第35話 ウェルリス建国際(後)
セフィリアは、祭の喧騒を窓の外に見ながら、城の中を歩いていた。
続く戦禍の中、国民の中に日増しに不安が広がっているのは感じていた。こんな日だけでも、不安を忘れて楽しんで欲しい。そう思っていた。
建国祭では、王が国民の前で祝辞を述べ、平和と繁栄を誓うのが慣例となっている。今日もこの後、セフィリアは国民の前に立つ予定だった。
それまでは少し時間がある。城中で働く者も多くが祭りに出て、いつもよりしんとした城内を、物思いに耽りながら静かに歩いていた。
廊下の一角で、幾人かの貴族が密やかに話しているのを認め、足を止める。
あちらはセフィリアには気づいていないようだ。小声で話すその声が、しかしセフィリアにははっきりと聞こえる。
──いつになれば、この戦いは終わるのだ。セフィリア様は何をしているのか
──このままあの人を信じて、本当に大丈夫だろうか
──私たちは、見捨てられるのかもしれない
セフィリアは、彼らの言葉を聞いて、無言で踵を返す。その背中は、あまりに静かで、あまりに孤独だった。
そのように言われるのも仕方がない、と思っていた。これが、国民の声だ。
誰にどう思われようと、自分は自分のやるべきことをやるだけ。
自室に戻ったセフィリアは、いつもと同じ窓から、祭りに湧く王都を眺める。いつもより鮮やかな街を、多くの人が笑顔で行き交う。
窓越しに、無音の喧騒をぼんやりと見つめていた。
***
「そろそろ行くわよ、セフィ」
セフィリアを呼びにきたエレニアが、声を掛ける。
「……ああ」
セフィリアは、ゆっくりとその場を離れた。エレニアとともに広場に面したバルコニーへと向かう。
セフィリアの姿が見えると、臣下たちが一斉に頭を垂れ、国民から歓声が上がる。セフィリアは静かに歩を進めた。
「国王陛下、御前に」
侍従の声が響く。セフィリアはバルコニーに立ち、ゆっくりと民衆を見渡した。
セフィリアが右手を掲げると、民衆から大きな歓声が湧き起こった。
「ウェルリスの民よ」
彼女の声は重厚に響く。
「我らがこの地を築きし日より、幾世の時が流れた。過去には幾多の困難があり、その度に幾度もこの国の未来は揺らいだ。
しかし、我々は決して屈することなく、強く歩み続けた。そして今も、これからも、その歩みを決して止めず──」
毎年決まりの口上を述べていたセフィリアの言葉が、止まる。
(──歩みを、決して止めず?)
自分の口から発された言葉に、疑問を抱く。ただただ、歩み続けて良いものか。
歩みを止めることはできない。だが、その歩みに取り残されるものを、なかったものとして良いものか。
突然の中断に、集まった人々の間にざわめきが広がる。
エレニアが後ろから不思議そうにセフィリアを見つめていた。
「──いや、今は、こんな綺麗事で片付く時ではない」
セフィリアは首を振ると、静かに、言葉を発する。
一歩、前に出る。改めて声を張る。
「……苦しい時を、過ごさせてすまない。
私の力が及ばず、死んで行った者にも、今を苦しみ生きる者にも、許してくれとは言えない」
人々は静かにセフィリアの言葉に耳を傾けていた。
「だがもうしばらく、耐えて欲しい。本当はこれ以上の苦しみを強いたくはない。
しかし、まだ時間が必要だ。必ず、終わらせる。……どうか私を、信じて欲しい」
それは、今のセフィリアの本心だった。
完璧で最強の王たるべきセフィリアの、見せたことのない一面。どう捉えるべきか、集団は判断に迷っていた。
静まり返った広場に、徐々に、ざわめきが広がる。不安と期待の入り混じった声が、次第に大きくなる。
真摯に国民に向き合う、この美しい王を信じる気持ちと、これ以上耐えることを受け入れられない気持ちが、ぶつかり合う。
国民は戦いの続く状況に、疲弊していた。
「楽しい雰囲気に、水をさしてしまったね。とにかく、今日は、みんな楽しんで欲しい。私の願いは、それだけだ」
セフィリアは静かにそう付け足すと、城の中へと戻って行った。




