第22話 セレナス攻防(1)
王城には、遅くまで明かりが灯っていた。セフィリアの執務室では書簡が乱れ、地図が広げられたままになっている。彼女の姿はそこにはない。
「セフィリア様は、またお庭に?」
侍女がそっとつぶやく。王宮の奥庭では、白百合がひそやかに風に揺れていた。
その中心に、ひとり膝をつくセフィリアの姿がある。夜露に濡れた石碑に、指先でそっと触れる。
「国を守るとは、どういうことなのか……今も、よく分かりません」
風が吹き、花の香りと土の匂いを運んでくる。
「でも、私は行くしかない。たとえ、それでまた……何かを失うとしても」
その言葉に応える者はいない。ただ、王都の空に重く垂れ込めた雲が、遠くの戦の気配を運んでくる。
やがて立ち上がったセフィリアは、静かに振り返った。
その瞳には、もう迷いの色はなかった。
***
朝、王城の指令室では、すでに慌ただしい声が飛び交っていた。
「ゼド様、セレナスに軍勢です! ハルカ様から援軍依頼が!」
リセルがゼドの元に駆け寄る。セレナスはウェルリス北部の要塞都市。リュグルスとの国境を守る街の一つだ。
「落ち着け、状況は?」
「はい、セレナスにおよそ一千の軍勢が攻めかけてきています。あそこは要塞ですから、常駐の兵で応戦していますが、少しずつ押し込まれているとのこと」
「敵の将は?」
「ディオンです」
「なるほど……それは派手にやってくれそうだ。私も行く」
そう言うとゼドは上着を取って席を立つ。
「私はセフィリア様に報告してからすぐに追いかける。先に向かっていてくれ」
「かしこまりました」
ディオンは戦好きの粗暴な男で、いつも大軍を引き連れて攻めてくる。親分肌で部下からの信頼も厚く、彼が来ると大きな戦となり街の被害も大きくなりがちだった。
「セフィリア様」
ゼドはセフィリアの執務室に入る。
「セレナスにディオンの軍勢が来ているようです。今から加勢に向かいます」
「ディオンか……なるほど……」
セフィリアは考え込むような素振りを見せる。
「何か気になることでも?」
「いや、気になるというほどではないが……やつにしては少し静かだなと思っただけだ。
まあ、セレナスはここからは遠いから……悪い、気にするな」
「ええ、とにかく向かいます。また何かあればご報告を」
「ありがとう、采配はお前に任せる。私も様子を見て向かおう。少し探ってみるよ」
「あまりセフィリア様のお手を煩わせたくはありませんが。連日お疲れでしょう」
「問題ない。何かあれば迷わずすぐに呼べ」
「かしこまりました」
ゼドは一礼してセフィリアの執務室を後にする。
セフィリアの抱いたのと同じ懸念は、ゼドも感じていた。彼が攻めてくるときは、もう少し気配を感じるものだが、今回はあまりに唐突。
一千の兵というのも彼にしては少し少ない。何か別の狙いがあるのか?
考えを巡らせつつも、ゼドは急ぎセレナスへと向かう。
***
セレナス東方、リュグルス軍の後方では、ディオンが部下の報告を受けていた。
「ディオン様、敵の援軍が到着したようです」
「構わん。このまま少しずつ後退して引きつけろ」
憮然とした表情のまま、静かに指示を出す。
「そろそろ、ニナがくる頃か」
そう言って砦の西側を見つめる。微かに軍勢の影が見えた。
「ふん、どうしてこの俺が、リヴェルなどの策に従わねばならんのだ」
セレナスは、第2話で登場した、ハルカが砦将を務める城塞都市です。




