第17話 昼下がりの執務室
「エリ、戻ったよ! 元気にしていたか?」
戦場から城に戻ったセフィリアはエレニアに駆け寄る。
「あら、セフィ、お疲れさま。こちらは変わらずよ。
──そんなことより、あなたこそまたボロボロじゃない。大丈夫なの?」
「ディオンのやつがまた大軍を引き連れてきてくれてな。さすがに対処は骨が折れたが、問題ない。国のために戦うのが私の役目だ」
セフィリアは言う。
「それに、エリが元気で城にいてくれればそれでいいんだ。
──この顔を見るといくらでも頑張れる」
彼女はエレニアの髪にそっと触れて微笑みかける。
「まったく、そんなこと言って無理しないでよ。また大怪我してるじゃない。ほら、手当しましょう」
エレニアはセフィリアを自室へと促す。
昔から、いつもボロボロになって戦場から戻るセフィリアの治療をするのはエレニアの役目だった。
彼女の治癒術の腕前は日毎に上がり、今では国内でも随一の術師だ。
「ありがとう」
セフィリアは小さく息をつき、エレニアの前の椅子に腰掛けた。
慣れた仕草で腕を差し出す。
「政務の方はどうだ? 困ったことはないか?」
「ええ、大丈夫よ。あなたがひっきりなしに仕事をよこしてくれるから忙しくしてはいるけれど」
エレニアは肩をすくめる。
「それは悪いね。そろそろ補佐をつけたほうがいいかな?
──ところで、ローベルの家の息子がレオンと言うんだが、なかなか見どころのあるやつらしい。
政務官にと思っていたんだが、お前のところにどうだ?」
「良いように言って、また私の仕事を増やしてるだけじゃないの?
まあ、いいわ。人手はいくらあってもいいもの」
手際よくセフィリアに治癒術を纏わせる。傷が少しずつ塞がってゆく。
「頼んだよ。なかなか好感の持てる青年らしい。きっと仲良くなれる」
セフィリアはエレニアの肩をトントンと叩き立ち上がる。
「ありがとう。じゃあ私は仕事に戻るよ。レオンに伝えるよう言っておく」
まだ治療が終わってないわ、と引き留めるエレニアを軽くいなすと、セフィリアは部屋を出て自身の執務室へと向かった。城を開けていた間に溜まった書類が山積みだった。
*
城の鐘が、高らかに正午を告げる。
「セフィ、お昼よ! 昼食を持ってきたわ!」
エレニアはセフィリアの執務室に入る。
「ああ、ありがとう。──そこに置いておいてくれ」
「やっぱり! 結局一度も休んでないんでしょう?
どうせそんなことだろうと思って食事係に頼んで代わってもらったのよ」
そう言ってセフィリアの座る机の前に立つと、書類の山をかき分け、どん、とトレイを乗せる。セフィリアは、やっと顔を上げた。エレニアと目が合う。
「分かったよ。……ちゃんと食べる」
「私の分も持ってきたの。一緒に食べましょう?」
セフィリアはデスクを離れ、お茶を沸かしてソファに腰掛ける。
「そういえば、エリとこうしてゆっくり話すのも久しぶりだ」
「そうね、あなたはいつも忙しいから」
「それはお前もだろう?」
「セフィのせいで、ね」
「それは悪かった。──でも、エリだから頼めるんだよ」
「ほんと、ずるい人なんだから」
そう言って笑う。
二人は食べながら、ぽつぽつと会話を続ける。
ティーカップから、やわらかな湯気がゆらゆらと立ちのぼる。窓辺の光を透かして、ふたりの影が静かに揺れた。
セフィリアの執務室には、珍しくゆっくりとした時間が流れていた。
セフィリアは隣に座るエレニアの横顔を、そっと見つめる。こうやって大切な友人の顔をゆっくり見るのも久しぶりだった。かけがえのない、ただ一人の友人──
しかし、そんなひとときは、長くは続かない。廊下の奥から徐々に近づく足音が、冷たい現実の訪れを静かに告げていた。
執務室の重い扉を叩くノックの音が、穏やかな空気に鋭く響く。
部屋を訪れたゼドは、ソファに座る二人の様子を見て少し驚いた表情を見せた。
「エレニア様もいらしたのですか。お休みのところすみません、セフィリア様、ご報告が」
「なんだ?」
彼女は即座に冷静な王の顔に戻っていた。
「サトにあの男──リヴェルが現れました。サクラたちが囚われている、と。街の被害はまだ小さいようですが」
ゼドはサトからの報告を伝える。
「わかった。私が行こう」
セフィリアは応えるとすぐに出発の準備を始める。
「いえ、何か裏があるかもしれません、危険です。セフィリア様が直接行かれずとも、まずは我々で」
「白々しい。それで何とかなるのか? 私なら大丈夫だ。心配ない」
セフィリアはふっと笑う。
「そもそも、お前も慌てて私に報告に来たくらいだ、何ともならないと悟っているんだろうに」
ゼドは複雑な表情でセフィリアを見る。図星だった。
「お前はここにいろ、何かあれば連絡する。後方支援を頼む」
黙っていればついてこようとするゼドにあらかじめ釘を刺す。
「私も行くわ。みんなの手当が必要でしょう?」
エレニアが口を挟む。こういう時のセフィリアは何を言っても聞かない。せめてそばについていたかった。
セフィリアは一瞬悩む。本当はエレニアを危険な場所に連れて行きたくはない、だが彼女の治療魔法の腕は国内でも随一。彼女がいた方が助かるのは確かだ。
「……ありがとう、だが危険があればすぐに逃がすからな」
二人はそのままサトへと向かった。




