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レジー  作者: 東臣おさむ
1/1

レジー①

レジーは、右肩を矢で地面に撃ち留められて、十九歳の誕生日の朝を迎えた。

身体を起こせず、激痛で滲む視界からは、春霞の空が彼方まで見える。

その視界を影が遮った。

「お前ら、よくもやりやがったな!」

ああ、はい、やらかしました。

弓打ち仲間と狩猟がてら飲んで呑まれて、大弓打ち比べになり、とうとう砦に向けて、爆竹付きの弓を打った。

酒は、美味かった。


レジーの父達が治めるノミ自治区と隣国辺境地ドマニとの唯一の貿易路に、ドマニの砦が建ったのは六十年以上前だ。砦が建った場所は無国境地帯、不可侵であることが暗黙に定められてある地帯。そんな所にドマニが砦を建てた。

櫓のような小さな砦である。だが明らかな侵略であり条約違反であると、ノミの領主達は書簡にて抗議し、使者を送り撤退を求めた。

返事はただ一つ。「この地はドマニのものである」

必然的に争いが起こったが、砦を拠点に自治区を侵略するわけでもなく、砦が出来たからといって貿易が止まるわけでもなく、六十年以上も有耶無耶のまま、今は膠着状態。砦の麓に蛇行する川と、氾濫で川から切れた曲池の周りには宿場が立ち、そこそこ賑わっている。当時を知らないレジー達にとっては、ドマニの奴等が野盗狩りを積極的に行ってくれて有り難い。


昨夜のレジーは冴えていた。六人の中で砦の壁に一番高く爆竹を打ち込んだ。

もう一度打ち込もうとして、大弓を引き絞ったその時に、飛び出してきた馬上の男から短弓で至近距離から打たれた。

くそ痛い!

他にも人の声や馬の蹄の音が聞こえる。怒声や罵声の間で、殴られたり蹴られたりしている音も聞こえる。

何人だ? ディスは無事か、逃げ切れたか? いつもは居ない小隊が駐在していたのか? ノミと何かあったのか?

いつもは常駐兵十名程しか居ないのに!

「お前等、ドマニに手を出してただで済むと思ってんのかおらぁ!」

頭を蹴られた。頭よりも肩に響く。皮と筋が裂ける感覚。激痛に吠えながら、耳みたいに裂け切れたら笑えるな、なんて考える余裕がある自分に笑う。

ああこれ、引けなくなるな。弓打ち隊から離脱だ。

このまま首を討たれるかな、どうやって逃げようか?

レジーの目の端に、朝日を反射してきらきらするものが見えた。眩しい、鎧の反射か。

「壁に爆竹を打ち込んだ奴は、どいつだ?」

威厳のある声が聞こえた。上官か。

「はーい」動くもう片方を挙げる。

「すみませーん、これ抜いて下さーい」

「こいつか」

横腹を蹴られつつ、両耳側に足を置いて見下される。ドマニの平均よりもやや大きい体躯。鎧が反射して顔はよく見えないが、金髪までもが明るく朝陽の光を反射している。何だこいつ、とにかく眩しい。

「んん、お前、ドマニの者か?」

顔に掛かっていた赤銅色の髪を掴まれる。視界が広がりますます眩しい。

「いえ、ノミです。母親が異郷なんで」

そのせいか、ノミ特有の褐色の肌は他人と比べて薄く体躯も大きい。

皆を助けるためにも、ドマニですと言った方が良かったか?

