シュガードラゴン
その砂糖に、水を、掛ける。
特別な水でなく、ごく普通の水でいい。
ただ、その形になって欲しい様に、その形を模して、水を、掛ける。
すると、もくもく、浮き上がる。
雲が湧き出る様に、砂糖から形が、もくもく浮き上がる。
その形は、砂糖から独立して、空中に、飛び出す。
使用する砂糖によって(サトウキビ系か、テンサイ系か、化学薬品系か、等)、その形は、変わる。
大まかには、変わらない。
が、色や造形が、ディテールのところで、異なる。
飛び出した形は、空中で、大きさを、変える。
そのモノ(形)に、該当する大きさまで、拡大する。
あるいは、縮小する。
該当する大きさまで来ると、モノは、蠢く。
動き出す。
モノによっては、知能も、備え持つ。
そして、砂糖に水を掛けて、自分を作ってくれた者の、下僕となる。
忠実な相棒、となる。
町中では、砂糖製の、いろんな相棒が、浮かんでいる。
空中浮遊して、進んでいる。
作ってくれた人間と並び、進んでいる。
人間と共に、歩むモノも、いる。
人間と共に、飛ぶモノも、いる。
人間を乗せるモノも、いる。
あまりに大きいモノは、人間から距離を取って、人間の進む速度に合わせ、上空で、浮かび進んでいる。
あまりに小さいモノは、人間のポケット等に入り、揺られて進んでいる。
空を、見上げる。
一人の男が、空を、見上げる。
男の歩む速度に合わせて飛んでいた龍が、身体を、のたうちさせる。
砂糖製の龍が、身体を、くねらせる。
くねると、龍は、向きを、変える。
男の進む方向とは、違う方向に、向きを、変える。
そのまま、飛び去る。
男を置いて、飛び去る。
相棒を置いて、飛び去る。
龍は、飛ぶ。
飛び、進む。
音がする様に、進む。
行き先が、見えて来る。
目的地が、見えて来る。
行き先は、広い。
波打っている。
そして、青い。
龍は、それに向かって、急降下。
ザブン!
ザブザブ ‥
水面に、入る。
水中に、潜り込む。
龍は、海の中に、身体全体を、入り込ませる。
海の中に、身体全体が収まると、身を、くねらせる。
くねらせる度に、龍の身体から、粉が飛ぶ。
飛び、舞う。
粉は、もくもく、もくもくと、湧き上がる様に、飛んで舞う。
それは、完全に、龍を、覆い尽くす。
粉の噴出に伴い、龍の身体に、変化が、出る。
粉の発生量に伴い、龍のシルエットが、変わる。
龍のシルエットが、小さくなる。
縮小する。
どんどん、小さく、なる。
どんどん、縮小、する。
遂に、粉に紛れて、シルエットが、消える。
消え去る。
それに伴い、粉の発生量が、変化する。
粉の発生が、止む。
徐々に、徐々に。
徐々に、徐々に、緩やかに、粉が、晴れて来る。
粉の煙が晴れ、水中の見通しが、綺麗に、冴え渡る。
粉は、四方八方に、消え去る。
雲散霧消する。
その後には、何も、無い。
粉は勿論のこと、粉の残存山も、無い。
そして、龍も、いない。
粉と一緒に、龍も、消え去った様だ。
いや、水中に、溶け込んだ様だ。
いや、粉になって、水中に、雲散霧消した様だ。
寿命が来ていた、らしい。
死の間際だった、らしい。
「猫は、死の間際、自分の姿を隠す」、と云う。
自分の死姿を、見せたくないのか。
キチンと、自然に、帰りたいのか。
龍も、そうなのか。
いや、造形砂糖で作られたモノ、全てが、そうなのか。
そう、らしい。
造形砂糖で作られた有機物や生き物は、死期を悟ると、姿を隠すらしい。
どんなに物事の途中、最中であっても、姿を隠す、らしい。
「あー、来たか」
男は、飛び去った龍を見て、呟く。
龍の死期が来たことを、理解した様だ。
男は、踵を、返す。
踵を返して、家に、戻る。
家に戻り、パソコンを、立ち上げる。
ショッピングサイト【フォレスト】に、アクセスする。
《造形砂糖》と入力し、検索する。
原料や原料の栽培方法、また、原料からの生成方法によって、値段は、色々ある。
それこそ、ピンからキリまで、ある。
男は、検索結果を、値段が安い物順に、並べ変える。
じっくり、価格、送料等を、見比べる。
その結果、一番安い物を、カートに、入れる。
『他に買う物は、なかったか?』と、頭を、巡らす。
無い様なので、そのまま、支払いを、済ます。
《お買い上げ、ありがとう御座いました》マークが、出る。
これで、明日か明後日には、新しい造形砂糖が、届く。
でも、明日一日間は、【造形砂糖モノ】無しで、過ごさなくてはならない。
やれやれ。
男は、心で、苦笑する。
認められない。
人として、認められない。
扱われない。
人として、扱われない。
今の世の中、【造形砂糖モノ】を携えていないと、非人間扱い、される。
『田舎者』とか『時代遅れ』とか云う以前に、『人間やない!』と、指摘される。
確かに、【造形砂糖モノ】は、便利。
何をするにしても、力になってくれる。
フィジカル的にも、メンタル的にも。
情報収集的にも、情報処理的にも。
体力的にキツい事柄でも、【造形砂糖モノ】があると、対処できる。
精神的にキツい事柄でも、【造形砂糖モノ】が、相談相手になり、助言してくれる。
情報を集める際にも、的確に広く、対応してくれる。
情報を取捨選択する際にも、的確にまとめて、対応してくれる。
最近では、AIや金融取引、GPSの機能も、充実している。
果ては、暇潰しの相手まで、してくれる。
今や、【造形砂糖モノ】無しの生活は、考えられない。
つまり、男は、明日一日間は、原始人が如く、生活をしなくてはならない。
【造形砂糖モノ】無しで、現代人をしなくては、ならない。
【造形砂糖依モノ】を、持ってないことが分かれば、現代人として、扱われないかもしれない。
十年くらい前は、そんなこと、無かった。
いや、高々、数年前。
いつに間にか、みっちり、入り込んでいる。
いつの間にか、びっしりしっかり、根を張っている。
と云っても、【造形砂糖モノ】は、消費物。
大体、数年でダメになる、切り換える。
飽き性の人は、大してダメにもなっていないのに、半年くらいで、取り替える。
【造形砂糖モノ】は、機能的にダメになる時期が来ると、自分で自分に、処理をつける、カタをつける。
【造形砂糖モノ】は、その構造上、その時期が来ると、海水に身を隠すことが、多い。
死期を悟ると、海水投身自殺することが、多い。
海水は、【造形砂糖モノ】の身を解き、拡散し、自然に戻す。
元々、自然の物が、自然に帰る。
何故、そんな自然の物が、色々な機能を身に付けたのか、分からない。
フィジカルやメンタルや、情報収集・処理やAIやGPSや、果ては、金融取引等の機能を装備したのか、分からない。
いや、一部の科学者や技術者は、全然、分かっているのだろう。
でも、一般庶民には、てんで、分からない。
まあ、そんなことは、どうでもいい。
実際に、誰にでも、使えているし、便利だ。
最早、これが無いと、日々の生活が、送れない。
中身が、どうなっているかなんて、二の次、三の次。
何か、故障が出れば、支障があれば、専門家に投げるだけ。
金に、ものを言わして。
だから、一日でも無いと、ドロップ・アウトした様な気、になる。
世間から、爪弾きされた様な気、になる。
男は、居間に、下りる。
母親に、報告する。
