、資料を読む目は止めない。
「……全く、いつも口だけなんだから」
エレニアは諦めたように首を振る。
「気にしないで。もうすぐ会議だから、様子を見がてら声をかけに来たの」
「そうか、ありがとう」
なおも顔を上げないセフィリアにため息をひとつつき、先に行ってるわよ、と部屋を出る。
会議室には、少しずつ貴族たちが現れる。
全ての席が埋まるころ、セフィリアは部屋に入り、席についた。
「揃ったかな。じゃあ始めよう」
会議はいつも通り、淡々と進む。目の前に置かれた書類には、税制改革案、土地の割り当て、貴族との新たな取引案が並べられている。これらはどれも重要で、時間をかけて慎重に決めるべき問題だった。
「この案では、商人への課税が重くなりすぎませんか?」
一人の貴族が声を上げると、別の貴族がすぐに反論する。
「重くせざるを得ません。国の運営にはこれくらいの負担は必要です」
セフィリアはその様子を静かに見守りながら、時折考え込むように目を閉じる。議論はなかなか結論が出ず、膠着した空気が流れていた。
そろそろ自分も口を挟むか、と息を吸ったセフィリアは、突然息を止め、何かに引き寄せられるように視線をあげる。
側に控えていた近衛兵の青年は、それに気づき不思議そうにセフィリアに声をかけた。
「どうかされましたか?」
「ああ、ライト。いや、なんともない、なんともないが……」
セフィリアの頭は、自分の感じた違和感の正体を探っている。どこか空間が歪むような、微かな違和感。
──魔力、か?
巧妙に存在を隠すかのように、その力はセフィリアの意識をすり抜ける。あまりにも捉えどころがない。だが、この感覚は──
(……呼ばれている?)
その感覚に、心臓がほんの少し早く脈打つのを感じた。
セフィリアは思わず椅子から立ち上がると、周囲を見渡し、視線を再び先ほどと同じ方角に向ける。
今度ははっきりと、魔力の感触が、強烈に彼女の体を突き刺した。なるほど、向こうはこちらのことを補足しているらしい。
貴族たちは不思議そうにセフィリアへと視線を向ける。セフィリア以外の誰も、この気配を感じていなかった。
エレニアが心配そうに見つめているのが目の端に見えたが、セフィリアはその視線を受け流し、口を開く。
「ライト、今すぐ出られるか?」
その声は冷静だが、どこか焦りも感じさせる。
「申し訳ない、この会議は一旦中断する」
周囲の貴族たちは、何が起きたのかと尋ねるが、セフィリアは振り返らずに歩き出す。ライトは戸惑いながらも慌てて後を追いかける。
「理由は追って伝える。悪いなエリ、あとは任せた」
ちょっと、と不満げに声をかけるエレニアを無視し、部屋を出た。
会議室の扉を閉めた後、彼女はライトに簡潔に言葉をかける。
「サテルだ、急ぐ」
「サテルですか? 一体何が?」
「分からない。だが、誰かがいる。この感覚──並の魔力ではない」
間に合う、か? セフィリアは足を速める。こんな魔力は今までに感じたことがない、だが確かに私のことを──
何かの罠かもしれない、とも感じていた。ライトは置いて一人で行くべきか? しかしこのままサテルを放っておくわけにはいかない。迷っている時間はなかった。
二人の足元に浮かんだ魔法陣が淡く光を放ち、次の瞬間、冷たい風が頬を撫でた。




