第15話 小さな疑念
リセルは王城に帰り着くと、ゼドに戦況の報告をする。
報告を終えた彼はしばし逡巡していたが、意を決したかの様に口を開いた。
「……セフィリア様のことですが」
ゼドの目を見据える。
「戦いの後、敵と何やら親しげに言葉を交わしていました。相手はおそらくあの『影の男』。
……考えたくはありませんが、もしやセフィリア様は敵と通じておられるのでは──」
「ありえぬ。セフィリア様がどんなに国のことを思っているかお前も知っているだろう」
ゼドは一蹴する。
「はい、もちろんです。しかし──」
「しかし、も何もない。
我々はセフィリア様のもとで、この国を守るために働くだけだ。余計なことを考えていないで早く持ち場に戻れ。お前もまだ仕事が残っているだろう」
リセルは懸念が拭えない表情で、その場を立ち去る。胸の奥に残るざわめきは、消えてはくれなかった。
一人残されたゼドは、以前見たリヴェルの姿を思い出す。セフィリアが彼のことを話していた時のことも。
(セフィリア様と、あの男が──)
ゼドはセフィリアが国を裏切るなど露ほども思ってはいない。常に一番近くでセフィリアを見てきた彼には、そんなことはありえないということは分かっていた。
しかし、彼について話すセフィリアの顔は、どこかいつもと違っていることも感じていた。どこか遠くを見るような表情。
これが何かの火種にならねば良いが──。そう考えながら順に訪れる部下たちの報告を静かに聞いていた。
***
王城内の医務室では、エレニアが戦場から戻った兵士たちの治療にあたっていた。
かなりの数の負傷者がひっきりなしに運び込まれ、部屋には戦いの名残が漂う。街中から招集された医師や看護師も加わり、部屋の空気は張り詰めている。
「はい、これで大丈夫ね。無理はしないように、ゆっくり休んで」
兵士たちを治癒し、声をかけながら、エレニアは歩き続ける。彼女が魔力を使って兵士の治療を終えるたびに、どこか緊張していた者たちの表情が少しずつ和らいだ。
彼女には昔から不思議な安心感があった。エレニアと話すと、誰もが穏やかな気持ちになる。
彼女の、赤いリンゴのように透き通った声が、いつでも向き合う者を包み込んだ。
負傷者たちの元を回るエレニアの元に、控えの兵が駆け足でやってくる。
「エレニア様、戦略会議の記録ですが、今朝女王陛下より手配の指示が——」
「ええ、ありがとう。そこに置いておいて。後で確認するわ」
またすぐに、別の書類を持った伝令が現れる。
「リュート村復興の件、陛下から確認のお言葉です。配置と予算の計画を——」
「分かったわ、すぐに対応するから。人員はゼドに頼んで。報告書は私の部屋に」
次々と届く報告と指示。セフィリアの意識は、遠く戦地にあっても城を離れることはなかった。
エレニアはそのやりとりの合間にため息をつく。
(……まったく。あの人は、わたしのことをなんだと思ってるのかしら)
そんなエレニアの姿を見て、同室で兵士の記録整理をしていたリセルが声をかける。
「エレニア様は、本当によくできた補佐官ですね」
彼は心底感嘆したようにそう言う。その言葉に、エレニアは目を細め、ふっと微笑んだ。
「そうかしら? そんなことないわ」
「セフィリア様は尊敬できる方ですが、何をお考えなのか、私などには全く分かりません。エレニア様のような方が側にいてくれるから、我々は安心していられます」
エレニアは微笑んだまま曖昧に頷いた。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、報われるわ」
補佐官としての役割を認められることは、彼女にとっていちばんの誇りだった。いつだって、セフィリアのいちばんの支えになれるのは自分だ、と自負していた。
しかし、同時に、チクリ、と何かが胸を掠めた気がする。それが何か、彼女には分からない。分からないまま、それはすぐに、意識の底に沈んでいった。
誰もエレニアのその様子には気づかない。
エレニアの視線がふと宙を彷徨い、窓の外に落ちてゆく。
(セフィは今、どこにいるのかしら)