「明日一日、【造形砂糖モノ】無しで、過ごすことになった」
「えっ ‥ 」
母親は、絶句。
絶句から、続ける。
「あんた、どうするん?」
「いやいや、どうするもこうするも、無いもんは、しゃーないやん」
そこに、男の妹も、居間に、顔を出す。
母親が、妹に、言う。
「ちょっと、聞いて」
「何?」
「お兄ちゃん、明日、【造形砂糖モノ】無しで、過ごすんやて」
「マジで?!」
妹が、驚く。
眼を、丸くする。
丸くして、続ける。
「お兄ちゃん」
「ん?」
男が、答える。
「死ぬで」
「死なへんわ」
男は、苦笑気味に、即答する。
「どうやって、お金、払うん?」
「いや、現金で」
「どうやって、目的地まで、行くん?」
「いや、地図で確認して」
「どうやって、調べるん?」
「いや、本とか雑誌で」
男は、妹の問いに、スイスイと、答える。
「ほな、誰に、助言求めるん?」
「友達とか先輩に」
「買い物は、どうするん?」
「店で、買う」
「連絡とかは、どうするん?」
「元々、頻繁に連絡する方や無いから、メールで充分」
うう ‥
妹は、グウの音も出ない。
男の滑らかな返答に、畳み掛けられない。
男は、考える。
よう考えたら、【造形砂糖モノ】無しでも、生きることできるやん。
知らん内に、依存してたなー。
考えを、進める。
なら、『今度の【造形砂糖モノ】には、他のことをしてもらう』様にしよう。
翌日、男は、なんなく、【造形砂糖モノ】無しで、日を過ごす。
ああ、これ、イケるわ。
やっぱ、今度は、より相棒っぽいやつにしよ。
男は、改めて、思う。
その日の朝早く、新しい【造形砂糖モノ】が、届く。
早速、ダンボールから、出す。
【造形砂糖モノ】が入ったビニール袋を、ダンボールから、出す。
それを、担ぐ。
担いで、外に出る。
外に出る際、ブルーシートも、持ち出す。
少し行った所に、広場が、ある。
誰も管理してないような、雑草はびこる、ちょっとした広場、だ。
そこで、ブルーシートを、広げる。
ブルーシートの上で、ビニール袋を、破る。
ブルーシートの上に、【造形砂糖モノ】を、出す。
ザー ‥
全部、出す。
ビニール袋を、振って振って、出し切る。
山になった【造形砂糖モノ】を、平らに、均す。
均して、男は、動作を、止める。
思考に、入る。
今度は、どうしようかな。
いや、有機物にすることは、決まってんねん。
でも、キビキビ動いて欲しいから、植物は、無いな。
動物でも、そこら中にある様な、一般的なもんは、なんだかな~。
う~ん。
龍で、ええか。
この前とおんなじで、龍で、ええか。
そうしよ。
想像上の動物でもあるし、一般的や無いし。
人と被ることも、少ないやろ。
ドキュ ‥ ドキュ ‥
男は、水を、撒く。
【造形砂糖モノ】の上に、水を、撒く。
2Lのペットボトルに入れた水を、龍の形に、撒く。
東洋的、中国的な龍、ではない。
西欧的、ヨーロッパ的な龍、だ。
【ヒックとドラゴン】の龍、だ。
案外、平時の身体は、小さい。
身長、横幅とも、大きな人くらい。
翼も、云う程、大きくない。
横に広げても、立った人、三人分くらい。
が、充分、人は乗せられそうだ。
乗せて、飛べそうだ。
ボコボコ ‥
ボコボコ ‥
水を撒いた所から、泡が、沸き立つ。
ブシュ ‥
ブシュ ‥
泡が、潰れる。
ボコボコ ‥
ボコボコ ‥
ブシュ ‥
ブシュ ‥
泡が出来、泡が潰れ、泡がまた出来、泡がまた潰れる。
それを無限に繰り返し、泡が、沸き立つ。
その内、泡が割れずに、大きくなる。
幾つかの泡が、割れずに、大きくなる。
それに伴い、【造形砂糖モノ】が、減る。
ブルーシートに撒かれた、【造形砂糖モノ】が、減る。
幾つかの泡は、大きくなり続ける。
大きくなった泡は、隣の泡と、引っ付く。
合体する。
合体して、大きな一つの泡となり、ある程度の大きさになると、膨張を、止める。
その大きさは、人間二人分くらい。
その頃には、ブルーシートの上の【造形砂糖モノ】は、すっかり、無くなる。
泡となったのか、消費されたのか、すっかり、無くなる。
合体して、一つになった泡に、クビレが、入る。
割れる、亀裂が入る。
ある亀裂は浅く、ある亀裂は深く。
亀裂は、粘土の様に、線を、走らせる。
線は、縦横無尽に、泡全体に、走る。
線が入るに連れ、泡に、立体感が、出て来る。
陰影も、付いて来る。
もう既に、泡の状態を、とどめていない。
泡から別の物に、変化している。
大きな人間の大きさの、長いモノ。
それの上部と下部には、左右に対となって、細長いものが、飛び出している。
それらのものは、真ん中から、折れ曲がる様に、なっている。
それらのものの先は、更に細長いモノに、分かれている。
五つの細長いものに、分かれている。
バサッ ‥
バサッ ‥
と、
上部から、左右に、開く。
位置的に、上部の細長いものの、後ろやや下で、開く。
それは、長く大きい。
広げると、人間三人分は、ある。
やや、二等辺三角形っぽくもある。
蝙蝠の翼や、ラドンの翼を、思わせる。
陰影は、ますます、濃くなる。
凹凸が、ハッキリして来る。
最早、形作られる。
形が、一段落する、落ち着く。
次は、色が変化する、色が付く。
全体に、緑が、走る。
所々に、銀が、走る。
青と黄が、控えめに、走る。
手足と翼を付けたソーセージ、の様な形に、彩色が、施される。
彩色が施されると、上部は、顔に成り、胸に成り、腹に成る。。
左右に突き出た、折れ曲がる細長は、腕に成り、手に成る。
左右に突き出た、二等辺三角形は、翼に成る。
下部は、股に成り、尻に成り、腰に成る。
左右に突き出た、折れ曲がる細長は、脚になり、足に成る。
そして、彩色されたソーセージは、のたうつ。
のたうつ毎に、色は、落ち着く、
定着する。
見る見る、定着する。
ああ、既に。
既に、ほぼ形も色も、出来ている。
そこに居るのは、龍。
のたうつモノは、龍。
紛れもなく、龍。
東洋人が想像するような龍、ではなく、ヨーロッパ人が想像するような龍。
小さめ、ではある。
が、大きな人間と同等に、大きい。
人間より、少し大きいだけ。
翼を、目一杯広げても、人間三人分くらいの横幅。
でも、裕に、人ひとりは、乗せられる。
龍は、伸びを、する。
風が巻き起こりそうな、伸びを、する。
眼を、開く。
ガシッと、開く、
首を、巡らす。
眼玉を、ギョロギョロさせる。
男を、視界に、捕らえる。
瞳を、男に、据える。
男に向かって、口を、開く。
長く突き出た口を、開く。
「我を起こしたのは、そなたか?」
荘重に、前時代的に、言葉を、発する。
「ああ、そんなんええし」
男は、しれっと、返す。
「ええんか?」
龍も、すぐさま、口調を、転ずる。
「ああ、ええで」
男が返した言葉に、龍は、眼を、丸くする。
「ホンマに、ええんか?」
「うん、ホンマに」
「なんや、拍子抜けすんな~」
「荘厳で重たい関係とか、主人下僕の主従関係とか、
そんなん、求めて無いし」
「ほな、何、求めとんねん?」
「相棒とか相方の、バディ関係」
すらりと言い切る男に、龍は、再び、眼を丸くする。
「一対一の対等な関係、やないか」
「そやな」
「いや、【造形砂糖モノ】に、それを求めるやつ、珍しいやろ」
「そうか?
