第16話 剣戟の音の下で
剣戟の音が遠くから響いてくる。訓練場では若い兵たちが汗を流していた。
ゼドはその脇にある簡素な休憩所で、書類を手にぼんやりと遠くを見ていた。
と、背後から聞き慣れた声がする。
「ゼド、相変わらず若者の指導か?」
「ああ、ハルカ、来てたのか。ずいぶんお疲れのようだな」
「そう見えるか? 全く、お前には敵わないな。確かに、今回はなかなか厳しい戦いだったよ。
──ところでゼド、お前のほうこそ最近どうなんだ?」
「どう、とは?」
「セフィリア様は連日、前線に政務に働き詰めだろう。付き合うお前も忙しいんじゃないのか」
「彼女に比べれば私の働きなど、大したことではない。彼女を支え国を守るのが私の務めだ」
「お前は相変わらず真面目な男だな。
そうは言っても、俺たちはあの超人のセフィリア様とは違うんだ。お前もたまには休めよ。またあの酒場に飲みに行こうぜ」
「……超人、か。そうだな。確かにあの方は特別だ。私たちとは違う」
ゼドは何か言いたげな表情で短く答える。確かに彼女は、自分たちとは比べ物にならない力を持っている。その力で、涼しい顔をして戦い、国民を守る。しかし──
幼い日の無垢な笑顔が一瞬、ゼドの脳裏を過った。だがすぐに、今の完璧な女王の姿がそれを塗り潰す。
黙り込んだゼドの様子を見たハルカは肩をすくめる。
「まあ、俺には城のことはわからんが……。お前はよくやってるよ。
最近はリュグルスの動きもきな臭いだろう? あのリヴェルとかいう男、あいつは本当に曲者だ。何を考えているか分かったもんじゃない」
「そうだな、あいつはなかなか切れ者だ。それにあいつは妙にセフィリア様に執着している。そして、セフィリア様も──」
ゼドは僅かに口ごもり、視線を落とす。
「セフィリア様がどうかしたか?」
「……いや、なんでもない。忘れてくれ。
とにかくあいつは厄介だというのは同意見だ。またお前の手を借りるかもしれん」
「他ならぬお前の頼みなら、いつでも応じるよ──俺たちは戦友だろう?」
ハルカは軽く笑い、肩を叩いて去っていく。その背を見送ったゼドは、ふと空を仰ぎ、小さく息を吐いた。
微かに汗と土の匂いが風に乗って漂ってくる。剣戟の音は絶えず、若者たちの声がいくつも重なっていた。
「……さて、私も戻るか」
手に持っていた書類を片付け、ゼドは立ち上がる。足取りは重くもなく、軽くもなく、馴染んだ土を踏みしめて訓練場へと向かう。
広場では、木剣を交える音と掛け声が飛び交っていた。幾人かの兵が、額に汗を浮かべながら打ち合っている。
「ライト、だいぶ良くなってきたな」
「はい、ありがとうございます」
「──少し右にぶれる。肩の力を抜け。いつも全力なのはお前の長所だが、冷静さも必要だ」
ゼドは兵達の間をゆっくりと歩きながらそれぞれに声をかける。
「どうした、リセル。考え込み過ぎるのは悪い癖だぞ」
その声に、彼はびくりと肩を揺らした。
「すみません」
「謝ることじゃない。誰にでも迷いはある。だが、それでも動けるのが兵士だ。正解を待っているうちに、戦場では命が消える」
ゼドは決して怒鳴らない。その声は、ただ低く、真っ直ぐに落ち着いて響く。
「動くことでしか掴めぬものがある。判断を誤ったときは、その場で正せばいい。お前たちはまだ若い」
ぱん、と手を叩くと、周りの兵たちの動きが止まった。
ゼドは手に取った木剣を片手で軽く構えると、正面の訓練兵たちにに声をかける。
「漫然と剣を振るな。ただ剣が振れるというだけでは意味がない。
戦場では何が起こるかわからない。お前たちは国民を守るために戦場に立つんだ。
よし、 一度、私と手合わせしてみるか。全力で来い」
兵士たちは息を呑む。
そして、やがて一人が名乗りを上げ、まっすぐゼドの前に立った。
「よろしくお願いします!」
剣が交わる。響く音は一瞬。だがその一閃は、若者たちの胸に確かな熱を残していた。




