表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

 ダンジョンの最奥の、魔王の座。

 大広間には、今《勇者》である私と、《魔王》しかいない。


「何故、気づいた?」


 《魔王》が私に問う。私は、《魔王》の顔を正面から見据えて、答えた。


「――カレーライスにたけのこがはいっていたからだよ」



1.

 この世界には、定期的に訪れる《混沌の夜》というものがあって、それが訪れる度に世界は永久に変わってしまうという。

 そして、数少ない《勇者》を除いては、混沌の夜で「一体何が変わったのか」を認識出来ないのだそうだ。


 ある日訪れた《混沌の夜》によって、私は、自分が《勇者》であると知った。


 この世界が「変化した」ということを認識してしまったからだ。

 ――自分の「前世」を思い出すことによって。


 私は前世で、30代半ばの独身非正規職――というか、正確には無職で求職中そして独身(結婚予定も無し、恋人もなし)の、瀬戸際生活の女だった。

 今まで非正規雇用の経験しか無い、という時点でほとんどの場合履歴書で門前払いを喰らう中、初めて正規職への応募で面接までこぎ着けて、その面接に向かう途中だった。


 信号待ちをしていて、嫌なスリップ音がしたんだ。


 とっさにそちらを向くと、トラックがこちらに向かって突っ込んでくる最中だった。


 ――というのが、前世最後の記憶。


 次に気付いた時、最初に見えた天井があまりにも(前世の)田舎のお婆ちゃんの家の天井に似すぎていて、しばらく自分がどこに居るのか分からなかった。

 しばらくして、そもそも自分が見ている天井は産まれてこの方14年間見てきたものだ、と気がついたんだけど。


 現世では、王都にほど近い農村で育った14歳の少年だった。

 次男坊なので家を継ぐことは出来ず、そろそろ身の振り方――兵役に就くなり、都市か荘園に出稼ぎに出るなり――を考えなければいけない年頃だった。

 何という家父長主義社会だ。滅びればいいのに。


 少年に30代半ばの女の記憶が入ることで、少年の精神が崩壊したのか何なのか、今の私は、前世の私そのものの精神である。

 思い出した瞬間から、私は私そのもので、むしろ変化したのは周囲の状況の方だ。

 幸い、この身体の持ち主の記憶もきちんと残っていたので、生活に困ることは無いが。


 ついでに、《勇者》だということがバレると結構面倒そうなので、黙っていようかと思ったのだが、早々に見つかってしまった。


「あなたが《勇者》なのですね!」


 と、村を訪れた巫女(尾花栗毛の髪の美少女)にうっとりとした瞳で跪かれた日には、もう悪夢のようだった。


「君は《勇者》ではないの? 僕が勇者だってことが分かるんでしょ」

 農村から王都に向かう馬車(拉致されて乗せられた)の中で、私は巫女(ミンという名前らしい)に問うた。

「はい、私は《勇者》を見いだす能力があるだけなので。

 あなたを見いだすことが出来て良かったです、そうでなければ私などただの役立たずですからね」

 そう言ってにっこりと笑う。


 年頃の少年だったら、それだけで舞い上がってしまうほどの天使みたいな笑顔だ。

 ――いや、私でもぐらっとはくるけど。


そう思いながら馬車の窓から見た空は、何だかやたら既視感のあるものだった。

あの日――信号待ちをしていた、事故に遭うなんて思いもしなかったあの時の空も、こんな空だったっけ。

5月にしてはやたら暑い日だったが、面接ということで黒いスーツを着ていたんだった。

背中や首筋に当たる陽光が、ジリジリと感じられたのを覚えている。

今も、そんな感じの初夏の――麗らかすぎるほどに麗らかな昼下がりだった。


 しかしまあ、考えてみれば、「代わりなんて幾らでも居る」非正規労働者よりは、「勇者様」の方がなんぼかマシかも知れないな。

 と、その時は思った。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 絵がステキ、語り口も好き。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