第46話 空の椅子
今日は朝から冷える。セフィリアは城の廊下を足早に歩きながら、襟を寄せる。
「ああレオン、エリを見ていないか? 今朝から連絡がつかないんだ」
セフィリアは、手を上げてすれ違ったレオンに声をかけた。
「いえ、私も今朝からお姿が見えず、ちょうどお声をかけに行こうと思っていたところです」
「そうか……では私も行こう」
二人は連れ立ってエレニアの執務室に向かう。しかしそこにエレニアの姿はなかった。
書類が積まれた机の前に、華奢な赤い椅子が、少し引き出されたまま、がらんと空いている。窓から入る光がその空席をぼんやりと照らしていた。
「一体、どこに行かれたんでしょう」
レオンは首を傾げた。隣のセフィリアは、さーっと顔を青ざめる。
「まさか!どうやって──」
「セフィリア様……?」
「ロゼルトだ、この魔力、彼以外にあり得ない」
「どういう、意味ですか?」
セフィリアは床に膝をつくと、残された転移痕を右手でなぞる。
術式の破片、魔力の断層。まるで《《内側から開かれた》》かのように、粉々に砕かれている。
「エリは、あいつに連れ去られたんだ。間違いない。あの男、ご丁寧に私に向けて痕跡まで残していきやがった」
エレニアには、厳重に防御の術をかけていた。ロゼルトの言った『取引』という言葉が頭に浮かぶ。
あの時から、エレニアが狙われるであろうことは予測していた。だからこそ、彼女はエレニアに自身の最高の防御術式を施したのだ。
その防御が破られたことにさえ気づかなかったことに、セフィリアは愕然とする。
(私が全力でかけたあの術が、こんなにもあっさりと破られる? いくらロゼルトといえど、そんなことが──)
「そんな……でもだって、エレニア様は……」
レオンは動揺する。それを見てセフィリアは、反対に落ち着きを取り戻す。
彼の狙いはセフィリア。交渉のためにはエレニアはまだ生かしておく必要がある。
「……おそらくエリはまだ無事だろう。君はゼドに状況を伝えてくれるか? 私はリュグルスに向かうからしばらく城を頼む、とも」
「しょ、承知しました」
「落ち着け、大丈夫だ。君の上司は私が必ず連れ帰る」
今にも倒れそうなレオンを宥める。彼は足を絡ませながらゼドの元へ向かった。
(あの男、今度はエリを──)
ロゼルトはエレニアの命と引き換えに、自分の力を求めているのか? ああ、守るなどとと言いながら、なんという体たらく。ああエリ、エレニア、どうか──
彼女はすぐに部屋を出るとリュグルスへと転移する。誘われた、彼の城へ。