相対的な数は少ない、かもしれんけど、『何人もいる』って」
「いやいや、むっちゃ珍しいって。
九割九分方、『主従関係を求める』って」
「そうか?」
「そうそう」
そうかなー ‥
男は、上目遣いに、宙を見て、考える。
‥ ま、ええか
男は、手を差し出して、言う。
龍に、右手を差し出して、言う。
「とにかく、俺の相棒みたいなもんに、なってくれ。
今後とも、よろしく」
龍は、長い鼻から、息を抜く。
リラックスした様に、脱力した様に、息を抜く。
そして、言う。
「ああ、こっちも、よろしくな」
男の右手を、しっかと、握る。
自分の右手で、しっかと、握る。
龍は、続けて、尋ねる。
「俺の名前は?」
「はい?」
「いや、俺の名前。
名前無いと、不便やろ」
龍は、男を、見つめる。
テヘヘと、笑って誤魔化す男を、見つめる。
龍は、続けて、問う。
「さては」
「さては」
「考えてへんかったな」
「ご名答」
男は、悪びれずに、返す。
「今、決めたらええやん」
「ほな、リュウ」
「早や!
ほんで、お手軽」
「てへへ」
「何も考えずに、龍やからリュウにしたやろ?」
「ご名答」
男は、再び、悪びれずに、返す。
「まあ、ええか。
嫌いな名前でも無いし」
リュウは、経緯はともかく、案外、気に入っている様子で、言う。
言って、続ける。
「お前は?」
「何?」
「いや、お前の名前は?」
男は、キョトンとする。
そして、考える。
「う~ん」
「『う~ん』て、名前、無いんかいな」
「あるけど、呼びにくいねんな」
「言ってみ」
「う~ん」
「なんや、煮え切らんなー」
男は、考え続け、悩み続ける。
キラッ
男の瞳が、輝く。
そして、口を、開く。
「ホセ」
「ホセ?」
「ホセって、名前にする」
「お前、まごうこと無き、日本人やんな?」
「うん」
「なんも、近縁で、他国民とか多民族の血、入ってへんよな?」
「うん」
「それが、なんで、ホセや!」
「アカンか?」
「いや、アカンとかやなくて、メキシコの人とかの名前やろ」
「そやな」
「そやな、って、分かっとるやんけ」
龍は、呆れて、溜め息を、つく。
溜め息をつきつつも、閃く。
閃いて、続ける。
「ガンダムか?」
リュウは、唐突に、問い掛ける。
「はい?」
「ガンダムなのか?」
「いや、だから、何が?」
「ガンダムの登場人物に、リュウとかホセとか付くやつが、いるやないか」
「あー、そやな」
ホセは、一端、明後日の方を、向く。
直ぐに、こちらへ向き直して、リュウと、眼を合わす。
眼を合わせて、微苦笑を浮かべながら、続ける。
「まあ、それも、ある」
あっさりと、認める。
「やっぱり」
「まあ、源氏名とかニックネームみたいなもんで、よろしく」
「ホンマの名前は、違うんか?」
「まあ、違う」
「何て、言うねん」
「そこら辺は、謎、と云うことで。
追い追い、分かって来ると思うし」
「なんや、それ」
「まあ、ガチガチの日本人の名前、ではある」
ホセは、この話題を、終わらせたい。
リュウは、この話題を、終わらせない。
「言うてみ」
「また今度」
「そんなこと言わず、言うてみや」
「だから、追い追い」
「言え、って」
「瀬戸内寂聴」
「それ、絶対、嘘やろ」
リュウは、呆れ返って、続ける。
「強情やな~」
「だから、『追い追い、分かって来る』、って」
リュウは、首を振って、諦める。
「まあ、ええわ。
ほな、乗れ」
「いいや、ウチすぐそこやから、乗って移動するまでもない」
「ちゃうがな。
お前のサイズを、俺に乗るとこに、合わせとかなあかんやろ」
「ああ、それ」
リュウは、前屈みに、なる。
背を、水平に、する。
水平にした背を、ホセの腰ぐらいの位置に、セットする。
「よっ」
ホセは、リュウの背に、乗る。
正確には、首と翼の間のポジションに、乗る。
蠢く。
リュウの背が、蠢く。
跨いで乗り込んだ、リュウの態勢を包み込む様に、蠢く。
リュウの背は、ホセとの接触部分を囲む様に、蠢く。
そして、固まる。
「ああ、ええで」
リュウの合図で、ホセは、リュウから、降りる。
リュウの背は、がっしりホールドする鞍の様に、ホセの下半身に合わせて、固まっている。
これで、リュウが、ホセの、唯一無二の相棒となる。
リュウとホセが、バディとなる。
「ほな、行こか」
とリュウが言うや、リュウは、縮まる。
するする、縮まる。
背が低くなり、横幅が狭まる。
見る見る、リュウは、小さくなる。
が、小さくは成り続けずに、ある大きさで、止まる。
縮小は、停止する。
その大きさは、人間大。
ホセと、ほぼ同じサイズまで縮小して、そこで、止まる。
並んでいる様は、普通の、友人同士だ。
お互いの姿恰好は、えらく違うが。
「行こう」
ホセが、歩み出す。
リュウが、続く。
新聞で、報道されている。
テレビのニュースで、報道されている。
ネットのニュースで、報道されている。
頻発。
【造形砂糖モノ】盗難、頻発。
最近、毎日の様に、報道されている。
「最近、多いなー」
ホセは、リュウに、話し掛ける。
「そやな」
リュウは、マグカップ片手に、返事する。
マグカップの中身は、カフェオレ、だ。
マグカップの絵は、龍、だ。
「あ、何、飲んどんねん?」
「カフェオレ」
「俺も、何か、飲も」
ホセは、自分のマグカップに、コーヒーメイカーから、コーヒーを注ぐ。
そこに、冷蔵庫から出した、牛乳を、注ぐ。
マグカップを、揺らす、混ぜる。
マグカップの絵は、戦闘機、だ。
「また、ミルクコーヒー、か」
リュウが、言う。
「好きやし、しゃーないやん。
放っといてや」
ホセが、答える。
「それって、コーヒーよりミルクが、勝ってるやんけ。
コーヒーより、ミルクか。
よーそんな、子供っぽいもん、好きやな」
「お前も、カフェオレに、砂糖多めに、入れてるやんけ。
苦さより、甘さか。
よーそんな、子供っぽいもん、好きやな」
カフェオレも、ミルクコーヒーも、似た様なもんである。
五十歩百歩の会話を打ち切る様に、リュウが、話題を、転換する。
「ところで、盗難、地域、固まってんのか?」
「おお、今のところ、この近辺だけ、らしい」
ホセが、頭の中に地図を描いて、答える。
【造形砂糖モノ】の盗難は、全国的に、発生している。
が、『短期間に頻発しているのは、この近辺だけ』、と思われる。
だからと云って、今のところ、更なる動きは、無い。
『【造形砂糖モノ】を駆使して、悪さをする』、わけでもない。
『【造形砂糖モノ】をオークションに出して、金もうけを企む』、わけでもない。
盗まれただけ、に終わっている。
盗まれた人や団体が、損害を受けただけ、に終わっている。
薄気味悪い。
なんか、しっくりこない。
変な空気が、世の中を、覆っている。
「どうすんのやろな?」
リュウが、疑問を呈する。
ホセが、ニヤニヤ、笑う。
「入れるんちゃうか?」
「何で?」
「いや、【造形砂糖モノ】言うても、一応、砂糖やし」
「ふん?」
「砂糖の役目、果たせるやん」
「そうか」
ホセは、ニヤニヤ笑いを崩さず、言う。
「カフェオレとかに、入れたりしてな」
それからも、【造形砂糖モノ】の盗難は、相次いだ。
警察は、いつも出し抜かれ、後手後手。
嘲笑う犯人の顔が、見える様だ。
「砂糖として入れるにしちゃ、度が過ぎてるな」
ホセは、新聞を見て、呟く。
「そうやな」
リュウが、同意する。
コンコン
そこで、ノックが、ある。
玄関のドアを、誰かが、ノックする。
コンコン
再度、ドアが、ノックされる。
聞き違いでは無い、様だ。
「はい」
ホセは、ノックに、返答する。
ガチャ
ドアが、開く。
男が、一人、入って来る。
男は、中肉中背。