「とにかくこれ、抜いて下さいよー、 痛いんですよー!」

ドマニの兵が何人いるかも分からないので、煽るように、無能な駄々っ子振って騒いでみる。

「酔っ払いがほざく」

上官が言うなり、矢を掴んで拗られた。一層深く矢尻が地面に突き刺さる。

獣のような咆哮を力一杯吐き出す。

「痛っってえな! てめえ、くそっふざけんな! 弓が引けなくなんだろ!」

喘ぎ、腰を浮かせ、のたうつ。感情が昂ぶって涙が止まらない。

「ほう、こんなになっても、腕自慢か」

上官はしゃがんで顔を近付ける。涙を千切って頭を振り上げる。

「おっと」渾身の頭突きをかわされた。肩をごりっと踏み潰される。咆哮が、爽やかな朝の空気を切り裂き響く。

「くっそ痛えだろうが!頭突き受け止めろや!」

「見え見えなんだよ、馬鹿くそ餓鬼。そろそろ逝くか」

堪らず、レジーの呑み仲間の一人が叫んだ。

「やめて下さい、やめて下さい! 女の子なんです、そいつ!」

――静寂。

「……おんなのこ」

その言葉に、上官は跳ねるように足を退かした。

「嘘だろ?」

指差す上官に、呑み仲間が口々に答える。

「本当です、女の子なんです」

「体格良いけど、女の子なんです」

「口悪いけど、女の子なんです」

おいおい!

上官の眩しさが翳った。

「え、本当? え、それはごめんねお嬢さん」


レジーの右肩からゆっくりと、ドマニの兵達が矢を抜く。余りの痛さに一人蹴り倒したら、二人掛かりで両手足を押さえ付けられた。矢が抜けた瞬間跳び上がって、また一人殴り倒した。

「誰だよ、私の肩に打ち込んだ奴は!?」

誰も挙手しなかった。

周りにいるドマニ兵は四人。皆が長剣と短弓を装備している。レジーの背側に居るはずの仲間達にも、何人か付いているだろう。抵抗は無理、か。

ドマニの上官は、皮に鋼で補強をしてある防具を身に着けていた。長い金髪、眼は若葉色。みっちりした筋肉を纏ったやや年上の美丈夫だ。起きても太陽を背にしても、まだ眩しい。

「くそっ痛え、肩なんて! 畜生! 痛い、痛い!」

毒でも塗ってあったのか、怒鳴っていないと痛みが紛れない。涙が止まらない。余りにも痛すぎて、気分が悪くなってきた。決して呑み過ぎのせいではない、はず。脂汗が出るし、目眩がする。

「痛かったね、お嬢さん。ごめんね、すぐ処置しよう」

何だ、この豹変した態度は! お嬢さんだからって馬鹿にしてるのか? 大人一人担いで走れるのに!

