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宇宙から来た黒いヤツ

作者: ニコ

 足掛け一年ぐらいです、えぇ。放置してたものを書き上げてなんとか形にしました。

 面白いかどうか自分でも分からない実験作みたいなもんですが、お気軽にどうぞ。

【地球侵略について】


 さて、今回我々が目を付けたのは地球という星である。位置については、添付したデータファイルの中身を参考にして欲しい。

 適度な自然と開発された土地、豊富な水と、原住民さえ駆逐すればすぐにでも住めそうなほどの環境だ。さらには原住民の戦力もそれほどではなく、侵略は容易いと思われる。

 そこで今回は人型強襲戦略有機兵器を一機投入し、それで様子を見るつもりだ。対策を講じるもよし、そこで滅びるもよし、どちらにせよ原住民が辿る道は一つ。

 それでは諸君の健闘を祈る。とはいっても、兵器の護送だけで終わるだろうが。


***


【2がつ15にち】


 長旅でした。

 母艦から射出されたのが、3600秒を一単位とする時間で1000単位以上――つまり、これから向かう星の単位で行けば41日以上の時間を星空の中で過ごした事になります。

 しかし地球の生物も馬鹿ですね。宇宙に向けて電波飛ばしたりしたら、ここに居るって言ってるようなもんじゃないですか。まったく、危険性とかそんな事を考慮しない、蛮勇な精神を持つ生物なのでしょうか。おかげで、私も受信範囲を広げ、地球の知識を吸収する事まで出来ました。褒めて欲しいです。

 しかしこの一ヶ月以上の旅、地球生物からすればとても速い方みたいなんですよ。この太陽系の外から地球の重力に届くまで、こんなにかかったのに。

 まぁ、私自身に推進力は無いから仕方ないんですけどね。反発力らしいです。私には良く分かりませんが、母星の科学力は宇宙一です。

 おっと、大気圏か成層圏かは分かりませんが、あったかくなってきましたね。私を作ってくれた研究者がふと「冬の帰宅ってさ、なんか暖かくてほっとするよな」などと言っていましたが、「しんりゃく」兵器の私にもその気持ちが分かる気がします。

 そう、私は「しんりゃく」しに地球に来たのです。頑張らないと、ゴミ山にぽいされてしまうのです。怖いです。

 さぁ、頑張りましょう。ぽいされないために。「しんりゃく」をするのです。

 


 ところで、「しんりゃく」ってなんでしょうか?


***


 困りました。「しんりゃく」が分かりません。脳内辞書にも平仮名しかありません。「深緑」なら分かるのですが。

 さぁ困りました。ぽいは怖いです。研究者の人が怖いと言っていたから、多分怖いのです。

 とりあえず、着地しましょう。地上はもうすぐです。正確にはあと160m。

 3,2,1……はい、着地完了。しかし何と脆い地面でしょう、足首から先が埋まってしまいました。

 はてさて、困りました。確かに私は史上最強の「しんりゃく」兵器。抜こうと思えば一発で足を抜き、そのまま数mにも及ぶ地割れを発生させる事しかできません。そう、それしか出来ないのです。

 私の目の前には、二匹の生物がいました。困ったものです、足を抜けばこの原住生物が塵すら残らない事態となりかねません。「しんりゃく」に必要であるかもしれないのですから、簡単に消してしまうのも駄目でしょう。


「でっけー」


 私の真下にいる生物のうち一匹、肌色の皮膚に黒い頭頂部、白い布と青い布地を纏った生物が言いました。


「こわいよぅ、ケンちゃん」


 私の真下にいる生物のもう一匹、さきほどよりも白目の肌色に、黒い頭頂部ですが横に二本アンテナを広げています。さらにこちらは、淡い青の布一枚でした。

 もしかして、何かを纏うのが普通なのでしょうか。全裸の私としては恥ずかしい限りです。

 

