4.
「たけのこ?」
辿りついたダンジョンの最奥で。
魔王――ミンという巫女のフリをしていたそれが、虚を突かれたような表情で問い返した。
そう、実はミンちゃんが魔王だったのである!
ビックリでしょう。私はビックリした。
ずっと一緒に旅をしてきたミンちゃんが魔王だったなんて。
(まあ、道中色々あったんだなと思ってください)
つまり、自分で勇者を見つけて勇者をダンジョンに誘い込み、個別撃破してきたのだ。
賢い。
――でも。
「たけのこ入りのカレーって、ウチの学食の定番メニューだったんだよね」
何故かカレーに入っているたけのこ。
ミスマッチにもほどがあるし、意外に美味しい!ということもない。
たけのこはたけのこである。缶詰に入っている水煮のやつである。
そんなもんが入っているカレーがあるのは、我が母校の食堂だけである、多分。
他にもあったらゴメン。
「他にも色々さ、思い返してみたら――この世界って、私が知っているものがいっぱいあるんだよ」
空、風、町の匂いに至るまで、強い既視感を感じるものが沢山ある。
《混沌の夜》のせいで、前世の記憶と入り交じって、そうなるのかと思ってたけど――
「さすがに、たけのこ入りのカレーは無いからね」
この世界は、少し夢に似ている。
ちょっとずつ記憶にあるものが入り交じって、違う世界であるかのように構成されている。
夢の中でも、物凄く変なことがあって、そこに違和感を持つと、これは夢だと気づくことがある。
それがたけのこだった。
「――まさか、そんなことで気づかれるなんてね」
溜息交じりに《魔王》は言った。
「君は、どうしたいの? この世界なら、勇者として英雄でいられるんだよ。
現世に戻ったって、そんなに面白い人生じゃないでしょ」
――確かにそうだ。
元の人生に戻ったとして――戻れるとして、待っているのは14歳の前途洋々とした少年としての人生では無くて、疲れた求職中無職の瀬戸際30代女の人生なのである。
無職の時に次の仕事が見つからずに味わう焦燥はまさにジリ貧というやつで、今死ぬか、後が無くなって死ぬかならば、今死んだ方がだいぶマシなんじゃ無いかという気持ちになってくるのだ。
これは、経験した人間にしか恐らく分からない。
緩やかな、けれどそれは絶望だ。
そんなことを思いつつ、
「――でも、もし戻れるなら、戻りたいかな」
そう言った言葉は本心だった。
「どうして?」
「――私も、最初はこっちの人生の方がいいんじゃないかなんて思ったけど。
でも、この世界ではきっと知ってることしか起きないから。
だったら、知らないことが起きる元の世界の方がいい」
――それに、正直ふと思うのだ。
選ばれし勇者と、非正規雇用労働者ってほとんど変わらないんじゃ無いか?と。
つまり、使い捨てであるという点において。
だって、この世界には《勇者》の見いだし方があるように、勇者は今までに何人も何十人もいたのだ。
皆、魔王に倒されちゃったけど。
「――そうか。戻れる人生があって、いいね」
ちょっと寂しそうに《魔王》は言った。
「僕は多分、もう戻れる場所が無いからさ」
ウチの母校ではハヤシライスにたけのこが入っていました。