上官が懐から法石を取り出した。大きい。

「くっそ、いいから、早く! 痛い、痛い!」

大した出血量ではないのに、どんどん体調が悪くなっていく。騒いでいないと気を失いそうだ。

法石から、法式が創部に流れた。この法式はよく考えて作ってある、参考にしたい。激痛の中、冷静に観察している自分に嘲笑う。

痛みが引いてきたら、同時に意識が薄れてきた。

くそっ、安堵で気を失うって本当なんだ、美丈夫の輝きが増して眩しい――。


レジーは馬上で目が覚めた。

横抱きで乗せられている、目の端に金髪が見える。砦に向かっているのだろうか。

一気に上体を起こして見渡す。

「うわ!」

驚愕の声の割には、みっちり筋肉は微動だにしない。このまま飛び降りて逃げるのは無理そうだ。

「皆は? 無事か!?」

筋肉の壁で塞がれている視界。首に抱きついて乗り上がり、肩越しに後ろを見る。

三人。よし、ディスは逃げた。馬も、獲った獲物も、大弓も一緒だ。

「おーい」

声を掛けると、騎乗の仲間達は各々苦笑したり手を挙げたりして応えた。

「おいおい、気を付けろ」

顔に金髪が貼り付く。美丈夫の脚に膝を立てて首にしがみついているレジーを片手で支えながらも、上官は余裕のある表情だ。

男達と大差ない体格の自分を、苦もなく抱え支える、堂々たる体躯。日に焼けた顔、髭も眉毛も睫毛も麦穂のように金色だ。そして、やや垂れた若葉色の眼は、優しい。

「仲間を捕縄しないでくれて、感謝します」

他所からの挑発。普通なら折檻され、ドマニ辺境伯の前まで縛られ引き摺られてる。

筋肉上官は、レジーの言葉にぽかんとした表情を浮かべた後に、口を開けて笑った。

「豪気なお嬢さんだな。一旦街道に出るぞ、それから砦へ向かおう」


みっちり金髪上官はアルズゴックと名乗った。

ドマニ領領主アルズゴック伯爵本人だった。

「なんと! ノミ自治区ガル=レロ領主の娘は豪気だな! そうか、お嬢さんの名はレジーと言うのか」

拝礼しないといけない高貴な方の膝に乗って首に抱き着いていたし、何なら頭突きを喰らわせようともした。

「肩はどうだ?」

みっちり金髪辺境伯は、街道の横で、法処置の効果を確認してきた。

「創部そのものの傷みは引きました。ああでも、この角度が痛いです」

これでは大弓は引けない。長弓も最大に溜めて引くのは無理だろう。

うーん、と唸りながらアルズゴックは、懐から兎頭大の法石を取り出した。改めてその大きさに驚く。

「凄い、この大きさ! 何処で採れるんですか、どの位封入出来るんですか?」

自分の治療よりも法石につい夢中になって、アルズゴックの手を掴んで覗き込む。半透明の中に複雑な法式が視える。質の良い法石にここまで封入するにはどの位掛かるのだろう。