「だいじょうぶだって、コユキ。ちょっとこいつ、話してみようぜ」


「でもでも、ケンちゃん、おっきいよぉ。黒いよぉ。怖そうだよぉ」


 初めて触れる生の原住生物の声ですが、私はうろたえません。今こそ、ラジオ放送を傍受する事で身に付けた華麗なる地球語を披露するべき所です。

 もちろん、彼らの言葉もおぼろげながら意味が掴めました。こちらに対して、友好を求めてきているようです。

 さぁ、そうと決まれば話しかけましょう。


「ゲ」


 困りました。

 どうやら私の声帯は、とことん発音には向かないようです。「ゲ」って。


「け、ケンちゃーん! な、なんか吠えたぁ!」


 失礼な。私は「こにゃにゃちわ」と挨拶したかっただけですのに。まだキチンと把握していないのでニュアンスは変かもしれませんが、誠心誠意友好を図ろうとしたいのです。


「大丈夫だよ、ホラ、コイツ。暴れてねぇじゃん。連れて帰ろうぜ、親父こういうの好きだし」


「だ、だめだよぅ。だって、イヌもネコも飼っちゃだめーって、言われてるんでしょ?」


「甘いな、コユキ。コイツァ犬猫とはわけが違う。人間、いやそれ以上の――」


 なんだかゴニョゴニョ喋っています。私はまだ完璧に聞き取れるわけでは無いので、それだけ早く喋られるとついていけません。あうぅ。


「コイツは、絶対宇宙人だ! 悪の怪獣を倒す、ヒーローだ!」


 ヒーロー。

 あれ。あれれ。なんだかとってもカッコいい響きです。頭に響き、交感神経を超刺激します。

 

「ゲ」


「やっぱりそうなんだな、お前!」


 思わず漏れ出た感動の一声と共に、アンテナ付いてない方の生物が羨望の眼差しを向けてきます。

 

「よっしゃ! 爺ちゃん呼んで来いコユキ! 掘るぞ、こいつの足! そんで、家に連れて帰るんだー!」


「え、えーっと……う、うん! 分かった!」


 なんだか「ひーろー」という格好いい響きとともに、友好関係も築けたようです。

 めでたしめでたし。



                   ***



 予定では、今頃もう侵略兵器は地球に辿り着いているはずだ。

 有機兵器である奴は、全てを破壊し、食らう事で成長する。生物が混じっているので性格に個体差が出るのが難点だが、どれだけ温和であろうといずれ食欲に負け、地球上の手近にあるモノを食い始めるだろう。

 その後はいつも通り、奴ごと地形の一部を遠距離から破壊し、私達の理想郷を築くだけ。

 さて、何日で地球は堕ちるかな?


***


【2がつ16にち】


 相変わらず「しんりゃく」を思い出せません。「新宿」なら昨日教えてもらったのですが。

 私は昨日、ケンという個体名の生物、コユキという同種の別個体によって掘り出されました。あと、ジイチャンという個体も居ました。

 そしてその後、彼らの巣についていきました。どうやら自然物を切り貼りして、積み重ねて作っているようですね。加工と言えば表面処理ぐらいのものです、弱々しい。

 ちなみに私は巣の入り口よりも少々体が大きかったので、その前で一晩過ごしました。寒くなんかないです、ぐすん。

 

「おう、ヒーロー! 起きてるか!」


 個体ケンが巣の入り口から飛び出し、私に話しかけてきます。どうやら起床の有無を尋ねているようですが、残念ながら私にそういう概念はありません。脳が複数あるので、使わない時には一つずつ休ませておけるのです。すごいぞ私、さすが史上最強の「しんりゃく」兵器。


「ゲ」


「元気そうだな。コユキは隣だからまだだけど、また後で来るからよ! ――っと、じいちゃん!」


 ケンは忙しそうです。私の方をむいて喋ったかと思えば、私にはどうも見分けがつかない隣の巣へと視線を動かし、さらには私を通り過ぎていきます。

 

「おう! どなっちょるかケン坊、ひーろさんの様子は」


 ケンと話しているのはジイチャンです。彼はケンやコユキより一回り大きく、いつも何かを手に持っているのが特徴です。昨日は私を掘り起こす道具でした、今日はでこぼこ地面を掘り返す道具です。同じ用途なのにどうして使い分けるのでしょう?


