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晴霞の王  作者: 瀬戸榛名
第1章|霞の王

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第18話 奪えないもの


「よく来たな、セフィリア。お前が来るのを待っていた」


 姿を現したセフィリアとエレニアを、リヴェルが出迎える。目の前では、この街を守る部隊を率いるサクラたちがうずくまっていた。

 彼女たちの指先は氷のように冷たく、瞳からは色が抜け落ちていた。喜怒哀楽が、心の影へと後退している。


 セフィリアは冷徹な視線をリヴェルに向け、彼女たちを隔離して遠ざけた。


「エリ、まずは彼女たちの手当を。こいつは私が相手する」


 リヴェルはうずくまるサクラに寄り添うエレニアを一瞥する。一瞬見極めるように目を細め、すぐにセフィリアに視線を戻した。


 セフィリアは鋭く問う。


「彼女たちに、何をした?」


「魔力を少し、いただいただけだよ」


 その答えを聞いたセフィリアは怪訝(けげん)な顔をする。


「せっかくまた二人きりになれたんだ。少し話をしようか」


 リヴェルはぱちんと指を鳴らす。その途端、重力が歪み、セフィリアの体はその場に縛り付けられる。

 足が地面に沈み込むように、身動きが取れなくなる。対してリヴェルは軽やかに空中に浮かび上がると、セフィリアを見下ろした。


「俺はな、目がいいんだ」


 リヴェルは目を凝らすように細める。


「……どういう意味だ?」


「人の持つ魔力が()()()。その魔力に干渉し、奪い取ることができる」


 リヴェルの指先が魔力を手繰り寄せるように、虚空をなぞる。


「魔力は感情から生まれるものだろう?だから、つまり、俺には人の感情が見える」


「……何を考えているか、分かるということか?」


「いや、何を考えているか、なんて分からないさ。だいたい、人間なんてのは大抵何も考えてなんていない。そこに感情がある、心があるだけだ」


 リヴェルは頭を指し示すように指で叩き、つまらなそうに肩をすくめる。


「そういうものか」


「強い感情は生み出す魔力量も多い。いちばん簡単なのは恐怖、怒り、嫉妬。……つまらない、ありふれた感情だ。

そういう感情を引き出せば、そこら中に魔力が溢れる。あとは適当なところで、負荷を与えて制御権を破壊してやればいい。

そうすれば、全ての魔力は、俺の元に」


 リヴェルは軽やかに地上に降り立ち、セフィリアの瞳を無遠慮に覗き込む。


「ただ──」


 指先をセフィリアに向かってそっと伸ばす。まるで皮膚の上を這うように、セフィリアの周囲を流れる魔力に、リヴェルの魔力が優しく絡みつく。

 しかしやはりれるだけで、それ以上の干渉はできない。


「お前の心は、魔力を繋ぎ止める力が強すぎる。俺が触れても魔力が揺らぐこともなければ、心の中を見ることもできない。

純真な利他の心に従って行動しているように見せて、なかなか強かなやつだ。──ここまで念入りに、いったい何を隠しているんだか」


 リヴェルの魔力が探るようにセフィリアの魔力を舐める。


「なんとかこじ開けて覗いてやりたいものだが」


「悪趣味だな」


 セフィリアは軽く顔をしかめた。


「ところで、お前はどうしてこんなところまで来た?

別にここであいつらが死んだって、ものの数じゃない。お前が重傷を負う方が損害が大きいだろうに」


 リヴェルの操る重力が、さらにきつくセフィリアをその場に縛り付ける。


「目の前の仲間を見捨てることはできない。それだけだよ」


「その感傷で国が滅んだとしてもか? 馬鹿なやつだ」


 リヴェルは嘲笑う。


「──ほう、お前が国のことを言うなんて、意外だな。そんなものには興味がないのかと思っていた」


 握ったリヴェルの拳がかすかに震える。

 その様子を観察しながらセフィリアは思案する。冷徹で他人のことなど何とも思っていないように見えて、セフィリアが仲間を救いにくることを、半ば期待して、待ち望んでいるように見える。


 そこにあるのは、どんな矛盾か?


