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晴霞の王  作者: 瀬戸榛名
第1章

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第4話 『影の男』


 王城内、セフィリアの執務室の大きな窓からは、王都の街並みが遠く見える。人々が街を行き交うのが小さく見えた。


 笑い合っているのか、あるいは罵り合っているのか。この場所からは彼らの発する言葉は分からない。しかし確かに人々は出会い、声を交わしているのが見える。

 街には多くの人間が生き、生活をしている。自分が守らなければならない生活。先日久々に訪れた街の様子が浮かび、口元が自然と綻ぶ。


 彼女はここから街を眺めるのが好きだった。それを守っているのが自分であるということを、誇りにも思っている。

 しかし彼女自身は、その生活に交じることはできない。そのことに不満はもはやないが、胸に一抹の寂しさも覚える。


 もっと幼い頃は、素性を隠してエレニアと二人で王都へと出かけて遊び回ったこともあった。しかし最近は、仕事に忙殺され、そのような余裕は失っていた。


 セフィリアの机の上には、数多くの書類が持ち込まれ、軍事報告、経済施策といった国家の重要案件が山積みだった。

 今日も朝から、部屋に篭りきりで資料に目を通している。たまに窓の外を眺めるのが、唯一の息抜きだった。


 城の官吏(かんり)は優秀な者たちが揃っているが、王であるセフィリアが判断しなければならないことは多い。


 特に最近は、リュグルスの王ロゼルトの動きも気になる。かねてより、国境付近では常にリュグルスとの小競り合いが絶えなかったが、その戦いもここ最近日増しに激しくなっていた。

 自分一人で全てを食い止めることはできない。対策を考えるのにセフィリアは始終頭を痛めていた。


 兵力の配分について考えを巡らせていると、扉を叩く音が聞こえた。ゼドだ。

 彼は先代の女王の頃から城に仕える忠臣で、今もセフィリアの側近として城に仕えている。かつては国王軍の名将として名を上げた人物で、その手腕を振るい、今は城に仕え国の軍事を取り仕切っていた。


「セフィリア様、先日の前線拡張計画についてご報告に参りました。

北方の砦に駐留している部隊は予定よりも補給が遅れています。追加の輸送部隊を手配済みです」


「ありがとう。兵の士気はどうだ?」


「問題ありません。彼らは国の為に戦えることを誇りに思っております。もちろん私も」


 セフィリアは一瞬、目を伏せる。しかし、すぐに顔を上げ、彼の言葉に静かに応える。


「……頼りにしている、ゼド」


 ゼドは微かに微笑み、静かに一礼する。淡々と報告を続けるその声には、確かな忠誠心と冷静な判断力が滲んでいた。


「あとは最近の市場価格の変動についてですが……戦の影響で一部の物資が高騰しています。税の調整と交易路の維持で緩和できる見込みですが」


 セフィリアは机の上の書類を触りながら、静かに言葉を選ぶ。


「国民に過度な負担を強いるわけにはいかない。最低限の税調整で収まるなら、それが望ましい」


 ゼドは、セフィリアの表情を見つめる。彼女の優しさを知っているからこそ、これは甘さではなく信念からくる決断であることを理解している。


「承知しました。では、現行の政策を維持しつつ、別の支援策を検討いたしましょう」


「そうしてくれ、その辺りはエリに任せるよ」


 彼女も多忙だろう、折を見て相談に乗ってやらなくては、とセフィリアは頭の中のリストに加える。


「最後に、依頼されていた、リュグルスの動向についてですが」


 ゼドはぐっと声を落とした。

 セフィリアはゼドにさっと目配せすると、立ち上がる。自室に巡らせた結界が、きちんと外部から部屋を遮断していることを確認しながら、窓のカーテンを引いた。


「良くない話か」


「はい、ご懸念通り、ロゼルトが力を取り戻しつつあるようです。

今はまだ国境付近の攻防にとどまっていますが、再び市街に攻めてくるのも時間の問題かと」


 ゼドは険しい顔で言う。


「そうか、何とか事前に食い止めたいが」


「話によると、何やら、ロゼルトが重用している男がいるらしく。──そいつが現れると、魔力が消える、とか」


「封魔の術の類か? それは珍しい」


 他人の魔力に干渉することは難しく、魔力による攻撃を防御する術はあっても、魔力自体を消すような力は聞いたことがなかった。


 あるとすれば魔力を封じる封魔の術、それとて術師本人の能力ではなく、基本的にはそのような力を持った鉱物や植物などの能力を使用するものだった。

 ましてや他人の持っている魔力を消す、となると。


「私も直接対峙したことはないので確かなことは分かりません。兵士の間では『影の男』と呼ばれているようです。

敵兵の間ですら恐れられているという話もあります」


「なるほど、それで?」


「ロゼルトが力をつけだした時期と、その男が現れるようになった時期が重なるのです。

関連は分かりませんが、ロゼルトが力を取り戻しつつある今、再びセフィリア様を狙うのは間違いないでしょう。

我々が何としても、お守りします」


「……私がそういうのは嫌いだと分かっているだろう?

守られなくても私は大丈夫だ。自分たちのことを第一に考えろ」


 セフィリアは淡々と言う。ゼドは黙って、頭を下げた。


 ゼドが去ったあと、セフィリアは再び窓の外を見る。

 窓の外には、変わらぬ街並み。

 しかし、見慣れたその光景の奥に、セフィリアはかすかな違和感を覚える。誰かが静かに、確実に、()()を動かしている——そんな予感が、消えない。


 この国を覆う影は、もう近くまで来ているのかもしれない。


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