「ヒーローは元気だぜ! という訳で爺ちゃん、野菜くれ! ヒーロー、昨日から何も食ってないんだ!」


「おうおう、こすぷれいしてここに来るぐらいださかい、おもしゃい人だよなぁ。野菜だけじゃなぐても、飯食わせてやんな」


 どうやら会話は一段落着いたようです。相変わらず忙しい動きで、ケンはジイチャンを追い越していきました。

 それから座して待つこと数分、ケンは二人に増えて――いえ、違います。アンテナが消えて頭部から黒いものをぶら下げたコユキでした。まだ同じ大きさの同個体を見分けることには慣れません。こんな事ではぽいされちゃいます。

 さて、二人は両手一杯に赤やら緑やらの何かを持っています。なんだか、キレイですね。


「ヒーロー! これ、爺ちゃんの作った野菜! 一杯食べろよ!」


「え、えぇと……た、食べ物だよ?」


 聞こえました。聞き取れました。えぇ聞きましたとも。

 食べ物。

 実は、昨日からお腹が減っているのです。ケンの巣をかじっちゃいそうになりましたが、ぐっと我慢したのです。

 しかし食べ物となるとつまり食べていいものです。遠慮なく頂きましょう。

 お口、展開。


「ひゃぁ!? なんか、がしゃんって音ぉ……怖あっ!?」


「すっげー! ヒーロー、カマキリみてぇだ!」


 なんだか、口を開けただけなのにすごく賑やかな反応が返ってきました。残念ながら、好意的なのかどうかは判断がつきませんでしたが。

 両膝を地面につけたまま、ほぼしゃがんだ状態で手を開きます。ケンの身長は私の三分の一ぐらいしかないので、こうしないと受け取れません。


「よっし、まずはニンジンだ、爺ちゃんの野菜は美味いぞ!」


 手渡されたのは赤い物体、どうやら「にんじん」というらしいです。見た目にも鮮やかで、いかにも食欲をそそります。

 口に放り込み、ガチンとアゴを閉じました。あとは口の中で咀嚼器が作動し、味覚に情報を伝えてくれるはずです。

 結果、出ました。美味しいです。この硬さが私のアゴによく馴染み、ほのかな甘みは味覚を楽しませてくれます。すげぇです「にんじん」。「しんりゃく」という目的を忘れそうです。

 「にんじん」、おいし……。


「ゲゲ」


「おぉ、美味いか、ヒーロー!」



                   ***



 おかしい。

 地球の表面を観察させている別働隊からは「異常ナシ」の報告ばかりだ。一体全体、兵器は何をやっている。

 食欲がまだ発動していないのか? いや、今までの最長を何日かオーバーしている。あり得ない。

 まさか、撃退されたのか? いや、それこそあり得ない。地球人の兵器で奴を殺そうとするなら、「異常ナシ」で済ませられる事態ではなくなる。

 何があったのか気にはなるが、下手に干渉してこちらの戦力を削られるのも面白くない。

 しばらくは傍観としよう。


***


【2がつ23にち】


『今日から君の名前は、スピルオーバーマンだ!』


「ゲ」


 受話器から声があふれ出します。そこまで大きな声を出されると、逆に聞き取りづらくて大変です。

 今、私は「けいたいでんわ」で個体オヤジと話しています。どうやら今は遠くに居るようで、この端末を通してしか話せないようです。


『あぁもう! どうしてこんな時に僕は出張なんだ! 待望の宇宙人! それも変身ヒーロー風! くぁー、見てぇっ!』


 叫んでます。むちゃくちゃ叫んでます。怖いです。狂気すら感じます。


「オイコラ親父! 何勝手にヒーローに名前付けてるんだよ!」


『ふふん、早い者勝ちだぞケン。お前はどういう名前を付けようとしてたんだ?』


「スーパーブラックマン! どうだ、強そうだろ!」


『風情がない! 単純すぎる! いいか、スピルオーバーと言うのは規定外の区域に電波が流れる事を言ってだなぁ、つまりこれは文化のスピルオーバーと言う事で……』


 なんだか、端末の向こうのオヤジ相手に賑やかなケンです。

 さて、優秀な「しんりゃく」兵器である私は今日も元気です。未だに「しんりゃく」は思い出せませんが、「貧弱」は覚えてます。貧弱貧弱ゥ。

 「にんじん」を初めて食べた日から一週間ほど経ちました。毎日毎日語り口調で脳内メモリに収める必要は無いかもしれませんが、何が「しんりゃく」の役に立つのかも分からないので、日記としてしたためさせて頂きます。

