夢裡に誘うは未申の怪・梅の巻
《シディルルゴース》
ルーヴィンシュタット3番街の路地裏に建てられた鍛冶屋。店内は蝋燭で照らされており、暖色の落ち着くような雰囲気で包まれている。
店内には、大剣・太刀・両刃斧・鉄槌・甲冑・籠手など、さまざまな品が置かれており、それらの精巧な作りから、店主が相当の腕前を持っていることがわかる。実際、鍛治スキルがないのにこのレベルまで仕上げれるのは鍛職族泣かせと言っても良いだろう。
現在は真夜中。もう店仕舞いをしたシディルルゴースの店内に2人の男がたっている。
そう。これはディグニとノーシュが帰った後の話。
「これだからゴミは」
片方は髪がなく額に大きな十字の傷がある男。名をブリシュトリ・へーパディアンといい、この店の店主である。そして、もう片方は赤髪の男。このブリシュトリにゴミと言われた男はディグニの兄である。
「仕方ないだろ、俺の攻撃で壊れない方が無理あるわ」
「そんなわけない。お前の使い方が悪いんだ。俺の作った武器はちゃんと使えば壊れることは無い」
「使い方によって壊れるもんならそれまでの実力ってことだろ」
「巨大樹とか使って作らない限り、普通に壊れるわバーカ。ものを大事に扱え」
「俺の事ゴミとかバカとかいうのやめろよ」
「仕方ないだろ、実際そうなんだから。そういえば、坤はどうだった?」
「おっ、それ聞く?んじゃあ今日はこの話で終わりかなぁ」
「時間かかるならまとめてから話せカス」
「侮辱罪で訴えるぞ」
「悪かったって」
「さて、じゃあ話すとするか。そうだな、題名は『夢裡に誘うは未申の怪』だ」
金属が打たれるような音が時々入るものの、ディグニの兄は淡々と話を続ける。
◆◇◆◇
《ドリジョンズロヴァルト》
ここはサーウェストフォレストを抜けた先、NDLの舞台であるトルペントの北東の海の近くに位置する森で、ディグニが見てきた現実にいる動物に似た見た目のモンスター達とは違い、基本的に見たこともないような見た目や形をしたモンスターが跋扈する森である。もちろん、動物のような見た目のモンスターも存在する。
余談だが、プレイヤー達の間では動物型のモンスターを実在型モンスターといい、動物型じゃない元になった生物が居ないモンスターを幻想型モンスターと呼んでいる。
そんなこの森に現在、100人近くの召喚者が集まっている。その先頭に2人男が立っている。その男らは2人とも赤髪であるが、片方は短髪で片方は長髪である。
「付き合わせて悪いな」
現在、俺の弟であるディグニがこのゲームを始めたことによりワールドクエストを進めることができるようになった俺は、ワールドクエストを進めるために倒さないといけないWBMのうちの一体である坤を倒すために、坤が居る南西の森、《ドリジョンズロヴァルト》にきている。
「いやいや、私たちも倒したいと思っていたから好都合だよ。最も、君に止められていたから倒せなかったのだがね」
こいつはシリウス・レヴェーバ。ルーヴィン王国がまだ公式に召喚者のクラン制度を認めていない現在、形としてだけあるクランの中で所属人数数千人と規格外の大きさを持っているクラン『天衝顕央死刹』──正しくは天衝顕央将然死刹なのだが──のクランリーダーであり、俺と同じ最初期組である。
「仕方ないだろ、プライヤーたちのレベルを上げとかないとこれからの敵に備えれないんだから」
「それは例の彼から聞いたのかい?」
「あぁ。正確に言うことはできないが確実に前に戦ったNOMよりは強い」
過去に俺たちが戦ったNOMは名を鵺という。正確に言えば本当の名はわからないのだが、このNDLにおいて初めて見つけられたモンスターやNOMに関してはプレイヤーたちで名前をつけることができ、そのモンスターは猿の顔に狸の胴体,虎の手足,そして蛇の尾が生えた見た目から伝説上の生物である鵺に酷似しており、この名前がつけられた。
