表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴霞の王  作者: 瀬戸榛名
第3章|王は、ここに在る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/50

第48話 人柱

 エレニアが姿を消すと、ロゼルトはセフィリアに語りかける。


「どんな気分だ? 親友に裏切られた気分は」

 セフィリアは答えない。


「教えてくれ、さぞかし良い気分だろうな」

 ロゼルトは楽しそうに笑う。セフィリアは無言でロゼルトの方を見る。


「この世界には、ときどき生まれるのだよ。お前のような人柱が。いいように使われて、不憫なことだ」


「……黙れ」

 低い声で応える。


「なんだ図星か? いい加減自分が最後には捨てられるだけの運命だと、気づいているだろう?

お前が守ろうとしているものは、果たしてなんだろうな」


「お前に何がわかる。何が──」


 強い口調で静かに声を吐き出す。


 自分が何を感じているのか、自分でも分からなかった。何かを吐き出したいのに、それが何なのかも、どういう言葉になるのかも、分からなかった。


「もうやめてしまえばよかろう、お前の働きに対する報いがこれだ。

人間なんてみんなそういうもの。自分のことしか考えていない。自分の弱さを棚に上げて、ただただどこまでも求めてくるだけ。そんな奴らに、守ってやる価値などない」


「……もう、やめてくれ」

 これまでよりも大きな声で、少し声が掠れる。

「それがわたしの運命なんだ。どうしてお前は、そうやってわたしの決心を──」


──砕くようなことを言うんだ。


 最後はどうしても、言葉にできなかった。


 考えてはいけない、そんなこと、考えてはいけない。放り出すことを考えそうになるたびに、世界のことを考える。世界がどうあるべきなのか。

 そうすれば自分の感情など、次第に思考から消えていく。


──私はそのように、生まれてきた。


 だめだ、投げ出すなんて考えている自分のことなど、他の誰でもない、私が認められない。

 自分の心をどんどん小さくして、周囲を見渡す。国民を、この世界を見渡す。


 ふと思う。


 もう、考えてはいけない、とすら思っていなかった。そんなことは考えないのが、当たり前になっていた。深く深く、押し込まれて。


 その思いが浮かぶともうダメだった。何かが壊れてしまいそうだ。彼女の身体も精神も、深く傷ついていた。


 体が、動かなくなる。それでも彼女を動かしているのは、これまでに集めてきた少しの誇りと、習慣に従う身体だけだった。


 でもこの誇りを、自分以外に、誰が認めてくれる?


「……そんなこと、全部とっくに分かっていたよ」


 セフィリアの声には、いつものような力はなかった。


「セフィリア、お前はもう、とっくに壊れているんだよ。どんなに取り繕おうともな。

ほら、痛いだろう? いい加減、受け入れたらどうだ?」


 セフィリアは小さく肩を振るわせる。

 ああ、身体が痛い。身体中が痛い。裂けた肌も、打ち付けた身体も、燃えるようだ。


「わたしはお前のことが結構気に入っているんだ。無意味に消耗するところを見ていられない」


 ロゼルトは甘く優しい声で続ける。


「わたしの元に来るか? わたしと共に世界を手に入れよう」


「……馬鹿にするな、そんなこと、あり得ない」


 セフィリアはロゼルトを睨みつける。ロゼルトは満足気にニヤリと笑った。


「そうか──ではお前にはやはり死んでもらうしかない。覚悟ができたら、わたしの元に来るがいい」

 彼の言葉には、自信が満ち溢れていた。


「私は、死ぬつもりなどない」


 セフィリアは呟く。しかし心の中はいつになく揺らいでいた。


「いいや、お前はきっと来る。城で待っているよ」


 ロゼルトはその迷いをを見透かすようにそう言い残すと、ゆっくりとその場を後にした。


***


 広い部屋に一人残されたセフィリアは、その場に固まったように俯いていた。

 重い扉に閉ざされた部屋の空気が、彼女の背を地面へと押し付ける。


 しばらく立ち上がることができなかった。どのくらいの時間が経ったかも分からない。

 頭の中を無数の自問が駆け巡る。自分は、何をすべきか?

 息が詰まる。体の奥がキリキリと痛い。頭がうまく回らない。


「……セフィリア?」


 扉がゆっくりと開き、リヴェルが姿を現す。

 セフィリアはその声に誘われるように顔を上げる。


「なんだ、お前も私を苛めに来たのか?」


 彼の姿を認めるとそう問うた。どこか投げやりな声。そんな彼女は、いつもより少し幼く見えた。


「苛めに?」

 リヴェルは訝しむ。


 彼に問う彼女の言葉は示唆していた──『自分は傷つけられた』と。

 誇り高き彼女には、そぐわない言葉。いつもの彼女とは、様子が違う。


「どうして、こうなった? 私の何が悪い? ──私はただ、国を、国民を、守りたかった、だけなのに」


 微かに震える声。リヴェルは目をしばたく。彼女の魔力が、震えるのが見えた気がした。これまでに見たことのない──この色は、なんだ?


「こんなことをして、私はなんのために戦っているんだろうな?」


 しかし、見えた気のした感情は、次の瞬間には姿を消す。ちらちらと、遠い星のように瞬く。掴もうとしても掴めないもどかしさ。


「……どうしたんだ、らしくもない」


 リヴェルが言うと、セフィリアは彼を見上げる。目が合った。自分のことを、見ようとする黒い瞳。


(私は、本当は……)


 しかしその気持ちは言葉にはならない。喉を通る前に、奥へと落ちる。そして溶ける。


「本当にその通りだ。らしくない」

 セフィリアは息を吐く。


「──わざわざこれ以上お前に手間を取らせることはない。答えなんてとっくに分かっていた──分かっていたんだ」


 彼女は立ち上がる。ウェルリス王城へと向かう。白銀に光る風だけが、その場に残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