太くも無く、細くも無く。
髪型も、普通。
髪の長さも、長くも無く短くも無く。
服装は、スーツ姿。
濃紺の上下に、濃紺のネクタイをしている。
靴は、黒い革靴。
およそ、特徴が無い。
様に見えるが、大きな特徴が、一つ。
眼に、眼鏡をしている。
所謂、瓶底眼鏡。
そのレンズが、フレームが、ティアドロップ型を、している。
眼鏡は、普通の恰好と相俟って、男に、特徴をもたらしている。
眼鏡を外せば、人波に、溶け込むだろう。
眼鏡をすれば、人波から、浮き立つだろう。
「おいでやす」
「おいでやす」
ホセとリュウが、続けて、迎える。
「おお、来たで」
眼鏡男が、挨拶を、返す。
「今日は、何ですか?」
ホセが、眼鏡男に、早速、尋ねる。
ホセが敬語を使うところを見ると、眼鏡男は、ホセより、歳上のようだ。
ブフォ ‥
眼鏡男が、クッションのいい椅子に、腰を、下ろす。
依頼人用の椅子、だ。
ブフ ‥
対面の椅子に、ホセも、腰を、下ろす。
こちらは、あまり、クッションが、利いていない。
「まあ、取り敢えず、コーヒー飲んでからに、しよや」
眼鏡男が、落ち着き払って、言う。
リュウが、コーヒーを、持って来る。
盆には、マグカップに入ったコーヒーが、三つ。
一つは、ホセ用の、ミルクコーヒー。
一つは、リュウ用の、カフェオレ。
一つは、眼鏡男用の、ブレンド。
眼鏡男の豆は、何故か、ここに、置いてある。
コーヒー豆と云っても、挽いて、粉末にはしてある。
ホセとリュウの部屋(家)に、置いてある。
豆は、近くのコーヒー店のもの。
コーヒー店の、オリジナルブレンド。
それを、購入して、置いてある。
リュウも、眼鏡男と対面の、あまりクッションの利いていない椅子に、腰を、下ろす。
ホセの横に、腰を、下ろす。
ズズ ‥
ズズ ‥
ズズ ‥
三人で、啜る。
コーヒーを、マグカップから、啜る。
慣れ親しんだ状況。
いつもの風景。
三人の間には、リラックスした空気が、流れる。
三人が、穏やかな雰囲気に、包まれる。
それを待っていたかの様に、眼鏡男が、動く。
口を、開く。
「最近、【造形砂糖モノ】の盗難が相次いでるの、知ってるか?」
「ああ、そうみたいですね」
ホセが、答える。
「『何で、盗まれてるか?』、知ってるか?」
「さあ」
ホセは、リュウと眼を合わせ、答える。
「これは、内々の情報やから、秘密にしといて欲しいんやけど」
「はい」
「なんや、よからぬことを、企んでいるらしい」
「はい?」
ホセは、主語抜き言葉の為、よく分からない。
「誰が、ですか?」
「盗んだやつ」
「【造形砂糖モノ】をそんなに盗んで、何を、するつもりなんですか?」
「それは、分からん」
眼鏡男は、断定するが、続ける。
「でも、何に使おうとしているかは、分かってる」
「それは、分かってるんですか?」
「分かってる。
近々、町長選挙があるやろ?」
「ああ、来月の」
「そうや。
来月早々に告示で、来月下旬くらいに投票のやつ」
「はい」
「それに、使うつもりらしい」
ホセは、リュウと顔を、見合わせる。
「確かな情報なんですか?」
「情報の出所は言えんけど、確かな筋からの情報や」
現在の状況は、確かに分かった。
が、ホセは、イマイチ、怪訝。
「で」
「おお」
「それと僕らに、どんな関係が?」
ホセは、答えを求めて、眼鏡男を見る、見つめる。
リュウも見る、見つめる。
「それやがな」
それ、らしい。
「「はい?」」
ホセとリュウは、声を揃えて、訊き直す。
「警察は、勿論、動いてる」
「はい」
「でも、『表立って』とか、『正々堂々に』とかしか、動けん」
「はい」
「でも、この件は、『裏の動きも、重要』やと思う」
「はい」
「そこで」
「そこで」
「君らの出番や」
「僕らの?」
「そや。
警察ができん裏の動きを、バッチリしてくれ」
ホセは、リュウを見て、苦笑する。
肩を、竦める。
リュウも、ホセを見て、苦笑する
肩を、竦める。
「分かりました」
「おお、有難い」
「では」
「おお」
「犯人の情報とか、僕らの役に立ちそうな情報とか、
教えてもらえますか?」
「ああ。
警察の内部情報や機密情報も含め、教えたる」
「町長選挙に立候補してんのは、この三人」
眼鏡男が、写真を示して、言う。
そして、続ける。
「六十代のおっさん二人に、五十代のおっさん一人」
「この三人だけ、ですか?」
「そや。
でも、多分、『この二人の一騎打ちになる』と思う」
眼鏡男は、六十代のおっさん二人の写真を指して、言う。
「なら、考えられるのは ‥ 」
「そや、どっちかの陣営が、【造形砂糖モノ】を使って、
『相手に、悪さしよう』としている可能性が、高い」
「ほな、両方とも、探ってみます」
「ああ、頼むわ」
眼鏡男は、ホセとリュウを交互に見て、言う。
そして、まじまじとリュウを見て、続ける。
「リュウ」
「はい」
「そのカッコで、動くんか?」
リュウは、衣服を付けてはいるものの、龍型の【造形砂糖モノ】であることを、隠していない。
「はい。
そのつもりですけど」
眼鏡男は、呆れる。
呆れ顔を、する。
「あかんあかん。
むっちゃ、目立つやないか。
それで動かれたら、モロバレもええとこ、やん」
「あきませんか?」
「あかんあかん。
ちゃんと、変装しろ」
「変装ですか~」
「トランスフォームとか、メタモルフォーゼとか、変身したらええやんけ。
【造形砂糖モノ】なんやから、それぐらいできるやろ」
「いや、一遍、形取ってしまうと、他のものになりませんねん」
「なんや、そうなんかいや。
大きさは、変えられるのに?」
「はい」
眼鏡男は、宙に眼を彷徨わせて、考える。
「なら、あれやな」
「あれ?」
「探偵なんやから、黒スーツに赤ネクタイ、黒中折れ帽に黒革靴、やろ」
「それ、探偵物語とか、ハードボイルド小説とか、
見過ぎ読み過ぎ、ちゃいますか?」
眼鏡男は、眼を細めて、口をへの字に、する。
「なんや、嫌か、反対か?」
リュウは、察する。
「いや、嫌でも反対でも、無いです。
俺も、『それは、カッコええ』と、思います」
眼鏡男は、容貌を、一転。
「そやろ」
でへへー顔。
リュウは、心で、胸を、撫で下ろす。
「で」
ホセが、話を、元に戻す。
「工藤さんは、どちらが怪しいと、思ってはるんですか?」
眼鏡男 ‥ 工藤は、動きを、止める。
「う~ん ‥ 」
そして、溜める。
そして、続ける。
「半々」
「はい?」
「どっちも、怪しい」
「どっちも、ですか?」
「うん。
どっちも」
「あえて言えば」
「どっちも」
「 ‥ 」
ホセは、話の接ぎ穂を、失くす。
「丁度、ええやん」
「はい?」
工藤の言葉を、ホセは、訊き直す。
「二人いるんやから、丁度、ええやん」
「 ‥ ああ、そう云うこと、ですか」
一人一人、候補者に付いたら、ええやん。
ホセ、リュウ、各自で別個に、動いたら、ええやん。
そう云うこと、だった。
「ほな、そうしましょうか」
「そうしてくれ」
そうすることに、なった。
ホセは、選挙事務所前に、居る。
告示日前なので、人の動きは少ない。
が、ポスターが、あちこちに、貼られている。
それが、ここが選挙事務所であることを、如実に、示している。
ホセの担当は、六十代のおっさんの片方、服部候補者。
立場的に、保守で、与党の支持を、受けている。
また、相乗り候補でもあり、一部の野党の支持も、受けている。
一応、一騎打ちの選挙戦、と、捉えられている。
が、下馬評では、服部候補が当選する確率が、一番高い。
と云うことは、普通に選挙運動していれば、当選する確率は、一番高い。
そんな人が、危ない橋渡って、そんなことするか?
