第11話 リュグルスの王
リュグルスの王城前には、多くの国民が集っていた。流行り病に飢饉が重なり、国民は不満を募らせていた。
「今年の麦は、また全滅だとよ……」
「隣町じゃ、薬も手に入らねえってさ」
「働いても働いても、食うもんすら買えやしない」
人々は声を潜めながらも不満を募らせ、その視線はやがて、王城の高き塔へと集まっていく。
「突然なんだって言うんだ、ロゼルト様は……」
「しっ……! お前、城の前だぞ、聞かれたらどうする! 目をつけられたら終わりだぞ」
「でもここ数年は、処刑もあまりなかったじゃないか。最近はお姿も見ていない」
「そうは言っても――」
――ゴーン、ゴーン、ゴーン
ざわめく広場に、重々しい鐘の音が響く。王城のバルコニーに現れたのは、一人の男――ロゼルト。
彼は黒い外套を翻し、ゆるやかに両腕を広げて民衆を見下ろす。見下ろされた民衆は、ぞくりと背筋に冷気を感じる。
彼は視線ひとつで、国民達の身体にかつての威容をありありと思い出させた。
「ふむ、皆、今の暮らしに不満があるようだな」
その静かな第一声に、一瞬でざわめきが止んだ。空気が冷える。
「安心しろ、責めているのではない。今日はよく集まってくれた。
――皆、苦しんでいるのだろう。私もそのことに心を痛めている」
彼はその顔に、悲痛そうな表情を浮かべる。
聴衆は、どのような態度を取るべきか、反応を決めかねていた。間違えてはならない、と瞬きも忘れて体をこわばらせる。
「私は、我が国民の生活をよくしたいと思っているのだ。
私は悲しい。なぜ善良なる我が国民が、こんな苦境に晒されねばならないのか?
我々の権利が、我々の命が、何者かによって奪われている――そうは思わないか?」
少しの沈黙ののち、ぽつりぽつりと声が上がる。
「──そうだ」
「奪われてる……」
彼らに向かって、ロゼルトは静かに、力強く語りかける。彼らの不幸を。不運を。そして本来与えられるべき権利を。
その声は、波のように人々に届く。
彼らは倦んでいた。日々の暮らしに。よくなることのない毎日。
ロゼルトの声は、期待となって民衆の間をめぐる。王の力は、彼らが一番よく知っていた。始めは戸惑いがちだった者たちも、徐々に王の言葉に同調し始める。
群衆から上がる声は次第に多く、大きくなる。
ロゼルトは、群衆の顔をひとつひとつ確かめるように見渡し、語気を強める。
「なぜ我々は、ただこの地に生まれたというだけで、飢え、病み、倒れなければならないのか。
汗を流す者が報われず、何もせぬ者ばかりが施しを受ける――これを正しい世と呼べるか?」
群衆の中の怒りが熱を上げる。拳が上がり、叫び声が混ざり出す。
「誇り高きリュグルスの国民よ! 我々はかつて、もっと豊かで、自由であった。夢があり、希望があった。だが、それは奪われた」
ここでロゼルトは一歩、前に出る。上がる国民の熱量に合わせ、一段と声を張り上げる。
「これまで我々は長く待った。待ち続けた。
――しかし時は満ちた。私はそれを伝えにきたのだ。今がその時である。
今こそ、取り戻そう。力あるものに誇りを。遥か西の王のもとに、奪われた権利を、この手に――!」
一瞬の静寂。
そして――爆発するような喝采と歓声が上がる。拳が天に向けて突き上げられ、地鳴りのような足踏みが鳴り響く。
「ロゼルト様万歳!」
「俺たちに力を!」
「戦おう! 戦って取り戻そう!」
民衆の怒りと悲しみが、確かな熱狂へと変わる。
ロゼルトはそれを背に受け、ゆっくりと上着の裾を翻し、階段を登っていく。まるで、すでに勝利を手にしたかのように。
最上階にある謁見の間へと向かいながら、彼は付き人にリヴェルを呼ぶよう言いつける。
***
「お待たせいたしました、閣下」
ロゼルトが部屋に入ってしばらくすると、リヴェルが現れた。ロゼルトはそれに一つ頷いて返し、顔を上げるよう促す。
「ここまで随分とかかってしまったが、そろそろ、作戦を進めたい。
これだけ盛り上げておけばひとまず十分だろう――うまく《《使って》》くれ」
「かしこまりました」
頭を下げるリヴェルに一つ頷くと、閉じ切った窓から、興奮冷めやらず、怒りのままに叫び続ける群衆を眺めてつまらなそうに呟く。
「……馬鹿な国民だ、この程度の言葉でこんなに盛り上がって」
瞳には一片の熱もなく、むしろ苛立ちの影が揺れていた。
「そうは思わないか、リヴェル」
「私には、わかりませんね。彼らのように怒る気持ちも、あなたのように怒る気持ちも」
「そうだろうな、お前は。だから裏切ることもないと、信頼できる」
ロゼルトは固まっていた顔を少し綻ばせる。
「私は、この国に自由を取り戻す。そのためにはあの女の力が必要なのだ」
そう呟くと、まだ叫んでいる様子の群衆をもう一度だけ見下ろし、熱狂を切り離すように分厚いカーテンを引いた。
「──待たせて悪かった。次の仕事を、頼めるかな」
「なんなりと」




