第10話 11年前 - 始まりの日(3)
ロゼルトが姿を消すと、セフィリアは倒れているレティシアに向けて駆け寄る。
「お母様!」
悲鳴のような声をあげ、転ぶように母の傍にしゃがみ込んだ。
「セフィリア、一人にしてしまって、ごめんね」
レティシアはセフィリアの瞳を見つめて囁く。
「できればあなたには、こんな運命背負わせたくはなかった。──でも、あなたならきっと大丈夫」
レティシアは微笑むと、そのまま息を引き取った。
セフィリアは母を抱え、指先でその頬に触れる。まだ温かい。けれど、この温もりもすぐに消えてしまうのだと、いやに冷静に考えていた。
彼女は何の言葉も発さなかった。涙も流れない。あまりにも多くの、あまりにも大きな喪失に、ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚える。
──自分のせいで。その気持ちが頭にこびりつき、しばらくその場を動くことができない。
壊れかけた城の鐘の、不協和な音があたりに鳴り響いた。まるで、世界が軋みながら崩れていく様な歪んだ響き。
そうか、ちょうど正午だ。
悲しみに囚われていた心が、強制的に現実世界に引き戻される。気づくと周囲には、リュグルスの兵が徐々に集まってきていた。
──迷わずこの国を選びなさい
母の声がセフィリアの心の中でこだまする。
──あなたはこの国の王になるのです
それは生まれてこの方、常に母に言い聞かせられていた言葉。心が、麻痺したように動かない。セフィリアはゆっくりと顔を上げる。鳴り続ける破壊の音と、叫び声が遠く聞こえた。
半壊した城の瓦礫の向こうには、王都が広がっている。動かない心を、セフィリアは切り捨てる。パチンパチンと、光が消える音が聞こえた気がした。
──私が、この国を守らなければ。
セフィリアは立ち上がる。既に半ばリュグルスの兵に取り囲まれていた。
異変を察知し、王都の警護から戻った家臣たちがセフィリアの元に駆けつける。ゼドは敵兵に囲まれるセフィリアを認め、叫んだ。
「セフィリア様! お逃げください!」
しかしセフィリアは敵兵をまっすぐに見据え動かない。
突如、セフィリアの足元から白銀に光る風が巻き起こる。風は、彼女の白銀の髪をばたばたとはためかせた。
空間ごと震わせるような、凄まじい魔力の波動。
「セフィリア……様?」
ゼドは、セフィリアから発される強大な魔力に唖然とする。指導係として日々魔法の訓練をしてきたが、ここまでの魔力を目の当たりにするのは初めてだった。
周囲のリュグルスの兵士たちもその波動に圧倒され、じりじりと後退りする。
「ゼド、私はもう、決めたよ」
セフィリアは自分を取り囲み立ち並ぶ敵兵を見据え、年にそぐわぬ落ち着いた声でそう言う。何かを諦めたように、その口の端には微かに笑みすら浮かべていた。
彼女はゆっくりと、リュグルスの兵士に向けて手をかざす。
次の瞬間、あたりが白く染まった。
セフィリアの手からは眩いばかりの光が放たれ、目の前のリュグルスの兵士たちは一瞬にして姿を消す。
白銀の髪を靡かせ、明るい光に照らされて立つセフィリアにレティシアの姿が重なり、背後に立つ家臣たちは目を瞬いた。
「──これ以上、もう誰も、私の為には死なせない」
全てのリュグルス兵がいなくなると、セフィリアは気を失いその場に倒れこんだ。
ゼドは倒れたセフィリアに駆け寄り抱き抱える。
無惨に崩れた城の姿と、血を流し倒れた同胞たち、横たわるレティシアの姿を見て、ここで起きたことをおよそ察する。
なんということ、まだ幼い王女に、こんなことが起きるなんて。セフィリアはゼドの腕の中で静かに目を閉じている。ゼドには、その小さな鼓動が確かに感じられた。
***
墓前に佇むセフィリアの背後に、静かな足音が近づく。振り返ると、そこにはゼドが立っていた。
「セフィリア様……今年も、いらしたのですね」
彼もまた、レティシアに忠誠を誓った者の一人。レティシア亡き後も、その意思を継ぎ、常にセフィリアを側で支え、育ててきた。
「レティシア様はきっと、あなたを誇りに思っていることでしょう」
ゼドが優しく言う。けれど、セフィリアは小さく微笑むだけだった。
誇りに思ってくれているのか、それとも──
セフィリアには分からなかった。母の望んだものはなんなのか。自分はその道を歩いているのか。その道を、歩くべきなのか。




