第21話 広がる不安
「やあエリ、呼びつけて悪いね!
あれ、君は──」
セフィリアはエレニアの隣に立つ青年を見る。
「今日からうちに来ることになったの。レオンよ」
「ああ、レオン。久しぶりだね、セフィリアだ」
セフィリアを一目見たレオンは、無意識にすっと姿勢を正す。
「覚えてくださっていたのですか」
エレニアと話していた時とは変わって、その身体は微かに強張り、緊張が滲む。
「もちろん。そもそも君を推薦したのは私なんだからね。
よろしく頼むよ、エリを助けてやってくれ。彼女はいつも私のせいで過労死寸前だから」
そう言ってセフィリアは明るく笑う。エレニアは隣で肩をすくめた。
「はい、精一杯努めます」
「いい返事だ。期待しているよ」
セフィリアは彼の方をポンと叩く。レオンは背筋をさらに伸ばした。
「もったいなきお言葉です」
そんな彼の様子を、エレニアはそっと見守っていた。ひとしきり会話を終えると、長くなるだろうから先に戻っていて、とエレニアに促され、レオンは丁寧に一礼して部屋を後にした。
*
「ところでセフィ、身体の方はもういいの?」
「ああ、おかげさまで、ゆっくり休んだよ」
セフィリアは自席に座りながら、手を伸ばしエレニアにも座るよう促す。
「ゆっくり、ね。どうせまた何かしてたんでしょう? その目を見たら分かる。
──まあ、だいぶ回復しているようだからいいわ」
エレニアは諦めたように首を振り、腰を下ろす。
「──さて、エリ、サトはどうだった?」
「今回は、思ったより被害は少なかったわ。でも、なんだか異様な雰囲気だったみたいね。
何も分からないうちに、急に魔法が使えなくなったらしいの。みんな、かなり怖がってた。それに、『恐れれば恐れるほど強くなる』って。これってどういうことかしら?」
「──それがあの男の力らしい。他人の魔力に干渉して、奪い取る」
「奪い取る? ……確かに、みんなに聞いた状況に合うわね。でもそんな話、今まで聞いたことがない」
「私もだよ。でも、嘘とも思えない。──もう少しその時の状況を詳しく知りたいな。どう対処したものか……」
セフィリアは顎に手を当てて考え込む。黙り込んだセフィリアに、エレニアは静かに声をかける。
「……ねえ、最近こういう戦いが多いでしょう?
サトのみんなもかなり不安がってた。このままじゃもっと良くないことが起きるんじゃないか、って」
「そうだな、なんとかしたいが……」
セフィリアは頭を悩ませていた。
魔力が見える、という特殊能力を別にしても、彼はかなりの魔術の使い手。軍勢を引き連れてくるならまだしも、彼ひとりでの侵入を完全に阻むのは難しかった。
彼は目がいいと言っていた。自分を捉えた彼の漆黒の瞳を思い出す。そして、魔力をどろりと舐められるような感覚。何かを無理やり剥がされるような不快感。
なんにせよ、これ以上放ってはおけない。セフィリアは決意する。エレニアはそんなセフィリアを、じっと見つめていた。
***
王都から遥か東、リュグルス国境付近の山脈の上空で、チラリと、何かが煌めくように見える。
王都では、また結界が強まった、と噂されている。
「まあ、ありがたいけど……結界があるからって、私らの暮らしが楽になるわけじゃないしね。また戦があるってことだろ? もう沢山だよ」
「セフィリア様は、どうなさるおつもりかね。一向に終わらないじゃないか。本当にこの戦を終わらせるつもりがあるのかね」
商人の女たちが、店じまいをしながら話している。不意に、声を落とす。
「――そういえば聞いたかい? セフィリア様が、リュグルスの男とふたりきりで話していたって噂」
「本当なのか?」
リヴェルとの密会の噂は、瞬く間に王都に広がっていた。戦により日々の暮らしが苦しくなるにつれ、次第に民の不満も高まる。
「ああ。兵士の一人が見かけたって話だよ。隠してるみたいだけど、何かあるんじゃないの? 苦しむのは、いつだって庶民の私たちよね」
「やっぱり、あんな大きな城に住むような人には、庶民の暮らしなんて想像もつかないんだろうねえ」
彼女たちは、王都の中央に鎮座する城を見上げてため息をついた。
「セフィリア様は、何をお考えか全くわからないしね。本当に私たちと同じ人間なのかしら。
本当は、私たちなんかより、リュグルスのやつらの方が、近いんじゃない? 人間味がないというか、ね」
隣で聞いていた若い娘が、ぽつりと会話に加わる。
「……でも、あのとき助けてくれたのは、あの方だった」
「え?」
「一年前の戦で、私の村、襲われて。みんな必死に戦ったけど……母さんも、兄さんもだめだった。
でも、セフィリア様が来てくれた。大丈夫だよ、って、みんなを励まして。敵をみんな追い払って、街の火を全部消して──私が生きているのは、セフィリア様がいたからよ」
その娘――アルナはそれ以上何も言わず、指を固く握り、静かに背を向けた。夜風が、肩をなでるように通り抜ける。
「そうは言ってもねえ、こんな日々じゃ、将来が不安だよ。子供達には、安心して暮らして欲しいじゃないか。それだけのことなんだよ」
夜の王都は、不自然なほどに静かだった。普段ならば灯のともるはずの窓のいくつかが、早々に閉ざされている。
まるで誰かの心が揺れるように、響く街の人々の足音が、街の空気を震わせていた。




