第24話 セレナス攻防(3)
高く掲げられた砦の旗が、折れた。西門の防御線が、一瞬の隙を突かれて破られかけたのだ。
「持ちこたえろ! まだだ!」
ゼドの声が響くが、兵たちの顔には疲労と絶望が滲んでいた。魔力の壁はひび割れ、砦の門も軋みを上げている。西門の防衛線は、今にも崩れそうだった。
その時、――風が変わった。
砦の上空に、光が迸る。厚く重い魔力の波が、砦全体を包み込む。兵たちが一斉に顔を上げた。
「――セフィリア様!?」
誰かが叫ぶ。振り向いた先に、青い衣服をまとったセフィリアがいた。彼女の姿は、戦場の混沌の中でも輝いて見えた。
セフィリアは無言で手を掲げる。砦を守る魔力の結界が、再び力強く輝きを取り戻した。
裂けたはずの結界が、まるで縫い合わせるように再生していく。
同時に、彼女の全身を重い脱力感が襲う。連日の戦いで、セフィリアはかなり疲弊していた。
膨大な魔力と、強靭な精神力は尽きることを知らなかったが、その器たる肉体には、確かに疲労が蓄積していた。
しかし彼女は、有り余る気力で動かない肉体に鞭打ち、その疲れを兵たちに気取らせることはない。
彼女は彼らを鼓舞する光でなければならなかった。疲労の色など、見せてはならぬ。
「皆、怯むな。私がいる」
静かな声が、砦中に響いた。それだけで、兵たちは膝をつきかけた身体を支え、再び魔力を込め、剣を握る。
ゼドだけはじっと、黙ってそんな彼女を見つめていた。
セフィリアはゼドの元へ駆け寄ると、すぐに問う。
「状況は?」
「西門、防衛線ぎりぎりです。しかし、妙です……敵は本気で押してきていない」
ゼドは冷静に答える。
セフィリアは小さく頷いた。彼女も既に感じ取っていた。
この敵の動きは、明らかに戦いを長引かせウェルリス軍の消耗を狙っている。
「……彼らの狙いはハレだ」
彼女は既に、ハレに移動したディオンの気配を感知していた。
ハレ――それはウェルリス北西部の街。美しい石造の街並みが広がる、ウェルリスの誇る文化と芸術の都。
かつては中立都市として、両国の貴族たちが学び、交流を深めていた時代もある。
「なんと……」
ゼドが低く唸る。
「それで、彼らはセレナスを……。確かに、セレナスとハレは正反対の位置。戦力を分散せざるを得ない」
そして同時に、遠く北の空に立ち上る煙が、かすかに見えた。セフィリアの瞳が細められる。
(急がねば――)
「――セフィリア様!!」
伝令役の兵士が、慌てた様子で駆け込んできた。ただならぬ気配に、セフィリアもゼドもすぐに振り向く。
「報告! ハレが……! ハレが襲撃を受けています!!」
兵たちがざわめく。
「……また、エレニア様が人質に取られたとの報告が!」
「エリが!?」
セフィリアは思わず声を上げる。
「はい、リヴェルがハレの騒ぎに乗じてリュグルスに連れ帰ったと。
セフィリア様を待っていると、言い残して去ったそうです」
なるほど、これは全て彼の策略か、とやっと気づく。全てはこのため。
エレニアがハレを一人で訪れるタイミングを伺っていたのだろう。狙いは自分か、と改めて気づき、セフィリアの心は鉛のように重くなる。
セフィリアの心臓はどくどくと脈打っていた。一刻も早く、助けにいかなければ。
しかし、西門での戦闘も激しさを増していた。セレナスを落とされれば、ウェルリス北部の防衛線は崩壊する。
セフィリアの魔法でかなり体制を立て直したものの、ハレに回せる戦力はあまり残っていない。今セフィリアがリュグルスに向かうわけにはいかなかった。
「セフィリア様、どうなさいますか!」
リセルが叫ぶ。
セフィリアは一瞬だけ目を閉じた。そして、すぐに決断する。
「城砦の防御は張り直した。ゼド、ここはお前に任せる。──セレナスを、守り抜け」
「承知しました」
ゼドは即座に頭を下げた。セフィリアは振り返ると、戦場を一瞥した。
「私はハレへ向かう。お前たちは目の前の戦いに専念しろ。必ず、私がこの国を守る。……そしてエレニアも」
その声は、凛として響き渡る。ひとつ頷き、セフィリアはハレへと転移した。




