第30話 救出
ハルカは険しい顔で結界の解析を続けていた。壁にかけられた時計の針がじりじりと進む。
突然に、ハルカは顔を上げた。ゼドに声をかける。
「ゼド、準備はいいか? あまり時間は作れない」
ハルカの術式が、結界に小さな裂け目を作り出した。
「ここから入れ。時間は、十秒」
ゼドは無言でうなずき、転移する。
結界内に入った瞬間、異様な空気が肌を刺すように満ちる。強い魔力が満ちているはずなのに、そこは不自然に空白だった。
地下牢は静寂の中に重く沈んでいた。牢の隅で目を閉じていたセフィリアは、ゼドの近づく気配を感じ取る。
(……来たか)
彼女は目を開けると、震える指で床を一度叩いた。
銀の魔力が地を這い、牢の結界に干渉し、まるで解錠するように、結界がひび割れる。
その裂け目からゼドが姿を現した。
「……遅いな、待ちくたびれたよ、ゼド」
セフィリアは笑う。
「申し訳ありません、道を開くのに手間取りまして」
「ありがとう、助かったよ。あとは私が」
そう言って立ち上がる。
「セフィリア様、もう大丈夫なのですか?」
「もう十分休んだ。……あいつは甘いんだ、冷酷なロゼルトとは違ってな」
そして私とも、と言いかけてその言葉を飲み込む。
セフィリアの脳裏には、戦場でリュグルス兵たちが崩れ落ちる姿が浮かんでいた。
もう何人殺したかなど分からない。これから何人殺すことになるのかも。
「行きましょう、あまり時間はありません」
「ああ」
結界の裂け目に入る直前、セフィリアはふと立ち止まり振り返る。彼女の目は無意識にリヴェルの姿を探していた。彼はどこにも見当たらなかった。
***
いつもの通り静まり返ったロゼルトの謁見の間。二人は向かい合っていた。
「エレニアです」
リヴェルはロゼルトに告げる。セフィリアと対峙した時に感じた感覚を、振り切りたかった。さざめく自分の心から目を背ける。
「なんのことだ?」
「あの女を落とすには、彼女を利用するの良いでしょう。
彼女の心には野心も劣等感も燻っている。あなたが少し揺さぶれば、きっとこちらに靡く」
リヴェルは努めて実務的に報告する。自分の目的は、ロゼルトのためセフィリアを落とし、リュグルスを解放すること。そのために、最短の策を考える。
ロゼルトはそれを聞いて考え込む。
「なるほど……エレニアか。確かセフィリアの親類だったな。王族だろう」
「はい。先々代の孫だそうです。セフィリアの次の継承位だとか」
「ちょうどいい。良い策を思いついた」
彼はニヤリと笑う。
「彼女の方が御しやすそうだ、エレニアを抱き入れることにしよう。
彼の国は既にかなり不安定。女王への不満も募ってきている。あともう少し、揺さぶっておこうか」
「では、ハルシャを攻めましょう。あそこは一般市民が多い」
リヴェルは即答する。
「お前に任せよう。期待している。セフィリアの絶望する顔を見るのが楽しみだ」
ロゼルトの脳裏には、若い頃に共に語り合い、そしてのちに自らの手で葬った、ウェルリスの女の顔が浮かんでいた。
セフィリアは、彼女にそっくりだった。
「御意のままに」
リヴェルは一礼して謁見の間を後にする。さて、彼女はどう動くか。ハルシャ襲撃の策に頭を巡らせながら、彼はまたセフィリアのことについて考え続けていた。
ロゼルトは、そのようなリヴェルの背中を静かに観察していた。




