第28話 届かない距離
「ゼド! セフィが! セフィが大変なの!」
ウェルリス王城に転送されたエレニアは、一目散にゼドの執務室へと駆け込む。
そこではハルカとゼドが机を挟んで話し込んでいた。二人は驚いて彼女の方を見る。
「エレニア様? ご無事でしたか!」
「ええ、セフィが助けてくれたの。──自分の方がボロボロなのに。
ねえ、私がいない間に何があったの? 早く助けにいかないと、あの人、このままじゃ死んじゃうわ」
「セレナスとハレが攻められたのです。危ないところでしたが、セフィリア様の力でなんとか軍勢は追い払いました。
そして囚われたあなたを救うために、セフィリア様はそのままリュグルスに向かわれて──」
エレニアは唇を強く噛む。セフィは、また無茶をしたんだわ。きっと、私を助けるためにいつもよりもさらに無茶な戦い方を。
そうでなければ、あそこであんな風に倒れたりなんてしなかった。
「きっと今、セフィは囚われている。助け出せるかしら」
「我々も、向かおうとしていところでした。ですが、ウェルリスからの侵入を阻む強力な結界が張られていて、今のリュグルスには入れないのです」
ハルカが残念そうに答える。
「セフィリア様が囚われている、となると、今攻められるとかなり危険ですね。
幸いディオンとニナは先の戦いでかなりのダメージを負っている。すぐには攻めてこないだろうが、他の者がどう出るか」
ゼドは腕を組んで考え込む。ぶつぶつと独り言のように考えを口にする。
「セレナスとハレの戦いで我々の戦力もかなり崩れている。早急に立て直す必要があるな。優先順位を考えなくては。
やはりまずはセフィリア様を助けに行くべきか? しかし、余力はないぞ、そもそもご無事か……最悪の場合、このまま……」
「ゼド? 何を言ってるの、まさかセフィを見捨てるなんて言い出さないでしょうね?」
「もちろん、そんなことはございません。セフィリア様なくして、この苦境は乗り越えられません」
ゼドは首を振った。
「どうだ? 解析にはあとどのくらいかかりそうだ?」
解析を続けるハルカの様子を伺う。
「かなり厳しい。あと三日、いや、二日でなんとか」
「分かった。頼む」
やはりセフィリアを救い出すことが第一、とゼドは方針を決める。彼女のいない状態で、国を守り抜くことは難しい。
少しでも早く助けに行きたいが、こればかりはどうしようもなかった。ハルカが二日と言うのであれば、今この国でそれ以上は望めない。
それまでの間は、できる限りの体制を整える必要がある。ゼドは頭の中で采配の算段を始める。
「私にも何かできることはない? セフィの助けになりたいの」
「すみませんが、今はなんとも」
ハルカが申し訳なさそうに応える。
「エレニア様、まずはお休みください。あなたもひどくお疲れのご様子です。
この度の戦闘で多くの負傷者が出ています。そちらの対応でエレニア様にもご尽力いただくことになるでしょう。
あなたのことを待っている人々がいます。ここは我々にお任せください」
「……分かったわ」
エレニアは渋々承諾する。ゼドの呼んだ侍従と共に、彼女は一旦自室へと戻った。
***
暗い石造りの壁に、冷たい鉄の格子が鈍く光る。リヴェルは地下牢の中央に立ち、無造作に手をかざした。
黒い魔法が床に広がり、横たわるセフィリアは、彼の魔力に包まれる。
「さあ……見せてもらおうか。お前が守っているものを」
リヴェルの魔力は彼女を包む。魔力の流れ──いや、『心』の縁に触れようとした、まさにその時。
──拒絶。
まるで誰かに全力で扉を閉ざされたような、冷たい圧力がリヴェルを跳ね返した。
リヴェルは眉をひそめ、再度手をかざす。だが結果は同じ。彼女の内側に干渉しようとするたびに、冷たく、しかし確固たる拒絶に弾かれる。
傷だらけの体、枯渇した魔力。意識すら朦朧としているはずの彼女が、それでも自分の核だけは決して渡そうとしない。
セフィリアは小さく呻き声を漏らす。微かに目を開きリヴェルの方を見る。リヴェルはその視線を受け止め、問いかける。
「なんなんだ、お前は? こんなに弱っているのにまだ手を離さないつもりか?」
「私はお前のように魔力を見ることなどできないが、自分の持っている分くらい把握しているし、私の魔力の制御権はいつだってわたしにある」
掠れるような小さな声で、セフィリアは答える。しかしその小さな声は凛と澄んでいて、確かな意思がこもっていた。
「悪いが、もし今日が私の最期なら、私は自分の魔力と心中するよ」
「……どこまでも傲慢な女だ」
リヴェルは吐き捨てる。だがその声には、怒りと同時に、微かな感嘆が混じっていた。
「残念だが、お前は殺さずに捕らえろと言われている」
彼の役目は解放の鍵であるセフィリアを捉え、ロゼルトに引き渡すこと。リヴェルは唇を噛み、魔力を引くと、静かに牢を後にした。