感嘆のため息をつくと、

「おやおや、可愛いねお嬢さん」と微笑まれた。

「あら有り難う」

気楽に応えてしまった。ぶはっと吹き出し笑いをしたアルズゴックは、また腋窩から肩、背中、脇腹と広範囲を丁寧に法石を当てていく。

「踏んだのが不味かったかな、腱が少々千切れたかもしれない。まあ、弓は引けるだろう」

ーーじゃあまた大弓で砦の壁を打ち抜く。

「深謝致します」

今度は礼節を重んじて、胸に手を当て微笑んで応える。「お嬢さん」ですから。

痛みが完全に引いて、肩の可動確認をすると、仲間も集められ、順番に法石で治療を受ける。

「さて、全員これから砦に向かうぞ。」

呑み仲間達で目を合わせる。ここは私から。

「失礼します、宜しいでしょうか?」挙手する。

「ん?」

「私独り残して、残りを解放して下さい」

「ん?」

「私、人質になります。あ、捕虜かな。まあどっちでも」

「んん、何故?」

「私、領主の娘なんです、嗣子なんです」

「は?」

ぽかんとするアルズゴック上官。慌てて駆け寄る呑み仲間。

「いやいやいやレジー、そうじゃない!」

「レジー、お前は戻らないと!」

「でもさ、私戻ったら、父が補償金無視するかもしれないよ。気の小さい男だよ、私の父は。」

「レジー、お前には大事な用事があるだろう!」

「レジーお前はそんなだけど、一応地位のある女性なんだから!」

「レジーは戻ってくれ!」

……これは茶番だ。どうでもいい会話の端々で合図を送り合う。

「や、そうだけれどもさあ、俺達も同罪だし、あそこは私だし」

ドマニの奴等がどよめく。砦の一番上の壁に刺さっている矢の打ち手がレジーだったとは、思っていなかったらしい。

また呑み仲間達で見合わせながら、合図を合わせる。

「前祝いで酒呑ませて迷惑掛けたの、私だし」

「今回の主役ではないが、お前も誕生祝いだろう」

「いやあ、そうなんだけどさ、前にも言ったけどさ、あんまり行きたくないんだよ、いいじゃん、ラークだけで」

「姉だろう、弟の履修祝いだろう」

「いやお前の処だって、嫁に行った妹が帰省するだろう」

「そりゃ立場的に仕方ないだろう」

「俺達だけ戻っても」

「獲物もレジーも取り上げられたら、物凄く怒られる」

「だって今さ、麦蒔きの時期じゃない。男手無いと耕せないでしょう」


「お前等いい加減にしろ!」

赤毛のうんざりした怒鳴り声が降ってきた。金髪上官は苦笑している。

「レジーお嬢さん、誕生会出たくないんだろう」

アルズゴックが眩しく呟く。

「誕生祝いといえば、見合いの場だからな」

「はい、本心はそうです」恐縮しながら応えると、

「何歳だ?」アルズゴックさんの問いに

「今日で十九歳になりました」と答えたら、

「はあ!?」とぽかんとされた。

「はい、嗣子なので、十九歳なのに独身を許して貰っています」

「こいつ等は婿候補ではないのか?」アルズゴックさんの問いに、

「呑み仲間です!」

「止めてくださいよ、辺境伯殿!」

「無いです、無いです! この呑兵衛に、いくら呑まれたと! おまけに此奴、呑むと暴れるんですよ!」

またまたぽかんの筋肉上官。何回目だ? 辺境伯の部下達も奴らも気の抜けた顔をしている。

「あーもうさ、これをきっかけに調停入れて、不可侵協定見直しませんか? 私を人質に残せば、ドマニもノミも体裁の良い報告が出来るでしょう? 期間決めれば、恭順みたいにならないだろうし。私はね、私自身の責任を取らないといけないと思うの。どうでしょう、辺境伯様」

振り返ると、ドマニ辺境伯はみっちりした腕を組んで破顔している。

もう一回呑み仲間達で見合わせる。


砦に入ると、思っていた以上に、重剛な造りになっていた。

砦の内部を敵方が見ても良いのか、こちらが不安になる。まあ、ゆっくり見物させてもらおう。

「おい、セトリエを呼んでくれ」

暫くすると、子供のように小さい女性がやって来た。途端に赤毛が「リーエー!」と抱き締める。

おいおい、彼女の足浮いてばたばたしているぞ。

首から上のあちこちに接吻の礫が落ちるのを、真っ赤な顔で受け止めている女性は、異国語で混じりで悪態をつく。赤毛の妻か恋人か。

「いらっしゃい。」

漸く着地した女性は、赤毛を引き摺りながら、こちらに向かって話し掛けてきた。

女性は珍しい黒髪黒目だ。

土地柄、ノミには主要な貿易路が多く、多くの言語が行交うが、初めて聞いた。挨拶なのか、コンニチハ、とはどういう意味だろう?

「え、お客様、人質どっち? どっちでもいいや、君達ドロドロなんだけど! 洗濯場で身体と服を洗ってきて頂こうかな。 着替えは後で持って行きますから、先に浴布を……ぁああダメ、こっち!」

ぞろぞろと砦の裏にある池端の洗濯場に連れて来られた。

「あらあら、洗い甲斐がありそうだこと」

と洗濯中の小母さん達に笑われた。

「このまま入ってもいいですか?」と問うと

「少し左手に行ってくれれば大丈夫よ」と答えてくれた。気さくだ。

武器防具は既に没収されているので、皆衣服を脱いで池に入る。

後方から、何とも言えない悲鳴が上がった。

「何だどうした」

「ローボール、お前の尻毛が見えているからじゃないのか」

内衣で身体を擦りながら応えると、

「いやレジー、お前だろ」と返された。

交戦中の清拭では、男女の区切りは特に無く、裸体をあまり隠さない。

瘢痕や刻印を見せ合い、自慢話に盛り上がったりもする。

「お姉さん、戻ってぇ! 」

赤毛と小さい女性に物凄い勢いで呼び戻された。

「えー」

「ほらね」

皆で池端に戻ると、洗濯場の小母さん達が「若いっていいわねー」と大笑いしていた。

「ビックリした、ビックリした! 羞恥心ドコ行っちゃった!? 」

小さい女性の顔が、赤くなっている。

「怒られる」

赤毛の青年の顔が、青くなっている。

浴布を渡されて、また室内に戻る。

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レジーの豪快なキャラクターとドマニの兵士たちやアルズゴック辺境伯とのやり取りが読んでいてとても面白かったです。矢で射抜かれた肩の激痛とそれを笑いに変えるレジーのタフさに引き込まれました。女性だと分かっ…
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