ホセは、思う。
するんだね、それが。
選挙は、異常事態、大いなる躁状況、むっちゃハイテンション。
通常では、考えられないことを、運動に関わった人は、犯しがち。
まあ、気持ち上がりまくって、気持ちを追い詰められもするから、そうなるのだろう。
善悪の判断がつかずに、手段が目的化する、のだろう。
バレた時の多大なるダメージを考えずに、目先の利益に走る、のだろう。
『分析はできるけど、理解はできん』、の典型。
まあ、するんやろーなー。
ホセは、再度、思う。
リュウも、選挙事務所前に、居る。
キチンと、黒スーツに赤ネクタイ、黒中折れ帽に黒革靴、の姿だ。
『赤ネクタイが、目立つ』と思ったが、マット調の色彩なので、それほどでもない。
リュウの担当は、六十代おっさん候補の片割れ、松本候補。
当に、服部候補と競っている候補。
革新候補で、多くの野党が、支持している。
こちらも、告示日前なので、人の動きは少ない。
が、ポスターが、あちこちに、貼られている。
それが、ここが選挙事務所であることを、如実に、示している。
ポスターには、にこやかに笑う人物、中央に、在している。
候補者単独のものがあれば、子供達に囲まれているポスターもある。
もう一人と併載されているポスターもあれば、著名な政治家と握手しているポスターもある。
どのポスターも、修正が、夥しいようだ。
候補者の顔写真が、リュウが見た写真と、全然、違う。
まるで、違う。
ま、今時は、当たり前か。
リュウは、思う。
当たり前、やな。
一般人でも、ネットに上げる自画像には、修正を掛ける。
皺を無くし、眼を大きくし、顔を小さくする。
光量を上げ、画面を白くし、余分な部分を削除する。
そもそも、モデルとか芸能人が、写真に撮られる際に、ライトが当てられる。
レフ板で、下から光が、反射される。
決まった角度からしか、撮影しない。
そう云うもの。
まあ、そう云うもんか
リュウも、再度、思う。
告示日後、数日が、経つ。
選挙運動、真っ盛り。
ホセとリュウが張り付いてから、一ヶ月とちょっと、経つ。
「リュウ」
「ん?」
「何か、成果、あったか?」
ホセが、リュウに、諦め声で、訊く。
「なんも。
そっちは?」
「右に同じ」
「やっぱりか」
ホセとリュウは、今までのところ、成果は、上げられていない。
確かに、胡散臭い選挙活動は、あった。
供応臭い、贈賄臭い、そんな動きは、両陣営に、あった。
でも、それは、白では無いにしろ、ハッキリと黒でも無い。
所謂、完璧なグレーゾーン、だった。
それに、そう云うことは、選挙に出る人・選挙陣営は、昔から、やっている。
多かれ少なかれ、誰でも、やっている。
今回の件に対する、完全な決め手、には欠ける。
「手詰まり、やな」
「そんな感じ、やな」
ホセの言に、リュウは、同意する。
ホセとリュウは、中空を睨み、口を噤む。
二人共、沈思黙考に、入る。
‥‥
‥‥
「なあ」
リュウが、先に、口を、開く。
「このままじゃ、埒明かんのとちゃうか?」
「そんな感じが、する」
投票日まで、あと、一週間。
それまでに、カラクリを明らかにし、犯人を捕らえ、以後の盗難を防がなくては成らない。
相変わらず、盗難は、起きている。
そして、警察は、相変わらす、手掛かりすら、掴めていない。
人の出入りは、更に、激しくなる。
両選挙事務所に、人が、入れ代わり立ち代わり、出入りする。
その内の、何人かに、ホセは、気付く。
何人かの、身体の動きに、ホセは、気付く。
なんや、動きが、粉っぽい。
ホセは、気付いて、思う。
確かに、粉っぽい。
なんか、サラサラしてると云うか、流れる様だと云うか。
そんな感じ。
対して、リュウも、気付いていた。
なんや、粉っぽい。
リュウも、気付いて、思う。
確かに、粉っぽい。
なんか、サラサラしてると云うか、流れる様だと云うか。
そして、それは、【造形砂糖モノ】に、特有のムーブ。
告示日当日には、いなかった顔、だ。
運動員として、出入りしてなかった顔、だ。
この一週間の内に、出入りする様になった、らしい。
両陣営の事務所に、それぞれ、出入りする様になった、らしい。
「『等しく奇妙な、偶然の一致』、やな」
ホセは、リュウの話を聞いて、言う。
「俺も、そう思う」
リュウも、同意する。
「この一致、頭の中で、警戒音が、鳴ってるぞ」
「俺も」
「出来過ぎた一致、としたら」
「うん」
「必然か、意図的か、そこらへんやろうな」
「うん」
「もうちょっと、洗うか?」
「うん?」
リュウは、分からない。
「ああ、分からへんか。
もうちょっと、調べるか?」
「そやな」
ホセとリュウは、新運動員について、もうちょっと、探ることにする。
新運動員は、バイト、だった。
全員、バイト、だった。
支持者でも、縁故でもなく、バイト。
そう云うバイトを手配する会社から、一括で、派遣されている。
両事務所とも、同じ会社から、派遣されている。
「うん、引っ掛かるな」
ホセが、言う。
「うん、引っ掛かるな」
リュウも、言う。
「この会社について、詳しいこと分からへんのか?」
ホセが、リュウに、問う。
「ああ、調べといた」
「さすが」
「選挙運動のバイト派遣を、専門にしている会社で、
もう一人の選挙事務所にも、バイト、入れてるらしい」
「もう一人って、第三候補の、五十代のおっさん?」
「そう、それ。
相木候補」
リュウが、ここで、ニヤリと、笑う。
「もう一つ、情報があって」
「何や、それ?」
「割と、決定的」
「勿体ぶらんと、早よ言えや」
リュウが、溜める。
溜めて、言う。
「相木候補の又従兄が、そこの経営者」
「どこの?」
「運動員のバイトを、派遣している会社の」
ホセは、眼を、キョトンとさせて、断言する。
「それもう、決まりやん」
「そやな」
「何や、『悪さしよう』と思って、両陣営の事務所に、バイト、
送り込んだんやろ?」
「俺も、そう思う」
「なら、決まりやん」
「でも ‥ 」
リュウは、口籠り、続ける。
「具体的には、何も、ないねん」
「はい?」
「バイト達は、何も、両陣営に不利益になる行動、取ってへんねん」
「マジ、で?」
「マジ、で。
どころか、熱心に、選挙活動、手伝ってる」
ホセは、ちょっと、コメカミを、揉む。
「なんやそれ。
突破口に、ならへんやん」
リュウは、ホセを慰める様に、口を、開く。
「でも、『バイト送り込んでる』ってことは、何らかの魂胆があるはず、
やから ‥ 」
「やから」
「どっかでボロ出すかもしれんから、油断せずに、
監視しつづけなあかんやん」
「 ‥ そやな。
ほんで、それと並行して、もう少し、探り入れてみるか」
「そうしよ」
ホセは、気持ちに折り合いをつけ、提案する。
リュウは、一安心で、同意する。
探りを、入れる。
が、一向に、怪しい動きは、無い。
ちゃんとした選挙活動に、従事している。
「あかんな。
出んな」
「ああ、あかんわ。
おかしな動き、出んわ」
ホセに、リュウは、同意する。
同意して、続ける。
「変わったことと云えば、二人のとこはバイト増えてんのに、
相木のとこは変わらん、ぐらいやな」
ん?