 

「よっし、今日からお前の名前はスピルオーバーマンな!」


 どうやらオヤジとケンの話し合いは終わったみたいです。「ひーろー」と言う響きも好きだったのですが、どうやら改名するみたいです。まぁこっちも好きですが。

 しかしこの一週間ずっと外で居るわけにはいかなかったとはいえ、ケンの人望には驚きました。彼と一緒に歩いていると、他の原住生物がまったく焦らないのです。試しに一人で歩くと、そりゃ仰天されましたとも。

 そのおかげで、ケンと交友のあるジイチャンと同じぐらいの大きさの個体の巣の一部を借りることが出来ました。広いです、私以外には四輪駆動の車がありました。四輪駆動とは、この惑星の文化レベルがうかがい知れます。

 

「…………」


 おっと、黙考している場合では無いようです。ケンが私の事を見上げてきています。どうしてんでしょうか?


「なぁスピル。お前、ヒーローなんだから敵が居るよな?」


「ゲ?」


 そうなのですか。「ひーろー」には敵が居るものなのですか。

 うん……敵? そうだ、思い出しました。「しんりゃく」とは、敵が居て初めて成り立つものなのです。おぉ、ケンのおかげで私は一つ閃きました。褒めてあげましょう。


「ゲ」


 相も変わらず、私の喉は同じ音しか発しません。不便です。口さえ開ければ、ケンに「しんりゃく」の意味を聞くことが出来るのに。


「やっぱ、敵が居るんだよな!」


 私の「よ〜しよしよし」と発したかった言葉を、ケンは肯定と受け取ったようでした。なにやら、いつも以上に目が輝いています。


「よし、スピル! 特訓するぞ! 裏山に行って、必殺技の練習だ!」


 特訓ですか。敵を倒すのに必要なんでしょうか。

 しかし私は、今のままでも十分完成された史上最強の「しんりゃく」兵器、特訓などしなくても強いのです。えっへん。

 ……しかしそれでも、ケンが望むというならばやってみましょう。私はケンに対して、恩義があるのです。受けた恩も返せないとなれば、母星の名が泣きます。

 いくらでも、やってあげましょう。


「ゲ」


 「にんじん」さえ用意してくれるならば。


***


 もう我慢の限界だ。

 侵略兵器は何をやっている? 奴のスペックで敵があのサイズの惑星ならば、既に大混乱で滅んでしまっていてもおかしくない日数だ。

 まさか、原住民は我々が知る以上の戦力を隠し持っていると? ……あり得ない、とは言い切れない。

 仕方ない。一機を失ったというのは痛手だが、ここからでも十分挽回できる。

 もう一機、次はもっと高スペックの侵略兵器を投下しよう。

 さぁ、滅びてもらうぞ地球人。我々の為に。


***


【3がつ23にち】


「君がスピルか! くぁー、かっけぇ!」


 目の前に居る、ケンより少し大きい個体が叫びます。ケンよりも体を覆う布の面積も大きめでした。布の面積が位分けにでもなっているのでしょうか?

 とりあえず声紋認証してみた結果、この生物は個体オヤジだと判明しました。あの乱れた電波から的確に割り出した私の超技術を褒め称えるといいのです。

 

「ゲ」


 「崇めよ愚民ども!」と言おうとしましたが、やはりこの喉は単調な音しか奏でてくれません。しかし代わりに、オヤジが反応しました。


「おぉそうか! 君も僕に会えて嬉しいか!」


 いえ別に。


「ゲ」


「ははは、照れるなよぅ。君ももう、家族みたいなものなんだからな!」


 別に照れてません。あと、私は別に血縁ではありません。

 さてどうしましょう。オヤジも「しんりゃく」の役に立つかもしれない以上、無闇に活動停止させたくありません。しかしそれでも、このままでは私が色々と色々な事になる危機感があります。さすが有機兵器である私、兵器でありながら直感すらも得ています。

