5.
《魔王》は10年と少し前、まだ中学生の頃に事故で寝たきりになったそうだ。
――そしてあるとき、いつ終わるとも知れぬ長い夢を見始めた。
最初は過去の記憶。
しかしある時、全く知らない《記憶》が垣間見えるようになる。
それは近くにいる――同じように「夢」を見ているらしい、誰かの記憶のようだった。
長いこと夢を見ている人もいれば、すぐに居なくなってしまう人もいる。
知らない誰かの夢を、誰かの記憶を見るのは面白かった。
それは、彼自身の記憶にもなり、その記憶で彼の夢の世界は広がった。
でも、それは彼自身の夢でしかなかったのだ、あるときまでは。
「急にね、自由に動けるようになったんだ」
そして彼は全ての人の「夢」の世界をつなげ、そこに新しい世界を作った。
おそらく、それは彼の肉体が死んだのと同時だった。
そして、システムに繋がれた人々が目覚めなくなった。
人々の意識を、彼がシステムにつなぎ止めたから。
――システム、
目覚めない人々――
聞き覚えのあるキーワードだ。
「――え。つまり、ここはクオンタム何とかの中ってこと?」
「名前なんかしらないよ、でも君の記憶によればそうなんじゃない?」
――いや、何で私はそんなシステムに事故発覚後に繋げられているんだ……?
あんなに大騒ぎをしていたのに?
今そんなことを言ってもどうしようもないけども。
「繋がれた人たちは今どうなってるの?」
「――皆、目覚めたいって言うんだ。この世界が無くなったら、僕は居なくなってしまうというのに」
寂しそうな顔のまま、《魔王》は言った。
「だから、皆ここで眠っているよ。目覚めないように」
そう言われて、周囲を見回すと、無数の彫像のようなものが広間の中にあるのに気づく。
私は、急に底冷えするような寒さを覚えた。
――実際に、目の前にいるのは《魔王》なのかもしれない。ある意味では。
「――私のことはどうするの?」
「……さあ、どうしようか。僕はたぶん、木魂のようなものなんだよね。死んでしまったから。
君の意識が僕を認識しているから、僕は存在出来ている。
君が眠ってしまったら、僕は消えるのかも」
彼の人生はもう終わっていて、それは人の力ではどうなるものでも無い。それは確かだ。
同時に、今彼は目の前に居て、生きている――生きたいと思っている。
「じゃあさ――私と一緒に生きてみる?」
何言ってんだ、と自分でも思う。
でも寄る辺ない子ども(実際にそうだろう)が目の前で途方に暮れていて、全く手を差し伸べないということは出来ない程度に、私はお人好しだった。
「何言ってんの? そんなこと出来るわけ――」
「まあ分かんないけど。
でも、君が今、私の意識の中にいるなら。このまま、私と一緒に目覚めることは出来るかもしれない」
私は、彼に手を差し伸べた。