第14話 静かなる対峙(後)
「リュグルスの民は、力を求めている。
生きるために。誰にも奪われることはない、彼らの尊厳を、取り戻すことを望んでいる」
リヴェルはセフィリアの表情を伺いながら続ける。
リュグルスに関する記録は、常に薄く、断片的で、語る者も少なかった。セフィリアはだから、彼らの声を聞いたことがなかった。
微かに動揺の素振りを見せるセフィリアの姿に、リヴェルは悪戯心が芽生える。挑発するように彼女を見た。
「お前のような生まれながらの支配者には、弱者の苦しみなど分からないか?」
「──なんだと? お前に、私の何が分かる」
普段は冷静なセフィリアが、めずらしく怒りを顕にする。
「ふーん、お前にも感情があったんだな」
「どういう意味だ?」
セフィリアは反射的に問い返す。
「お前は何も感じないやつかと思っていた。いつも何もかもを外側から眺めているから」
セフィリアは咄嗟に口籠る。
「……そんなことはない」
「そうかな? ──まあいい、お前のことが少し分かった気がするよ」
王としてではなく、個としての自分の思考に踏み込まれるのは、居心地が悪かった。
しかし、セフィリアはすぐに冷静さを取り戻し、鋭く返す。
「力を求めると言ったな。その先は? 力を得て、何をする?」
「もちろん、封印を解き、リュグルスを解放する」
「それだけか?」
「──どういう意味だ?」
「自由を求めると言うが、お前たちの言う自由とは何だ? その先に、何を見る?」
「それは──」
「お前の求める、自由というのはなんだ?」
今度はリヴェルは自問する番だった。自分の求める自由?
「そんなこと、俺が考える必要はない」
リヴェルはそう言い、しかし、自分の答えにどこか違和感を覚えたのか、視線をそらす。
「本当にそうか?」
セフィリアは一歩、リヴェルに近づく。
「お前はロゼルトのために戦い、彼の望む自由を追い求めている。しかし、お前自身の求めるものは何だ?」
リヴェルは一瞬、言葉に詰まる。しかし表情を変えることなく続ける。
「……俺が求めるのは静寂だけだ。余計な声も、感情もない世界」
セフィリアはその言葉を聞きながら、彼の眼差しを見つめる。
その目には覚えがあった。まるで、何かを失ったような。己を削って、削って、何もかもを諦めた者の目。誰かの感情に、疲れ果てたような。
「もしかしてお前は……」
思わず口にしかけたが、セフィリアは言葉を飲み込む。
リヴェルは気づかぬふりをして、淡々と続ける。
「それを与えてくれたのはロゼルト様だ。だから俺はロゼルト様に従う。それで十分だ。──俺はその力を信じている」
セフィリアは目を細め、黙る。彼の思想の底に、説明のつかない優しさの残滓を感じたような気がした。
「信じている、か」
セフィリアは、まるで自分に言い聞かせるようにその言葉を繰り返す。
「私も、民を信じていた」
「信じていた?」
リヴェルは、彼女の言葉の意味を測るように問いかける。セフィリアはすぐには答えなかったが、やがて静かに言った。
「民のために私は、この国を守る。何があっても」
リヴェルは、その言葉をしばらく噛み締めるように黙った。
微かにセフィリアの魔力に感情が揺らめいたように感じ、目を凝らす。しかし、瞬きする間に、そのゆらめきはもはや気配もなく消え去っていた。
本当に頑固な人間だ、とリヴェルはふっと笑い、セフィリアを見つめる。その瞳には、ほんの少しだけ、興味以上の感情が浮かんでいた。
「……なあ、セフィリア」
「なんだ?」
「お前がもし、自分の信じるものをすべて失ったとしたら──そのとき、お前は何を望む?」
セフィリアはその問いに、一瞬だけ呼吸を止める。
「私は──」
彼女は何かを言いかけたが、森の奥から人が近づく微かな気配を感じとり、言葉を止める。ゼドの配下であるリセルが、戻りの遅い自分の様子を見にきたのだろう、と察しがついた。
冷たい風が森の木々を揺らし、深い緑の葉がざわめく。
「お前はもう帰った方がいい。こんなところ見咎められても面倒だ」
セフィリアはリヴェルを促す。
「そうだな、お前と話せて楽しかったよ」
リヴェルは同意して軽く手を振ると、闇の中へと消えていく。
セフィリアは、その姿を見送った後、そっと胸に手を当てた。
(私が……望むもの?)
浮かんできたその問いは、しかしリセルの気配が近づくのを感じるにつれ、彼女の心の奥深くに静かに沈んでいった。
「セフィリア様、誰と話されていたのですか?」
「ああ、なんでもないよ。気にしないでくれ」
セフィリアは軽く答えた。しかしリセルはチラと見えたセフィリアの話し相手の姿が、『影の男』と呼ばれる男であると勘付いていた。
女王陛下が、リュグルスの将と密談している? リセルの頭には拭いきれない疑念が浮かんでいた。