ホセは、何か、引っ掛かる。
リュウの発言に、引っ掛かる。
「二人のとこは、どんだけぐらい、バイト増えてるんやっけ?」
「それぞれ、倍ぐらいに、増えてるなー。
運動員の半分近くまで、バイトが、占めとる」
「やっぱり、手配は?」
「相木の股従兄のとこの会社、やろなー」
外側から見ると、相木候補は、バイトを介して、服部候補、松本候補の両陣営に、影響を増している。
が、一向に、行動には、出ていない。
バイトは、至極真っ当な選挙活動しか、していない。
相木候補に、有利。
服部候補、松本候補に、不利。
と云ったようなことは、今のところ、行なっていない。
う~ん。
う~ん。
ホセは、考え込む。
リュウも、考え込む。
投票日、迫る。
投票日、三日前。
ボロは、出ていない。
服部候補、松本候補、両陣営に、おかしな動きは、無い。
相木候補側にも、無い。
変わったことと云えば、服部候補、松本候補のバイトが、当初の三倍、になったこと。
増えた選挙運動員は、そっくり、バイトが、手配されている。
相木候補は、運動員が増えても、バイトの数は、そのまま。
ただ、バイトは、普通に、選挙運動をしているだけ。
それは、三候補とも、変わらない。
「えっ」
ホセが、新聞を見て、声を、出す。
驚きの呟きを、上げる。
「どうした?」
リュウが、ホセの方を、見る。
「これこれ」
ホセが、リュウに、新聞の見出しを、示す。
【三日後、町長選挙 有権者増加、投票率も増加なるか】
とか、見出しが、記載されている。
「これが、何や?」
リュウが、ホセに、訊く。
「これこれ」
ホセが、再び、リュウに、新聞記事を、示す。
「これが、どうした?」
「よう読んでみ」
リュウは、よく読む。
が、有権者が増加していることしか、分からない。
「これが、何や?
有権者が増えてるから、当たり前やろ」
「前回の選挙と比べてみ」
リュウは、前回選挙の有権者数と、今回の有権者数を、比べる。
「 ‥ あ ‥ 」
ホセが気付いたことに、リュウも、気付く。
前回選挙より、今回選挙は、有権者の数が、増えている。
前回より一割以上の比で、有権者は、増えている。
連動している。
人口増加率と、連動している。
増えている
各選挙区の有権者数は、増えている。
各選挙区の有権者数増加率と、人口増加率が、連動して、増えている。
増えていない選挙区は、無い。
それが、そっくりそのまま、浮動票になっているようだ。
最新の得票予想では、服部候補二十%強、松本候補二十%弱、相木候補十五%強、残り四十五%程が浮動票。
浮動票の行方が、選挙結果を、大きく左右する。
「ホセ」
「ん?」
「もう一つ、気付いたんやけど」
「何や?」
「これ」
と、リュウは、ホセに、紙面を見せて、言う。
「人口増加がそのまま、有権者増加になっている、と云うことは」
「おお」
「ここへの移住者、全部成人って云うか、十八歳以上、ってことか?」
「ああ、そう云や、そうなるな」
リュウは、ここで、眉を、ひそめる。
「今回の選挙に合わせて、有権者が移住して来た、ってことか?」
「う~ん。
『そう言おう』と思えば、そうとも云えるな」
「いや、それ、おかしいやろ」
「おかしいな。
作為的なものを、感じるな」
リュウは、不快感を、隠せない。
ホセは、怪訝感を、隠せない。
ホセは、続ける。
机に近付き、続ける。
「ちょっと、調べてみるか」
机の上の、ノートパソコンを、開ける。
ノートパソコンを、立ち上げる。
立ち上がったら、ブラウザを、開く。
町の選挙管理委員会のサイトを、開く。
しばらく、カチャカチャやる。
リュウは、静かに、見守る。
「うん。
やっぱり、キナ臭いな」
「なんや、分かったんか?」
「ああ、三ヶ月前くらいから、どの選挙区に於いても、有権者が、
増えてる」
「三ヶ月前、って」
「ああ、有権者になるには、この町に、三ヶ月前までに、
移住してんとあかん」
「むっちゃ、作為的やん」
「そやな」
ホセは、返事をして、続ける。
「で、年齢別有権者数やけど」
「うん」
「お年寄り、中高年の有権者数に、あまり変動が無いのに」
「無いのに」
「若い世代が、増加している」
「と云うことは」
「『有権者の増加は、若い世代の増加』、ってことやな」
「具体的には、何歳ぐらい?」
「十八歳~二十二歳くらいまで、やな」
「それって ‥ 」
「まあ、バイト世代、やな」
なんか、繋がった様な気、がする。
でも、枝葉末節は繋がったけど、繋がった枝葉末節同士は、まだ、離れているような。
枝葉末節を繋げる幹は、まだ、掴めていないような。
そんな、もどかしい感じ、もする。
ああ、有権者(バイト世代)増加と、【造形砂糖モノ】盗難頻発が、まだ、繋がってないんや。
だから、まだ、気持ち悪いんや。
ホセは、思い至る。
思い至るが、『繋げそうな』いい考えには、至らない。
案の定、だった。
服部陣営、松本陣営のバイトは、最近、町に移住して来た者、だった。
しかも、押し並べて、三ヶ月くらい前。
決まりやな。
相木陣営の罠、やな。
と、ホセは、思う。
思うものの、状況証拠でしかない。
現段階では、ホセの仮設に、過ぎない。
三ヶくらい前、か ‥
‥ ん? ‥
♪ タタ、タタッ タタ、タタッ
(ホセの頭の中で)
テーマ曲が、鳴る。
その場に、響き渡る。
三ヶ月くらい前、って ‥
【造形砂糖モノ】の盗難が始まった頃、やないか?
