第13話 静かなる対峙(前)
ディオン、ニナとの戦いを終え、小村を後にしたセフィリアは、村近くの森の中にいた。森の中に、人の気配を感じた。
気配を探っていた彼女は、人影を認め、声を掛ける。
「お前も、来ていたのか?」
セフィリアは警戒の視線を向ける。この男のことは妙に掴めなかった。
「なんだ、今ここで戦うつもりか?」
リヴェルは笑みを浮かべ、手をひらひらと振る。
「──何を企んでいる?」
リヴェルは一瞬黙ると、セフィリアの瞳の中を見つめる。青く輝く頑なな瞳。
「……見えないものは、見たくなるものだろう?」
独り言のようにそう言うと、一呼吸おいて彼は続ける。
「別に何も企んでなんていないよ。今日は俺の戦いではないというだけ。
あいつとは馬が合わないんだ。何をさせても粗雑すぎる。
──俺はただ、お前と話がしたい。お前の反応に、興味がある」
「話? 敵であるお前と?」
「気が進まないか? なら、ここで俺と戦うか? そんな状態で」
彼の態度は挑発的だが、敵意は見られない。セフィリアはわずかに警戒を緩め、リヴェルに向き合う。
先程までの戦いで、かなり疲弊していた。彼の言う通り、本当はここで一戦交えたくはない。
「──お前たちの目的は、なんだ?」
セフィリアは簡潔に問う。
「話をしてくれる気になったようだな」
リヴェルは満足そうに応える。
「ロゼルト様は、リュグルスの権利を、お前たちから取り戻そうとしている」
「権利、だと?」
「そう。お前たちウェルリスが奪った、リュグルスの権利」
耳慣れない言葉に、セフィリアは眉を顰める。
「……何の話だ?」
「歴史の話さ」
リヴェルは木の幹にもたれかかり、表情を緩める。
セフィリアは静かに息をついた。彼女もまた向かいの木に背を預けながら、自分の頭の中にある記憶を探る。
王城の図書室。まだ幼い頃、師から教わった歴史の断章。
──かつて、魔力の泉は世界に大きな災いをもたらした。
そう始まる歴史書の一節。
およそ百年前、世界には小国が乱立し、時に争いながら緩やかに共存していた。そんな世界に、『天才魔術師』と称される一人の男が現れる。
彼は、魔力の泉を操る能力を持っていた。
その力は、比肩する者のないほど強大で、さらに彼は、野心家であった。
そして強大な力と野心を持つ者の周りには、いつの時代も人が集まる。
同調する民たちの支持を集めると、彼はついに一つの国を建てる──リュグルスの始まりである。
リュグルスは瞬く間に隣国を呑み込み、勢力を拡大した。領民はどんどん増え、それに比例するように彼の力は日増しに強くなっていく。
魔力の泉の力は膨大だった。尽きることのない魔力の恵みを受けて、街は広がり、人口は増え、リュグルスは版図を拡大する。
尽きるどころか、国が広がるにつれてさらにその力を増すようだった。
しかしやがて、魔力の泉の力の渦は彼の制御を超え、世界中を巻き込み、暴走を始める。
かつて恵みであった力は、人類に牙を剥いた。力が力をよび、濁流となった魔力の奔流が街を呑み、人々を押し流す。数日にして、世界の半分が失われた──
「暴走した魔力の泉の力は制御された。さらに、危険視されたリュグルスにある支流はことごとく封印を施される。
魔力の泉の源流から遥か東の下流に住むリュグルスの民は、これまでに得られていた魔力の恵みを失った」
リヴェルの声は淡々としていた。淡々と話しながら、セフィリアのことを注意深く見つめる。
暴走を止めたのはウェルリスの祖王。そして再び同じことが起きぬよう、大陸各地にあった魔力の泉の支流は彼女の手によって封印され、制御される。
そしてその封印を守るため、魔力の泉の源流近くに城を築き、ウェルリス王国を建てた。
その役目は、代々ウェルリス王家に受け継がれ、もちろんセフィリアもその封印を担っていた。
「……それは、この世界を守るために」
封印によって、魔力の泉の力は制御され、魔力を平和的に利用できるようになった。
この世界は秩序を取り戻し、魔力の恵みによってさらに発展している──
それがセフィリアの知る両国の歴史。しかし今、リヴェルが語る歴史は違う感触をしている。
言い返すセフィリアに、リヴェルは肩をすくめる。
「上流に暮らすウェルリスの民の目から見ればそうだろう。しかしリュグルスの者からすればどうだ?
自由を求めて手に入れた力は奪われ、秩序の名の下に支配下に置かれる。恵みは全て、ウェルリスから与えられるもの。
彼の国ばかり豊かで、いつでも自分たちはその下流に存在するだけ。耐え難い仕打ちだ」
彼は少し間を取り息を吸う。
「世界を正すために、彼らの土地の魔力は封じられた。しかし、全て彼らが正しくなかったわけでもない。
ただ、彼らは弱かったというだけのこと」
セフィリアは、言葉に詰まる。彼の語る歴史は、確かに一面の事実なのだろう。それはウェルリスの歴史が間違っているということではない。ただふたつの国があり、それぞれに民がいるということ。
幼き日の記憶が浮かぶ。
「リュグルスの魔力は、危険な力。自由にしておくわけにはいかない」──母はそう言った。




