表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴霞の王  作者: 瀬戸榛名
第3章|王は、ここに在る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/56

第47話 最後の光

「エリ!」


 広間の奥の椅子に、エレニアが俯いて座っている。


 セフィリアが彼女に駆け寄ろうとすると、リュグルスの兵が彼女を取り囲んだ。セフィリアは、魔力を放とうと意識を向ける。

 しかし、低く鋭い声がそれを静止する。


「動くな」


 背後からロゼルトがセフィリアにゆっくりと歩み寄る。


「魔法など使ってみろ。お前の友人はどうなるだろうな」


 セフィリアは咄嗟に動きを止め、魔力を抑える。


「いい判断だ」


 ロゼルトはニヤリと笑い、セフィリアの正面に立つ。彼女を拘束すると、床へと跪かせた。


「しばらくぶりだな、セフィリア」


 セフィリアは彼を見上げて睨みつけた。警戒しながらも、反撃することはない。


「お前に見上げられるのは悪くない気分だ。それにしても、あんな小娘のために命をかけるなぞ。これだからお前たちは弱いのだ」


「お前たち?」


「──お前の母親も、いつも他人のために命をかける馬鹿だった。最期までな」

ロゼルトはセフィリアの顔をまじまじと見おろすと、魔力の波動を放つ。


 黒い稲妻はセフィリアの体を貫き、彼女は拘束されたまま床に転がる。


「弱いものなど、守ってやる価値もない」

 彼は言い捨てる。

「この世界ではな、結局強いものが全てを手に入れるんだよ。弱者は強者に服従するしかない。

お前も強者だろう? その力を振るえばよい」


 ロゼルトは淡々と話しながら、セフィリアへの攻撃を続ける。セフィリアの身体には傷が増えてゆく。白い髪が毛先から赤く染まる。床に手をつく。息が上がる。


 しかしその程度で、彼女の精神が揺れることはなかった。彼女は毅然として言い返す。


「……私は強者だからといって、誰かを服従させようとは思わない。弱者を守ることは、強者に与えられた義務だ」


「綺麗事を。そんなことでは何も手に入れらんぞ。そうやってお前は、ただ全てを失うだけだ」


 セフィリアは床にうずくまり荒い呼吸をする。立ち上がろうと力を込めては、膝が折れる。


 そんなセフィリアの姿を見下ろし、ロゼルトはふいに攻撃を止める。


「余興はこのくらいにしておこうか。こんなことではお前は死にもしないんだ。──かわいそうに」


 彼は部屋の奥を振り返ると、エレニアに呼びかける。


「──エレニア。もういいぞ。こちらに来い」


 その言葉を聞いたセフィリアは身体をこわばらせる。

 エレニアはゆっくりと立ち上がると、二人に向かって歩く。コツ、コツと靴底が床を叩く音が躊躇いがちに部屋に響く。


 セフィリアは、ロゼルトの狙いを理解する。理解して、彼女の頭はなおどこか理解を拒んでもいた。


 彼女は小さく呟く。

「……この、悪魔めが」


 エレニアはセフィリアの前に立ち、彼女を

見下ろす。


「エリ? 無事なのか? なんともないか?」


「……ええ」


「そうか。よかった」

 セフィリアは肩を撫で下ろす。


 その姿を見たエレニアは微かに苛立ちを滲ませ、はっきりと告げる。


「私は、あなたを呼び寄せるために、自らここに来たの」


 セフィリアは俯いたまま答えない。安堵は確かに本物だった。しかし同時に、ある予感が、彼女の身体を蝕んでゆく。


 傷口から流れ出る血すら、しかし流れを止めたように、全身の動きが硬直する感覚。

 身体中が、予期される未来に向かって時が進むのを、拒んでいるかのようだった。


「……どうして?」


 静かに尋ねる。そうすることしかできなかった。

 答えなど聞きたくない、という無邪気な思いは、長年の習慣に従って、自覚する間も無く奥底へと押し込められる。

 いくら身体が拒んでも、彼女には、予期した通りに流れる時から、目を背けることはできなかった。


 エレニアは、無情にも端的に答える。


「彼は、あなたさえ引き渡せば、全てを終わりにすると言っているわ」


 嘘だ、騙されている、セフィリアはそう答えようとして、国で聞いた国民の声が頭をよぎる。


──こんな生活望んでない、リュグルスの言うことを聞いて、戦いなんてやめれば良いのよ

──セフィリア様は私たちのことを守ってくれない

──優しいエレニア様の方がいいわ


 嘘でも、ないのかもしれないな。

 ずっと燻っていた気持ちがふつふつと吹き出す。聞きたくない言葉が、穴の空いた袋から流れ出るように、ひとつ、またひとつとこぼれてくる。

 セフィリアは、継ぐ言葉を見つけられず、押し黙った。


「あなたを引き渡す。これはわたしじゃない、国民みんなの望みよ」


 国民みんなの望み。

 その言葉を聞いた瞬間、心の中で、ぱちん、と音がする。


(──ああ、エレニア、お前もか)


 ただひとり、友人だと思っていた。そんなお前さえも、私を利用する者なのか。

 その思いが浮かんだ時、セフィリアの心にただ一つだけ、最後まで灯っていた小さな光が消える。


 ああもう、何も、見えない。いらない。何も持とうなどと、望まない。──望む? 望むとは、果たしてなんだったか。


「そうか。では仕方ないな」


 セフィリアは静かに呟く。一つの揺らぎもない、穏やかな声。悲しみも困惑も、ひとかけも感じさせない、いつもと同じ、落ち着いた声。

 それを聞いたエレニアは少し声を荒げる。


「……あなたはいつもそう。どうしてこんな時も私のことを詰らないの?」


「お前が、そうするのがいいと思ったんだろう? ならそれがいいさ」


 セフィリアの声はやはり揺らがなかった。いつも城で話す時のように、穏やかな声。表情。


「どうしてあなたはいつも、そんなに冷静で、完璧でいられるの?

あなたのそういう姿が、私を惨めにさせるの。いつだって、私だけが空回りしているみたい」


 エレニアは叫ぶように続ける。


「いつもみんな、あなたのことを見上げてた。決してあなたには手が届かない。そんな私たちの気持ちが、あなたにわかる?」


 エレニアはセフィリアに詰め寄り拳を振り上げる。


「……すまない、でも私は、このようにしか生きられないんだよ」


 セフィリアの顔には微かに寂しげな笑みが浮かんでいた。


 エレニアは振り上げていた拳を下ろして項垂れる。


「──ねえセフィ、あなた、一度だって、私のことを見ていた?」


「……」


「私はもう決めた。あなたが何を言おうと、それは変わらないわ。国のことはもう、私に任せて」


 静かに様子を見ていたロゼルトが、エレニアの元に歩み寄る。


「エレニア、あとは私が話そう。お前は国に戻っていろ」


 エレニアはゆっくりと頷き、セフィリアを一瞥すると、そのままウェルリスへと転移した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