ペラ ‥ ペラ ‥
ペラ ‥ ペラ ‥
ホセは、情報をまとめたノートを、捲る。
やっぱり。
【造形砂糖モノ】の盗難が始まったのも、その頃。
正確には、三ヶ月より、少し前。
でも、誤差の範囲内、ではある。
ホセは、仮設を、組み直す。
仮説は、強化される。
説得力が、増す。
巧妙な絵が、見えて来る。
今回の全体構図が、掴める。
ガチャ
「ただいま」
そこへ、リュウが、戻って来る。
「おかえり」
ホセは、出迎える。
笑みを隠さず、出迎える。
あ、何か、思い付いたな。
リュウは、口元に笑みの浮かぶホセを見て、思う。
「リュウ、思い付いたんやけど」
ホセは、早速、リュウに、説明し出す。
「ちょっと、待ってくれ。
先に、手洗い、うがい、させてくれ」
リュウは、喰い気味に話そうとするホセを、押しとどめる。
「ああ、すまん」
ホセは、素直に、引き下がる。
この感じ。
この感じは、解けたな。
リュウは、満足そうに、洗面所に、行く。
投票日、当日。
当選予想は、未だ、確実なものとは、なっていない。
服部候補二十%強、松本候補二十%弱、相木候補十五%強、残り四十五%程が浮動票、が、そのまま維持されている。
この投票日当日まで、維持されている。
近年、稀にみる、大激戦。
浮動票の行方が、誰かの当選を決め、誰かの落選を決める。
支持率の差はあるにせよ、誰にも、当選のチャンスが、ある。
予想投票率は、高くない。
大体、五十%弱、だ。
投票率が低いとなれば、やはり、組織票が、底固い。
その意味では、やはり、服部候補に、分がありそうだ。
が、今日の天気予報は、晴れ。
快晴、だ。
実際の投票率は、期待できる。
やはり、当落は、分からない。
町の中心から外れた、地域。
ひと気が無くて、車の行き来も、少ない。
ここに、建物が、ある。
廃工場、だ。
でも、ここには、ここ最近、人の出入りがある。
廃工場跡に、住んでいる人が、いるらしい。
廃工場から、続々、人が、出て来る。
ぱっと見ただけでも、数百人は、いそうだ。
皆、一様に、若い。
歳の頃で云えば、十八歳~二十二歳くらい。
人々は、バスに、乗り込む。
バスは、複数台、止まっている。
バスの正面窓には、バスの行き先が、示してある。
バスの正面窓上部に、細長い紙が、張り付けてある。
そこには、【第一選挙区】とか【第二選挙区】とか、書かれてある。
人々が、バスに、乗り込む。
バス群を見定める様に、その人物は、立っている。
バスに乗り込む人々を、監視するかの様に、立っている。
空は、青。
所々、白。
当に、快晴。
その人物は、満足そうに、ニヤリ微笑む。
♪ タタ、タタッ タタ、タタッ
(ホセの頭の中で)
テーマ曲が、鳴る。
その場に、響き渡る。
ザッ
姿を、現わす。
ホセが、姿を、現わす。
ホセは、半身に、構える。
構えて、下ろしていた左腕を、上げる。
相手に向けて、左腕を、突き出す。
左手を、相手に向け、人差し指と中指を、突き出す。
親指を、立て気味に、する。
「やっと、見つけたぜ」
ホセは、左腕で相手を射据えて、言葉を、出す。
「ふん」
その人物は、納得した様に、息を、吐く。
息を吐いて、続ける。
全く、動じていない。
「周りを、こそこそ探っていた輩、か」
ホセとリュウの行動は、先方に、気付かれていたらしい。
「まあ、その輩、やな」
悪びれす、ホセは、答える。
ホセは、余裕の笑みを崩さす、続ける。
「やっと、繋がって、解けたわ」
「何が、だ?」
「【造形砂糖モノ】の盗難と、選挙の有権者増加」
「 ‥ 」
その人物は、黙り込む。
「【造形砂糖モノ】を盗んでも、使った形跡は無いし、
『何で、盗むねん?』と、思ってたんや」
「 ‥ 」
「やっと、分かった。
【造形砂糖モノ】で、歳若い有権者を作って、
相木候補の得票数を多くして、当選させるつもりやったんやな」
「 ‥ 」
「で、その、【造形砂糖モノ】で作った、歳若い有権者に、
対立候補のバイトをさせて、対立候補の得票数の読みを、
ハズレさせるつもりやったんやな」
「 ‥ 」
「まさか、自分とこのバイトが、対立候補に票入れるとは、思わんもんな」
「 ‥ 言いたいことは、それだけか?」
「もう一つ。
あんたの名前も言いたい」
「 ‥ 」
「相木候補の伯父の、竹田権蔵、やろ」
「 ‥ 言いたいことは、終わりか?」
「ああ、終わりや。
後は、あんたらを、止めるだけや」
ホセは、力を抜いて、力強く、宣言する。
その人物 ‥ 竹田権蔵は、『片腹痛い』と云う様に、口の端で笑って、述べる。
「いや、できんやろ」
「 ‥ 」
「今更、どうやって、不正を、告発すんねん」
「 ‥ 」
「証拠固めきれてないやろうし、そもそも、証拠が弱い。
物理的証拠や無くて、状況証拠や」
「 ‥ 」
「『後追いで、告発すればいい』とか思ってるかも知れんけど、
誰かを人身御供に差し出して、そいつの一存でやったことにするから、
候補者には、被害が及ばんようにする」
「 ‥ 」
竹田権蔵は、一息ついて、周りを、見渡す。
「それに ‥ 」
見渡して、続ける。
「多勢に無勢、勝ち目は無いやろ。
現実を見ろ」
竹田権蔵は、薄く笑って、突き付ける。
ホセは、息を抜いて、軽く、微笑む。
「果たして、そうかな」
ホセは、左腕を、上げる。
高々と、上げる。
頷く。
リュウが、頷く。
中国の龍の様に、巨大化したリュウが、頷く。
そして、降らす。
雨を、降らす。
辺り一帯に、降らす。
周囲は、土砂降る。
雨の音さえ、けたたましい。
が、竹田権蔵は、雨にも、動じない。
余裕の笑みを、崩さない。
「無駄無駄」
言葉を、続ける。
「海水やあるまいし、雨とか水道水では、【造形砂糖モノ】にダメージは、
負わせられへん」
ホセは、ニヤッと、微笑む。
「それは、どうかな」
竹田権蔵の口に、入り込む。
降って来た雨が、顔を伝って、頬を伝って、口に入り込む。
竹田権蔵は、雨を、味わう。
!
衝撃が、走る。
ショックが、頭を、突き抜ける。
「これは!」
辛い!
塩辛い!
ホセは、竹田権蔵の様子に、満足気。
「な。
『それは、どうかな』、やろ?」
「何で、雨が、塩辛いねん!」
竹田権蔵は、問う。
ホセに、問う。
「そら、海水やから」
「何で、海水が、空から、降ってくるねん?!」
ホセは、頭上を、指差す。
それを伝って、竹田権蔵は、顔を、上に動かす。
目線を、上に、上げる。
辺りの空全体を、影が、覆っている。
その影から、海水は、降り落ちている様だ。
影は、全体的では、無い。
もっと言えば、長いものが、空を覆っている様に、見える。
とぐろを巻いて、空をカバーしている様に、見える。
とぐろを巻いた、長いものが、睨む。
首をもたげ、竹田権蔵を、睨む。
リュウに睨まれ、竹田権蔵は、たじろぐ。
は!
たじろいでいる場合、じゃない!
竹田権蔵は、辺りを、見廻す。
溶けている。
皆が、溶けている。
バスに乗り込もうとしていた、バイトの皆が、溶けている。
顔を崩し、身体を崩し、溶けている。
眼球を落ち垂らし、腸を落ち垂らし、溶けている。
動くことも、喘ぐことも、しない。
蠢くことも、苦しむことも、しない。
ただ、溶けている。
元の形態が、見る見る、崩れ去ってゆく。
人の形態を、見る見る、失ってゆく。
溶け落ちる光景は、グロいもの。
でも、溶け去ってしまえば、そこには、苦い余韻は、無い。
溶け去った皆は、粉に、なる。
粉になって、小山に、なる。
【造形砂糖モノ】に、戻る。
それに、風が、吹く。
風が、小山を、崩す。
そして、風は、小山を、連れ去る。
後には、地面だけ、残る。
雨が降り、風が吹く。
雨が溶かし、風が吹き連れ去る。
そして、後には、誰も、いない。
バイトは、ほとんど、いなくなる。
残りの数人も、『いなくなるのは、時間の問題』、だろう。
竹田権蔵の策は、崩れ去る。
雨と共に、流される。
風と共に、吹き飛ばされる。
これで、姑息な手段は、無くなる。
純粋(『実の中身は、純粋とは云えない』だろうが)な選挙活動のみの、結果待ちに、なる。
おそらく、相木候補の当選の目は、無くなったことだろう。
有権者が減ったわけだから、投票率は、下がるだろう。
溶けて無くなったわけだから、行方不明者は、増えている。
