第34話 ウェルリス建国際(前)
ウェルリス王都の空は晴れ渡り、鐘の音が響き渡る。街は色とりどりの布と花で飾られ、人々は鮮やかな衣装を纏っている。
街は祭りの賑わいに包まれていた。
建国祭は、ウェルリスにとって最も重要な祝祭のひとつ。国の礎を築いた初代女王の偉業を称え、繁栄を祝う日だ。
王都では、大規模な宴が催される。舞踏、音楽、食事——誰もが身分を忘れて祝いの時を楽しむのだ。
城の外では、無数の灯火が揺れ、祝いの歌声が空に響いていた。
王城から石段を降りた先、祭の準備に賑わう王都の通りは、花と音楽に彩られていた。色とりどりの布が風にたなびき、子どもたちの笑い声が陽射しの中に響く。中央広場では、魔力の泉がいつにも増して煌めいていた。
エレニアは一人、祭の進行を確認してまわる。
「エレニア様! お疲れ様です!」
花屋の娘が駆け寄ってくる。腕には花束を抱えている。
「今日の朝、届いたばかりのお花、さっきお城に運んでおきました」
彼女は抱えた花束を差し出す。
「この花束は、セフィリア様に。うちのアルナって子が、女王陛下にって選んだんです。あの子、セフィリア様のファンなんですよ。
今日もお姿が見られるって、はしゃいじゃって」
「ありがとう。とても綺麗ね。あなたたちのおかげで、今日の王都はいつもより華やかだわ」
エレニアがそう返すと、娘は嬉しそうに笑い、少しだけ声を潜めるように続けた。
「──私は、セフィリア様は少し怖いんです。何をお考えかわからないし。
でもエレニア様は、セフィリア様と違って話しやすいです。お優しいし、私たちの話をちゃんと聞いてくれるから」
エレニアの手が、わずかに止まる。表情は崩さず微笑みを保ったまま、問い返すことなく花を受け取った。
「ありがとう。でも、セフィリアもきっと、あなたの声を聞きたがっているわ」
「そう、でしょうか」
「ええ、そうよ。何か、困っていることがあるの?」
娘は首を振る。
「いいえ、でも、私たちみんな、不安なんです。この戦いが、いつまで続くのかって。
セフィリア様は、本当に私たちのことを見てくれているんでしょうか。あの方は、あまりにも私たちと違うから」
そう話す顔には、不安げな表情が浮かんでいた。
エレニアは優しく微笑む。
「大丈夫、セフィリアは優しい人よ。この戦いもすぐに終わる、心配ないわ」
「エレニア様にそう言われると、なんだか元気が出てきます」
娘は、失礼します、と笑って去っていった。エレニアはその後ろ姿を見送ったまま、動けずにいた。
(セフィリア様と違って、ね──)
その言葉は、ただの何気ない感想。あれほど国民のことを思っていても、彼女は、誰にとっても遠い存在なのだ。
セフィリアが孤独にすべてを背負っていることはよく分かっていた。誰より真剣でで、誰よりも民のことを想っていることも。
でも、そんな彼女がいても、確かに人々は不安を抱いている。いや、そんな強い彼女だからこそ、かもしれない。不安定な情勢に不安を感じる民は、『エレニア様のほうが親しみやすい』と笑うのだ。
近ごろ、戦の終わった街を回っていても、このようなことが増えた。
みんな、完璧なセフィリアに共感できず、どこか不安を拭えずにいる。
(──私に、何ができる?)
エレニアは街の人の声を聞きながら考える。
街は、相変わらず賑わっていた。




