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晴霞の王  作者: 瀬戸榛名
第1章

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第3話 王都に降る光


 セフィリアはセレナスの転移陣から、王都へと転移する。

 足元に現れた光が揺れる。

 一瞬の閃光ののち、セフィリアは、王都の空の下、街の門前に立っていた。


 白銀の髪が風に揺れ、彼女の姿を見た門番は、ぱっと顔を上げる。


「セフィリア様! お戻りですか!」


「ああ、ちょっと街の様子を見にね。お仕事ご苦労、開けてくれるか?」


「もちろんです!」


 門をくぐったセフィリアの周りには瞬く間に人が集まり、彼女は人々の歓声と笑顔に包まれる。


 風が髪をでる。花の香りと果物の匂い。あたたかな空気が流れていた。

 横に立つゼドが、やや困ったような笑みを浮かべて言う。


「……セフィリア様は、いつも本当に人気者ですね」


「ありがたい話だ」


 皆、久々に訪れたセフィリアを一目見ようと集まってくる。街中が彼女を歓迎しているかのようだ。

 セフィリアは、声をかけられるたびに向けていた微笑みを柔らかく残したまま、隣に向けて声をかけた。


「ゼド、今日は同行ご苦労」


 セフィリアはゼドに少し顔を向ける。


「私は、このまま街を歩いて帰るよ。先に戻っておいてくれ」


 ゼドは私も一緒に、と口を開きかけたが、結局何も言わず、うなずいた。


「承知しました。……お気をつけて」


 セフィリアは軽く手を振る。


 一人になった彼女は、街の中央広場に向かって通りを歩く。そこは王城のすぐそばとは思えないほど、穏やかで明るい通りだった。

 洗濯物が風に揺れ、屋台の食べ物の香りが漂う。井戸の水音。行き交う会話。街の呼吸のような音に、彼女の足音が自然に溶ける。


「セフィリア様! いらしてたんですか!」


 通りの向こうから、八百屋の青年が手を振る。その声にあちこちの視線が集まり、気づいた人々が近づいてくる。


「こちらにいらっしゃるのはお久しぶりですね!」


「そうだね、しばらく城を開けていたから」


 セフィリアは立ち止まり、穏やかな口調で返す。


「街は変わりないか?」


「はい、おかげさまで!」


 果物屋の老婆が「今日のいちごは特に出来がよくて」と笑い、帽子屋の娘は「今日はいつもより早くから気合い入れて店を開けたんですよ!」と得意げに言う。

 セフィリアが歩くだけで、通りが少しずつ明るく染まっていく。

 まるで街が、王の訪れに光を返しているかのようだった。


 広場の中央では、空気が水のように脈を打つ。光がわずかに弛み、瞬き、ほどけていく。



 魔力の泉(ラクリマ)——目には見えない泉。



 泉、といっても水が湧き出しているわけではない。そこは魔力の源泉。 魔力の泉(ラクリマ)から湧き出した魔力は、空間へと広がってゆく。

 ちょうど泉から湧き出た水が川を伝って流れるように、周囲の空間に魔力が流れてゆく。ここは、この世界の湛える穏やかな魔力の源泉だ。


 魔力自体に実態はなく、目には見えないが、密度の高いこの場所では、光に当たるとときどき微かに空間が瞬く。


「今日も綺麗だ」


 セフィリアが手を伸ばすと、それに応えるように魔力の泉(ラクリマ)が跳ねた。

 セフィリアの白い指はひらりと光の粒を纏う。

 触れながら、セフィリアは歴史の断章を思い起こす。


 かつてこの泉は、世界を滅ぼしかけた魔力の奔流(ほんりゅう)であった。祖王が封じなければ、今のこの平和もなかった——


(この美しい光が、災厄を招くなどとはとても思えないな)


 セフィリアはあらためて街を見渡す。あたりのベンチに腰かけて昼食を広げる家族や、子どもたちを連れてきた母親たちが談笑している。恋人同士と思われる若い二人が寄り添い、静かに言葉を交わす姿もあった。

 小さな子どもが水辺に手を伸ばしてはしゃぎ、大人に笑顔で抱き上げられる。


 ふと、しゃがみ込んでいた男の子が、何かを描いているのが目に入る。セフィリアが近づいて覗き込むと、そこには、鎧を着て戦場に立つ、大きな瞳に白い髪の女性――セフィリアの姿があった。


「それは、私かい?」


 少年が顔をあげ、ぱっと目を見開いた。


「セフィリア様!」


 母親が慌てて息子の肩を押さえ、頭を下げる。


「この子、セフィリア様が大好きで……。いつも『セフィリア様みたいになりたい』って、絵ばかり描いているんです」


 セフィリアは膝を折って、少年に目線を合わせる。


「そうか。それは嬉しい」


 優しく微笑んで、彼の頭に手を添える。


「でも、君は君のままで素晴らしいよ。その絵もとても上手だ。ありがとう」


 少年は恥ずかしそうにうなずき、絵を抱える。その姿に周囲の人々が目を細めた。


 セフィリアの背中に、躊躇(ためら)いがちな声がかかる。


「……セフィリア様、こちらのお花を。その……あなたに、お似合いだと思って」


 声の主は花屋の少女、アルナだった。彼女が差し出したのは、朝にんだばかりの薄紅の花束。


「私に? 嬉しいな、ありがとう」


 彼女は、失礼します、と声をかけてセフィリアの髪に手を伸ばす。

 セフィリアが少し身を傾けると、アルナはやさしく花を彼女の髪に挿した。

 白銀の髪に咲いた一輪の花。まるで春そのものがそこに留まったかのようだった。


「やっぱり! あなたの髪の色にぴったりです。ほんとうに、素敵……」


 アルナはうっとりと見つめる。

 彼女は、かつて戦場に降り立ったセフィリアの姿を、思い出していた。天から舞い降りた、まるで、天使のような姿。

 薄紅の花は、彼女の故郷に咲く花だった。


「みんな、セフィリア様が街にいらっしゃるのを、心から楽しみにしていたんです」


「そうか。私もみんなに会えて嬉しいよ」


 セフィリアは、辺りを見渡す。


 子どもたちの笑い声。家族の声。商人たちの呼び声。それらすべてが、彼女の存在を肯定するように響いていた。


 嬉しい――と、私は思っている。セフィリアはそう考える。たしかに、そう思っている。


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