 

「おい親父、やめろよ。スピルが困ってるだろ」


 おぉ、ケンが出てきました。巣の中から現れたケンが、入り口に立っていた私とオヤジに近づきます。


「出張から帰って早々、何やってんだよ。かあちゃんもじいちゃんも待ってんだから、早く飯食おうぜ」


「何を言うかけん! 家族での食事はいつでも出来るが、コイツはいつか宇宙に帰ってしまうかもしれないんだぞ!」


「ハイハイ分かった、でも親父、今日はかあちゃんが頑張ってたぜ。肉じゃがとマカロニグラタン、あさり汁だってさ」


「僕の大好物フルコースとは卑怯なぁ!」


 オヤジはいきなり絶叫すると、ケンを抱えて家の中に入っていきました。忙しい生物です。

 さて、私は星でも見ることにしましょう。この惑星に来てからの日課です。

 私の故郷は肉眼で確認しにくいですが、「しんりゃく」兵器ともなれば余裕です。超余裕です。ちょろあまです。

 では、目、展開。

 そういえばいつか目を展開したとき、コユキが「のっぺら顔が開いたぁ!? 伸びたぁ!? 怖ぁっ!」とか言ってました。失礼な。

 でもその後ケンが「双眼鏡みたいだな、スピル!」って褒めてくれたので帳消しにしてあげましょう。私は心が広いのです。

 それにしても、やはり「しんりゃく」のきちんとした意味は思い出せません。「輪郭」なら用法まで説明できるのですが。

 しかし今は、そんな事を考えないでおきましょう。空が広いです。暗いです。でも、ちかちかしてます。


「ゲ」


 今の私は乙女全開です。ちなみに性別なんて存在しないから男でも女でもいいのです。そこの所、ケン達は不便そうだなぁと思うわけですが。

 空を見上げると、色々な事がどうでも良くなるように感じます。なんというか、この惑星でさえも滅ぼせるはずの力を持った私が、それでもちっぽけな存在だと思えるんです。

 ケンが置いておいてくれた「にんじん」、おいしいです。カリカリかじりながら見る夜空は綺麗です。

 どうやら、この世界はとても素敵です。ケンは小さいけれど頼もしく、コユキは最近よく笑ってくれるようになりました。ジイチャンはいつも「にんじん」をくれるし、カアチャンは彼らとサイズの違う私に気を回してくれます。オヤジだって鬱陶しい存在ではありますが、名前をくれたし、何より私の事をよく思ってくれているのは間違いないです。

 

「げ……ゲ」


 この口は意味ある言葉を発せないけれど、それでも彼らとは仲良くなれた気がします。

 「しんりゃく」、忘れてしまいそうです。いえ忘れているのですが、目標として持ち続けることが出来なくなりそうです。

 早く、早く思い出して「しんりゃく」しなければ。


***


 そろそろ後から送った侵略平気が地球につく頃だ。

 奴ら侵略兵器は複合脳を効率的に使うために、ほぼ体の隅々までに電気信号――様々な電波を発している。強く弱く、混線しないように体のあらゆる所に電波遮断の体機能があるが、しかしそれでも同属に見つかる程度の微弱な電波は漏れるはずだ。

 もし地球人がそれを解析し先に送った奴を利用しているかも知れないと思うと憂鬱だが、しかしそれでもやらねばならない。手柄も無しに本星に帰るわけには行かない。

 いざとなれば――正面からやり合ってでも滅ぼしてやる。地球人め。



                    ***



 訳がわかりません。理解できません。私ほど高スペックな脳でも解析不能です、どうしましょう。

 しんりゃく兵器が、増えました。


「スピル!」


 ケンの声が聞こえます。あぁ、なんなんでしょうこれは。「しんりゃく」とは何なのでしょう、「前略」なら手紙の前につける言葉なのですが。

 いや、それより――何故、私がいるのにもう一体送り込まれてくるのでしょう。「しんりゃく」とは私一体で十分なはずです、そのための「しんりゃく」兵器なのですから。

 過去を情報参照してもまったく答えにたどり着けません。いつも通りケンの家の前で「しょうりのぽーず」の練習をしていたらいきなり落ちてきました。そして、私と違い迷わず足を引き抜きました、最も向こうは足が細いので被害は小さいですが。