また、フェニックスっていう奴と戦ったことがあるが、それはまた別の話。まぁ、あれは実質的には倒せてないしな。
こいつと戦った時はエフメリアとシリウス,ブリシュと現在はリアルの忙しさゆえにしばらくログインできていない、俺の知る中で最強の狙撃手であるシムナ・デス・ホワイトの計五人の総戦力で叩き潰した相手だったが、俺らがもうすぐで戦うであろう敵はそれよりも断然に強いと聞いた。
「あの鵺より強いとなると相当厄介だな。何か戦う策はあるのかい?」
「一応、火属性のモンスターだから水や氷系統の攻撃が有効みたいだ」
「そうかそうか、相手は火属性で、水や氷が有効なのだな。じゃあ攻撃が火属性魔法の私は戦力外通告か」
「別に戦力外通告ってわけじゃないだろ。ブリシュに頼んで火属性魔法を氷属性に変える武器を作って貰えば戦えるだろ」
この世には熱を奪う⋯⋯正確に言うと温度を強制的にー(℃/100)にするというアイテムがあるらしい。たとえば焚き火が約700度だとすると−7度になるという具合である。ただし、変える元の温度が27315度以上になると、マイナス百分の一にした値は−273.15度で固定になるらしい。これは−273.15度が絶対零度という物体の分子や原子が運動を停止することにより熱エネルギーが発生しない温度であり、これより下がることはない値だからとブリシュが言っていた。が、理系分野がさっぱりな俺は何を言っているのかわからなかった。まぁ要は、火魔法を氷魔法にすることは可能である。
「確かに、そうであるな。そうなると、暫くWBMとの戦闘はできなくなるだろうからご理解頼むよ」
「あぁ」
「シリウス団長!!」
突然、後ろの方から女性プレイヤーの声が聞こえる。その声がシリウスに向けられており、反応したシリウスは後ろを振り向く。
「へ?」
後ろを振り返ったシリウスが、そんな情けない声を発する。何かと思い後ろを振り向いた俺は、その光景に絶句するとともにすぐさま戦闘体制に入る。
振り向いて見えたのは、シリウスのクランメンバーの多数が倒れている。倒れているほとんどが剣や金槌などの近距離武器持ちで、倒れてない人は杖や魔導書持ちであった。中には杖や魔導書持ちのプレイヤーも倒れていたり、金より武器持ちなのに倒れていなかったりするやつもいるが、基本的には近距離武器持ちが倒れ、遠距離武器持ちが立っている。しかし、遠距離武器である弓や銃持ちは倒れている。
何が起こった。どうしてこうなった。とりあえず、倒れたやつと倒れてない奴には違いがあるはず⋯⋯
「立っているやつ全員、自分の現在のレベルを言え!」
「32」
「41です」
「36」
「28」
「20」
「20」
「24っす」
20レベル未満のプレイヤーが対象か⋯⋯?
「8です」
「レベルは関係ないね。倒れてる子達もレベル帯はバラバラだよ」
「シリウスはどう思う?」
「まだわからないな。情報が少ない」
「念の為ここのプレイヤー全員に魔法無効を付与してくれ」
「人使いが荒いね、まぁいいけど。【全方位魔法無効】」
シリウスが周囲にいる味方全員に魔法攻撃無効のバフをかける。
してたかわかんないから一応します。
WBM。ワールドボスモンスターとは、プレイヤーがそう呼称しているだけで正確には存在しないものである。しかし、ストーリーを次段階に進めるための実質的な鍵となっているのでWBMと呼ぶに相応しく、運営も文句は言っていない。
艮、巽、坤、乾はルーヴィンシュタットの王子(実質的な国王)が召喚者、つまりプレイヤー達がジョブを与えるに相応しい存在かを確認するために課した課題である。のだが、ディグニを待っていたせいで想像以上に時間がかかっているので、王子も「もう与えてもいいのではないか」と思っている。周りがそれじゃ顔が立たないと止めている。




