第1話 女王のまなざし
澄んだ空気に、小鳥のさえずりが聴こえる。
朝の城下は活気を見せ始め、民たちは笑顔を交わしながらそれぞれの仕事に励んでいた。
パンの焼ける香りが漂い、街は少しずつあたたまってゆく。
子どものはしゃぐ声が通りに漏れ聞こえる。回る車輪の音が控えめに響く。
セフィリアは各地の見回りから城へと戻りながら、遠目に街の様子を眺め、満足げに微笑んだ。──ここは、彼女の守る街だ。
彼女は、街を横目にそのまま城内へ入り、長い外套の裾をなびかせながら、城の中をのんびりと歩いた。
城の中央には、青い芝生の広がる中庭がある。花々が色とりどりに咲き誇り、その香りが風に乗って辺り一帯に広がっていた。
ふと見ると、十数人の子供たちが魔法の練習をしているのが目に入る。彼女は足を止め、その光景をしばらく見守っていた。
子供達の多くは、身寄りを失い、この城下に暮らす孤児たちだ。続く戦火で孤児たちの数は増加の一途を辿っている。
セフィリアは彼らを城下に住まわせ、暮らしと教育を保障していた。
まだ幼い彼らは、魔力の制御に苦戦しているらしい。ふざけては教官役の少女に叱られながら練習を続けている。
めいめいに騒ぐ子供たちに、彼女はかなり手を焼いているようだった。
しばらく微笑ましく眺めていたが、セフィリアは中庭に降りて一人の少年に話しかける。
「おはよう、リュート。今日もいい天気だね」
「セフィリア様!」
後ろから声をかけられた少年は、驚いてセフィリアに向かって直立する。
「そんなに驚かないでくれ、君を叱ってやろうって訳じゃないんだから」
そう笑って少年の肩を叩く。
「あら、セフィ、帰ってたのね。お疲れ様」
そう声をかけたのは、教官役をしていた、セフィリアと同じくらいの年頃の亜麻色の髪の少女。それまで騒いでいた子供たちも、セフィリアに気づいて、次第に周囲に集まってくる。その姿を教官役の少女は静かに見つめている。
「ありがとうエレニア。生徒たちは相変わらずか?」
「ええ、相変わらずよ。ちょっとセフィも見てやってくれる?」
「もちろんだ。やって見せてごらん」
そう言って子供たちを促す。彼らはしばらく顔を見合わせていたが、最初に声をかけられた少年が一歩進み出た。
ぎこちなく手を動かし、呪文を唱えると、五メートルほど先にあった銀色の球を右手に呼び寄せる。球は、彼の手のひらに収まる寸前で落下した。
「すみません、まだ上手くできなくて」
少年は恥ずかしそうに縮こまる。
小球を動かすのは、魔法使いの基本訓練だ。魔力は実体を持たず目にも見えないため、制御が難しい。
物体を動かす際は、使用する魔力量と出力する位置を正確にコントロールする必要があり、距離が遠いほど、物体が大きいほどその難度は上がる。
「悪くない。練習すれば誰でもできるようになるさ。エレニアの言うことをよく聞くことだね」
セフィリアは落とした玉を魔法でひょいと持ち上げると、手に持って少年に渡す。少年は少しほっとした表情で、それを受け取った。
その様子を見ていた少女の一人が、輝く目でセフィリアを見上げて尋ねる。
「私も、セフィリア様のように強くなれますか?」
「 ──私のようにか、嬉しいことだ」
セフィリアは笑う。一瞬考え込み、穏やかに答えた。
「魔力というのは、私たちの感情から生まれるもの。意志が強ければ強いほど、扱える魔力も大きくなる。
なんのために力を使うのか、考えなさい。君たちは、願ったことを叶えることができる」
子供達は真剣な顔でセフィリアを見上げている。
「はいはい、そのやる気はいいけど、戦いの魔法はまだまだあなたたちには早いわ。
まずは生活のための魔法からよ。修復術の練習から、再開しましょう。昨日教えた呪文は覚えてるかしら?」
そのまま、セフィリアはエレニアと共に順にその場にいた子供達の練習を見て回る。
全てが終わる頃には、太陽は空の頂上に登っていた。リンゴン、と城の鐘が涼やかに正午を告げる。
「じゃあ、今日は終わりにしてお昼にしましょう。セフィも、ありがとう」
エレニアの掛け声を聞いて、子どもたちは帰り支度を始める。ありがとうございました、と二人に声をかけ、仲のいいもの同士つるみあって城の中へと帰っていく。
歩く彼らの背中を見ながら、エレニアに向けてぼそりとつぶやく。
「本当は、彼女たちには強くなんてならなくていい、と言いたいところだが」
彼らはみな、リュグルスとの戦いで身寄りを失っている。できることなら、戦うことなど知らずに平和に暮らして欲しかった。
家族を失った彼らが、弱いままで、もうこれ以上なにも失わなくて済むように。戦いの場で辛い思いなどしなくても済むように。
セフィリアの言葉を聞いたエレニアは、隣に立つ彼女へと顔を向け、目を細める。
「あなたらしいわね。でもせっかくあの子達がやる気を出しているんだから、やる気を削ぐようなこと言わないでよ? 真面目に練習させるのに、本当に手がかかるんだから」
セフィリアはそうだね、と静かに応える。
「私の話もあなたの話くらい聞いてくれればいいんだけど。
──まあ、カリスマ女王のあなたには敵わないわね」
エレニアは少し沈んだ空気を一掃するように明るい口調でそう言う。
「そう言うなよ、エリのことは頼りにしてる、いつもありがとう」
セフィリアは笑顔で応える。まったく、本当に完璧な女王様なんだから、とエレニアは心の中でため息をついた。