「グガアアアアァァァァ!!」


 どうやら向こうも発音は得意でないようです。足が八本だからでしょうか、細長いからでしょうか。

 あぁ、しかしどうなってしまったのでしょう。私の存在意義は消えてしまったのでしょうか。

 御同属は私の元に走り寄ってきます。ですがどうやら友好的では無いようです、私は最近「くうきをよむ」を覚えました。


「スピル! ――敵だッ!」


 私の腕が動きます。足が御同属の前まで私の体を運び、そして体全体で受け止めます。

 あれ。あれれ。何だか「敵」と聞くと自動的に走り出してしまいましたよ? 何でしょう、ケンの刷り込みなのか本能なのか、まったく判断がつきません。今日の私はどうしたのでしょう、ぽんこつです。ぽいされちゃいます。

 あぁ――でも、「しんりゃく」兵器として必要なくなった可能性のある私は、ぽんこつじゃなくてもぽいかもしれません。それは何故か、とても嫌です。


「ど、どうした健!?」


「ケンちゃあん! 大丈夫!?」


 真後ろ、あるいは真下と言える位置からオヤジとコユキの声が聞こえました。聞き慣れたからといって、私はただ今全力で現在置かれた情報を把握するのに忙しいので訳せません。ただ、酷く焦っている様子でした。


「コユキ! 隠れてろよ、お前! 俺とスピルに任せろ!」


「危ないよぉケンちゃん! 一緒に逃げよぉよぅ!」


 ケンはコユキに引っ張られます。そしてオヤジはその二人を守るように背を抱き走っていきました。感覚器官で風を読んだだけなので曖昧ですが、大体そんなところでしょう。

 後ろにはケンとコユキとオヤジが居ます、たったそれだけです。前に居るのは御同類、邪魔しちゃ駄目ですね、例えどんな理由があっても目的は「しんりゃく」なのでしょうから。さて、となると私はここから離れなければいけません。

 だと言うのに――どうしてでしょう。


「グガアアァァァ!」

「ギガアアァァァ!」


 声が同時に二つ、外側と内側から。やっぱり全力で声を出すと力がみなぎります。……えぇ、邪魔しちゃいました。それもこれもケンのせいです、敵と言われたから体が反応しちゃったのです、そうに決まってます。

 とは言え、いささかパワー負けのようです。腕の外部骨格が割れそうだという事を、電波神経が伝達してくれます。まったく、同じ「しんりゃく」兵器だというのにパワー負けすると言うのはどういう事でしょう、エレガントさでは私の方が上ですが。

 ごきり、拳が粉砕――される寸前に腕を引きました。なんという事でしょう、私の機能美溢れ艶のある鴉の濡れ羽色の美しき外部骨格にヒビが! 自然治癒には時間がかかるのですよ、なんという事をしてくれますか!

 私の憤慨を余所に、同類畜生は倒れた私をぶん投げました。二転三転、体に泥がつきまくりました。


「グゲエエエェェェェ!」


 勝利の雄叫びなんてあげちゃってまぁ……あぁ、これはあれですかね? ケンがジイチャンに言われて怒られていたあの言葉の出番ですかね? え、いいんですかもう言っちゃいますよ?