 彼女はリヴェルの目をまっすぐに見ながら、構わず続けた。


「お前も本当は、仲間が欲しいんじゃないのか?」


「……なんだと?」


 低く、鋭い声。セフィリアを捉える重力が、さらに重くなる。自分が冷静さを欠き始めていることを、リヴェル自身も感じていた。しかし、抑えることができない。これ以上何かを言われるのを無意識に避けていた。


 セフィリアの言葉が、心に引っ掛かる。彼女の魔力に拒絶され、意識は、否応なく自分自身へと向けられる。


「お前は、優しいからな」


 セフィリアは挑発的な笑みを浮かべる。彼の心のうちを覗こうとするように、真っ黒な瞳の奥を見つめる。


「黙れ。お前のその顔を見ているとイライラする。……俺の前から消えてくれないか?」


 リヴェルの言葉が落ちた瞬間、空気が揺らいだ。


「このまま捻り潰してやりたいくらいだが、どうせこの程度のことじゃくたばらないんだろう。──ああ、もう少し痛めつけてやろうか」


 それは『圧』だった。見えない力が空間ごと歪ませ、身体の芯にのしかかる。セフィリアの身体は容赦なく地に押し付けられる。


「膝をつけ」


 リヴェルの冷ややかな声が降りかかる。見えない重みが空間ごと軋ませ、膝が地面に叩きつけられる。

 身体の全てが下へと引き摺り込まれ、その力はセフィリアに屈服を乞う。意識が重みに霞み、全身を支配されるような感覚。


「え? 苦しいだろう? 喚くなり許しを乞うなりしてみたらどうだ。全く可愛げのないやつだな」


 そう言いながら、奥歯を噛み締める。なんだ、これは? この女をもっと苦しめてやりたい。抑えつけてこの場から消し去りたい。


「私はこのくらいで根を上げるほどやわじゃないよ」


 眉一つ動かさず、セフィリアは力を込める。しかし、足を上げようとした瞬間、さらなる圧力がかかる。


「そうやって意地を張るから、無駄に苦しむことになるんだ」


 地面が軋む音が響いた。いや、違う。軋んでいるのは骨だ。全身が縛られるような感覚。

 血管の中まで重みが流れ込み、指先が痺れた。


「どんな気分だ?」


 リヴェルは小さく指を動かした。圧力がさらに増し、セフィリアの体が地面に沈み込む。石畳が割れ、周囲に細かい亀裂が走る。目の前が霞む。

 セフィリアは息を吸い、指先を震わせながら微かに笑った。


「この程度で、私より優位に立ったつもりか?」


 指先に力を込めるたびに、重みで裂けた皮膚から血が滴る。セフィリアは静かに息を整えた。


「柄にもなくお前が腹を立てているのが面白くて付き合ってやったが、そろそろ終わりにしようか」


 リヴェルが眉をひそめる間もなく、セフィリアは、さらに強く、地面に足を踏みしめた。


 バキッ


 石畳が砕ける音が響く。足を沈ませていた圧力が、一瞬、揺らいだ。彼女は踵に魔力を落とし、地脈へ縫い付ける。重さの矢印を足裏から逃がす。石畳が砕け、圧は地へと沈む。


「……ほう?」


 リヴェルの指が動く。さらなる重圧が、セフィリアの身体を押し潰そうと襲いかかる。だが——


「この程度で……私を押さえつけられると思うな」


 セフィリアは呼吸すら押し潰される圧力の中、掠れた声を絞り出す。

 その瞬間、長い間押し込められていたものが一気に解放されるかのようにセフィリアの全身から魔力が溢れ出す。


「……チッ」


 リヴェルが舌打ちする。彼の操る重力がセフィリアを再び沈めようとするが、セフィリアはそれを真っ向から受け止めた。


 血管が張り裂けそうなほど膨張し、皮膚の下を奔る痛みが意識を曇らせる。

 しかし、セフィリアは意に介さない。足を地に埋めるように踏みしめ、背筋を伸ばす。のしかかる重い力が彼女の骨を軋ませるが、それでも、セフィリアはゆっくりと膝を持ち上げた。


「……ふざけるなよ」


 リヴェルの手が強張る。重力がさらに増す。


「こんなことで、私が屈するとでも思ったのか?」


 セフィリアは、涼やかな笑みを浮かべた。圧力を跳ね除けるように、彼女は一歩、前へと踏み出す。

 その瞬間、周囲の空間が弾けた。

 圧倒的な重圧が、一瞬にして霧散する。


「さて、次はどうする?」


 セフィリアは挑発するようにリヴェルを見る。


「……ふん、お前をまともに相手しても無駄に疲れるだけだ。

かわいいお仲間から十分魔力をいただいたことだし、今日のところは良しとしよう」


 自身が冷静さを失いかけていることは分かっていた。魔力を奪う目的を達した以上、本来これ以上この場に留まる必要はない。

 リヴェルは、そのままセフィリアのことを一瞥することもなく姿を消した。


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