しばらく、新聞社と警察は、忙しそうだ。
はてさて
とでも言う様に、ホセは、腕を、組む。
参ったな
とでも言う様に、竹田権蔵は、両肘を曲げ、両上腕を上げる。
肩を竦めて、首を傾げる。
ホセは、雨に濡れて、ずぶ濡れ、だ。
短髪にしているのに、頭から、雨水が、滴り落ちて来る。
濡れた服の色は、変わりつつある。
竹田権蔵も、雨に濡れて、ずぶ濡れ、だ。
セットした髪型が崩れ、そこから、雨水が、滴り落ちている。
濡れた服は、重そうだ。
だが、二人共、雨を、ものともしていない。
降り落ちる雨に負けず、お互いを、見つめている。
視線を、闘わせている。
はいはい。
今回は、俺の、負けです。
と言う様に、竹田権蔵は、踵を、返す。
百八十度廻って、後ろを、向く。
そして、歩み始める。
そのまま、歩き進む。
『そのまま、立ち去る』かと思ったが、急に、立ち止まる。
立ち止まって、身体を、震わせる。
振るえは大きくなり、揺れになる。
身体の揺れが、大きくなる。
気のせいか、揺れに応じて、身体のシルエットが変わって来ている、様な気がする。
いや、気のせいでは、ない。
変わって来ている、崩れて来ている。
クルッ
竹田権蔵が、振り向く。
こっちを、ホセの方を、向く。
ぐずぐず、だ。
竹田権蔵の顔は、既に、ぐずぐずに、なっている。
眼球を落ち垂らし、鼻は、既に、落とし無くなっている。
唇を無くし、歯と歯茎が、丸見えだ。
髪の毛は、頭皮の崩れと共に、流れ落ちている。
身体は、肉体がスライムになったかの様、だ。
かろうじて、人型を保っているのは、骨のお蔭だろう。
何で ‥
何で、俺が ‥
竹田権蔵の口は、形作る。
崩れた口で、声を、音を、形作る。
声は、音は、出ない。
眼を、見開いている。
多分、眼球があった辺りの筋肉を、見開いている。
ずぶずぶ
ぐずぐず
竹田権蔵は、崩れ落ちる。
顔を失くし、手脚を失くす。
上半身を失くし、下半身を失くす。
人型を失くし、小山となる。
ピンク色の小山は、白色へと、変わる。
白色に、粉状に変わった小山に、風が、吹きつける。
風は、粉を、小山を、吹き飛ばす。
もう、竹田権蔵は、いない。
雨が、降り止む。
塩辛い、海水の雨が、降り止む。
「もう、ええか?」
天空のリュウが、尋ねる。
「ああ、ええで。
ありがとう」
ホセが、答える。
リュウは、身体に含んだ海水を、吐く。
口から吐いた海水は、飛んで行く。
海目指して、水滴を振り撒きながら、飛んで行く。
それを追って、虹が、掛かる。
リュウは、縮む。
見る見る縮んで、人間大に、なる。
ズザッ
ホセの横に、静かに、ソフト・ランディングする。
そして、口を、開く。
「終わったか?」
「ああ、終わった。
そっちは、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫。
でも、明日一日は、あかんやろな」
「そら、しゃーないわな。
明日は、ゆっくり、寝込んどけ」
「そうさせて、もらうわ」
海水耐性の薬剤を飲んだ【造形砂糖モノ】は、服用直後の二十四時間は、海水に、溶けないでいられる。
が、その後の二十四時間は、生体活動が、急低下する。
簡単に云えば、二十四時間後から四十八時間後までの丸々一日、寝たきりになる。
動かず、トイレにも行かず、寝込んでしまう。
所謂、プチ植物人間状態、になる。
リュウは、返事の後、続ける。
「まさか、こうなるとはな」
「ああ」
「竹田のおっさんも、【造形砂糖モノ】、やったわけや」
「そやな」
「ちゅーことは、相木候補も【造形砂糖モノ】の可能性、が ‥ 」
「あり得るな」
「マジか」
ホセとリュウは、何かを思い考え、黙り込む。
バイトは、【造形砂糖モノ】。
そして、竹田権蔵も相木候補も、【造形砂糖モノ】。
おそらく、『竹田権蔵も相木候補も、本物ではない』、のだろう。
本物は、監禁されているか、国外追放されているか。
あるいは、始末されているか。
つまり、バイト始め、竹田権蔵も相木候補も、『ゲームの駒に過ぎなかった』、と云うこと。
『黒幕が、【造形砂糖モノ】で作ったプレイヤー』に過ぎなかった、と云うこと。
『黒幕が、【造形砂糖モノ】を使って、町の実権を握ろうとしていた』ってことか。
黒幕、誰や?誰なんや?
ホセは、思い悩む様に、眉間に皺を、寄せる。
そんなホセを見て、リュウは、声を掛ける。
「まあ、今回は、敵の作戦、ブッ潰せたし、OKにしとこ」
「 ‥ そやな」
「また、なんか、起こりそうな気もするが、そん時は、そん時で」
「そやな」
「【造形砂糖モノ】の盗難も、これで治まる、やろうし」
「そやな」
ホセは、リュウに返事をして、続ける。
「犯人は、捕まらんやろうけどな」
「確かに、消えて無くなっとる」
ホセとリュウは、笑い合う。
町長選挙は、選挙結果予想通り、服部候補が、当選する。
得票数で云えば、一位:服部候補、二位:松本候補、三位:相木候補。
選挙結果予想と、全く同じ順位、になる。
だが、問題になったのは、投票率。
尋常じゃない数の棄権があった為、三五%に行くか行かないかぐらいの投票率に、治まった。
新住民の有権者や、浮動票層が、軒並み棄権したらしい。
「こんな投票率で、民意が反映されたと云えるのか!」
と、負けた候補や、何やかんやの団体から、抗議が、巻き起こる。
投票結果の有効性取り消し、を求めて、裁判所に、提訴される事態になる。
が、裁判所は、選挙結果を、そのまま認めて、訴えを却下。
晴れて、服部町長が、誕生する。
「結局、服部さん、か」
リュウが、新聞を見ながら、言う。
「そやな」
「まあ、俺らには、直接関係無い、けどな」
「少しは、ある」
「少し ‥ ?」
リュウは、怪訝な顔をして、ホセを、見つめる。
「服部さんと、友達になった」
「えっ!
いつ?」
「張り込んでいる時」
「あかんがな」
「すまん」
「調査対象者と、親しくしたら、あかんがな」
「すまん。
つい、うっかり」
リュウは、『しょーがねーなー』の顔をする。
「まあ、今回は、結果オーライ、やけどな」
「面目無い」
ホセは、下手に出て、続ける。
「と云うわけで」
「と云うわけで?」
「俺らに、町長の知り合いが、出来た」
「ふん?」
「何か、仕事、廻してもらえるかも、しれへん」
ホセは、希望的観測を、述べる。
リュウは、それを、打ち砕く。
「無い、やろ」
「そーかー?」
「無い無い。
何の為に、あんだけ、町役場に、役人おんねん。
あんだけおったら、町長の用事なんか、充分過ぎる程、賄えるやろ」
「そういや、そうか」
ホセは、意気消沈。
そこへ、
リーン リーン
電話のベルが、鳴る。
ガチャ
ホセが、黒電話の受話器を、取る。
「リュウ・ホセ探偵事務所です ‥ 」
ホセが、電話に、出る。
《 ‥ 》
「あ、はい、そうです。
この度は、おめでとう御座います」
《 ‥ 》
「それは構いませんが、何の御用ですか?」
《 ‥ 》
「はい。
今から伺っても、よろしいですか?」
《 ‥ 》
「分かりました。
じゃあ、今から伺わせて、もらいます」
《 ‥ 》
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。
では、後ほど」
‥ (静かに、丁寧に)ガチャン
「何や?
えらい丁寧に、対応してたな」
リュウが、不思議そうに、訊く。
「町長」
ホセが、答えて、続ける。
「服部新町長」
「 ‥ 何やて?」
「仕事の依頼。
詳しくは、「会って話す」って」
「職員とかには、頼みにくい仕事が、こちらに廻って来たか ‥ 」
リュウは、独り言の様に、呟く。
呟いて、続ける。
「なんや、嫌な予感が、するなー」
「嫌な予感?」
「『職員に依頼しにくい仕事って、表沙汰にしにくい仕事』、
ってことやろ」
「そやろな」
「つまり、『裏の仕事』、ってことやろ」
「そやろな」
「なんかなー」
リュウは、スッキリとしない顔を、浮かべる。
ホセは、キョトン顔を、浮かべる。
「でも」
「おお」
「それって」
「おお」
「俺らが、いつもやってる仕事やん」
ホセは、スッキリと、断定する。
今度は、リュウが、キョトン顔。
キョトン顔が、苦笑い顔に、変わる。
「確かに、そうやな」
苦笑いが、爽やかな笑いに、変わる。
{了}