 ムカつく。

 同じ侵略兵器だからと言って、あまり調子に乗ってるとどうなるか思い知らせてあげます。侵略兵器として私の方が先輩である分、偉くて強いのです。

 あぁ、それに……このまま放っておけば、この侵略兵器は私と友好を結んだ全てを破壊するでしょう。それは許せません、心の奥底の何かが叫んでいます。これがケンの言う「せいぎのこころ」なのでしょうか。

 ジイチャン、毎日私に「にんじん」をありがとう。

 カアチャン、いつも気遣ってくれてありがとう。

 オヤジ、私に名前をありがとう。

 コユキ、優しい思いをありがとう。

 ケン、私に存在する理由をありがとう。


「グググルゲアアアアアァァァ!」


 私より強い――あぁ、認めましょう。あの侵略兵器は私よりスペックが高いようです――モノが正面から向かってきますが、恐れも何もありません。明鏡止水の境地です、こんな私を褒めてほしいです。

 お口、展開。目、展開。拳を引いて、相手をよく見て、足を踏み出し、咀嚼器を食い縛り、タイミングを計り――そして、思いを込めて。

 拳を、解き放ちます。


「ゲガアアアァァァ!」


 叫びます、思いを込めて。「せいぎのこころ」を込めて力の限り撃つ拳は、何にも負けないのです。

 それがヒーロー……それが私、スピルオーバーマン!

 

 あぁ……「侵略」、思い出しました侵略! それは侵す事! 相手を、侵し尽くす事! あぁ、その通りです! 何のショックかは分かりませんが、思い出しました! それこそが、侵略!


「ゲゲゲゲゲゲゲ!」


 私の腕が、外部骨格が崩壊していきます……しかし、それと共に向こうの侵略兵器の外部骨格も削られていきます。彼もそう長くは持たないでしょうが、このままでは先にバテるのは私。

 だからエレガントな私はこのまま力比べをする訳がありません……さぁ、「侵略」してあげましょう!


「グ……ガ!」


 疑問を持つ知能すらないようです、この後輩は!

 侵略兵器は電波により思考しています……体中の体組織がそれを制御する事で各部にある脳が連動して働き、様々な処理が可能となっているわけです。

 ならばその体組織を乗っ取ればいい! 崩れた部分から私の体組織を干渉させ、余剰なほど電波を発すれば、彼の機能に障害を与えられる!

 

「グゲエエエエェェェェ!」

 

 「止まれ」と叫びたかったのですが、どうやらこの喉は未だ意味ある発音を成しません。しかしそれで十分、こいつには声を聞かせても理解してくれないでしょうから。

 そして――数秒後、決着は尽きました。


***


 後から送った侵略兵器の信号が途絶えた。先に送った方は未だ信号は健在だ。

 信号が途絶えたという事は、完全に命が絶たれたという事。これはもう間違いない、地球人は我々の兵器を撃退する力を持っているのだ。

 ありえないはずだった、だが現にその結果を目の当たりにしてしまった。このような辺境惑星の一つがあんな力を持っているなどと……。

 本国への報告は不可能だ。失敗の言い訳とされて聞き入れられず更迭されるのがオチだろう……私が、短期間でこの惑星を滅ぼさなければいけない。

 ……ふふふ、面白い。地球人よ、この私自らお前達に引導を渡してやろう。


***


 宇宙空間から謎の悪意を感じましたが気のせいでしょう。究極の侵略兵器たる私にも日常の些細な間違いはあるのです。

 「侵略」、えぇ分かっていますよ侵略。他者を蹂躙しつくす事ですよ、ふふん♪

 私、決めました。「せいぎのみかた」をすると同時に「侵略」する方法――同類を滅ぼしつくすという道を行くことを。

 日記は付けますが、日付は必要ありません。誰かへの報告ではなく、私自身の日記なのですから。日付など内容を読めば思い出せる超記憶力さえあれば問題ないのです。

 さて今日という日、初めて日記という意図を持って筆をとりましょう。流石私、「筆をとる」を慣用的に使うという活用すら可能です。

 という訳で――


「ゲー……」


 にんじん、おいし……。





 はい、読んでくださりありがとうございます。面白かったなら嬉しいです。

 いつもは長々と後書きを書きますが、今回に限っては語る事は多くないので一言だけ……これもまたヒーローだよね!

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― 新着の感想 ―
[一言] 独創的で、尚且つ、先が気になる展開でとても面白かったです。 結局このキャラクターがどのような形をしていたかは具体的には分かりませんでしたが、上から目線なのに何だか妙にかわいらしくて、愛嬌?が…
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