かわいい後輩を可愛がっていたらシスコンな男とタッグを組むことになった
我が学園には先輩が後輩と一対一で支援教育する制度がある。それの発案者が名付けた名前はスール制度。疑似姉妹という関係で絆を作っていくというもので、そもそも生まれたきっかけがとある庶民が王族と非常に仲良くなり、婚約破棄騒動を起こしたからだ。
もちろんその王族と婚約者だった侯爵令嬢は王族の浮気が原因で王族の有責という形で片付いた。それもこれも学園内では平等を謳っているが、暗黙の了解があっての平等だと言うことを教えるべきだと言うことで制度が出来たのだ。
その制度が出来たおかげで、それから数年後にある庶民が王族と恋人になったが、彼女は教育してくれた先輩の力を借りて様々な事を学び、優秀な官吏になり、その王族が結婚する予定だった隣国の王女が別の男性と結婚という偶然が重なったから婚約者がいない状況になったのもあり、周りの人々に認められて結婚の運びになったのだ。
そんな前例があるからこそ学園では優秀な後輩を育てたいと思う先輩と優秀な先輩に育ててもらいたいという後輩が姉妹のような絆を作り出すのだ。
で、わたくしキャロル・リードはいとこの婚約者であるアリス・ロンドをいとこの婚約者というのは関係なく彼女自身が気に入ったのできちんと許可を得て、疑似姉妹としていろいろ教えていた。
「で、なんでアリスさんと一緒にお買物しようと思ったのに邪魔者が居るのかしら」
バチバチバチと火花が散らしながらにらんでしまうのはアリスさんの兄であるルイス・ロンド伯爵令息。
「仕事の区切りがついたので妹と出かけるのは普通ではないですか?」
氷の貴公子と噂されているのは知っているが、どこが氷だろうかと妹であるアリスさんにはでろでろと甘い顔をして、こちらには氷ではなく真逆な炎ではないかという感じの怒りを宿した眼差しを向けてくる。
「あら、女同士での買い物についてくるなんて無粋じゃないですか?」
「何を言う。買い物するにしてもリード公爵令嬢の金銭感覚で買い物をしたら妹の負担になってしまうかもしれないので兄である私が付いて行って見守っていないと」
互いに笑いあっているが譲る気などない。
「先に約束したのはこちらです」
「たまには家族に譲ることも覚えたらよろしいのでは、毎週毎週お誘いして断る暇を与えていないようですし、身分を考えたら断りにくいという事情も察してもらいたいものですね」
こちらが扇を何度も開いたり閉じたりしてイライラを誤魔化そうとしているのにあっちはアリスさんの肩に手を置いて譲るつもりはない感じである。
「じゃ、じゃあ、三人で行きましょう。……駄目ですか?」
困ったように妥協案を出して伺ってくる様に小悪魔だと思いつつも同意することにした。
「すみません。キャロル先輩。お兄さまは最近神経質になっていて……」
最近はやりのカフェでロンド伯爵子息が席を外しているタイミングで頭を下げられる。
「今日も二人で出かける予定が三人になってしまって……」
「――お気になさらず。わたくしも兄妹水入らずの場面で邪魔をしていますので」
あの日から三人でなぜか出かけることが多くなった。二回目の時は兄妹で公園の散歩をしている時に前回邪魔されたからと今度はわたくしが割り込みに行き、三回目はロンド伯爵子息が……という感じで気が付いたらそれが何度も何度も行われることになったのだ。
「それはそうと神経質……? 元からではなくて?」
尋ねると、あのどう見ても過保護が以前からではないというのが信じられないが……。
「はい。………ロビンさまの事があって……」
「ああ……」
納得した。
アリスの婚約者であり、わたくしのいとこ。この国の第三王子であるロビンは学園を卒業したら王族の務めをきちんと果たすからと今だけは自由にさせてくれと言い出して、青春を謳歌している。そうその自由な時間の中で男爵令嬢と親しくしているという話も聞いている。
その親しくが分別を弁えている内容なのかは定かではないが……。
(まあ、男爵令嬢の教育を担っている先輩がしっかり注意をしているようだけど)
「ロビンに代わって謝りますね」
「いっ、いえっ!! 王族ではなく普通の生徒として暮らしたいという我儘を言いたい気持ちは分かりますので」
常に王族として動かれる立場はお辛いでしょうしと理解を示している様にいい子だけど確かに過保護になると納得してしまう。
そのロビンの自由になる時間を作るためにアリスさんが手を回しているのだろうというのが容易に予想できる。
わたくしも公爵令嬢として、すべきことを行っているのでロビンの言葉は甘えでしかないと思うが、言いたくなる気持ちも分かるから強く責められない。
それに調子づいているといえばそうなのだろう。他の女性と仲良くなっているロビンと不仲の噂を立てられた妹を見ていたら過保護になるのも理解できた。
………二人で出かけるのを邪魔された事は気になるが。
「あそこまで過保護だと今度はあっちの婚約者が誤解なさらないかしら」
「お兄さまには婚約者はいません。お見合いはしているのですが……」
言葉を濁して視線を明後日の方に向けている。
「過保護なのはここまでではなかったようですが、シスコンなのは以前からあったんですね」
「…………いっ、一応。わたくしが無事幸せな結婚をしてから結婚するとはおっしゃっていましたが……」
汗をだらだら流しながら言い訳をするのを聞いてまあ、アリスさんの婚約者が婚約者なので心配なのは仕方ないかと大目に見る。
「ロビンもね。学園卒業までとか言っていたけど、もうじき卒業よね。卒業式の後の送別会はどうするのかしら」
送別会にはパートナーにドレスを贈るのが暗黙の了解なのだが。そろそろ用意をしないと間に合わないと思うのだが。
そんな事を思っていたら視線の端にロンド伯爵子息が何かに気付いて足を止めているのが見える。戻ってくるのが遅いと思っていたが何か気になるモノでもあったのだろうかとついその興味を持ったモノが何か気になって視線を向ける。
「はぁぁぁぁぁぁ」
見なければよかった。
「キャロル先輩?」
アリスさんが不思議そうに首を傾げで同じようにそちらに視線を向ける。
「ロビン様……」
わたくしのいとこであり、アリスさんの婚約者であるロビンが男爵令嬢と仲良くケーキを食べているのが見える。
「アリスさんはここでお待ちになっていて」
一声掛けるとそっと席を立ち、彼らの視線に入らない場所で聞き耳を立てる。はしたないと言われるだろうが。
「ロビンさま。送別会用のドレスありがとうございます」
きゃぴきゃぴと近付かなくてもしっかり聞こえたと思われる声。
「でも、よかったのですか? 送別会にドレスを贈るって特別な意味があるんですよね。先輩から聞きました。だから、ロビンさまから受け取ってはいけないと」
「大丈夫だって、心配しなくていい」
何も考えてない声であっさり言いだす様によくはないでしょうと叱りつけたくなるが耐える。
「アリスにもドレスは贈ってある。心配するな。まあ、サリィの方が似合うだろうけどな」
「ほんとですかっ⁉」
嬉しいと抱き付く男爵令嬢に、その様にわなわなわなと怒りが込み上げるが、人はもっと怒りを抱いている人が居ると冷静になれる。
今にも殴り掛かりたそうなロンド伯爵子息を抑えながらそっとその場を離れる。
「あそこまで馬鹿だったとは……」
送別会でドレスを贈る相手というのは正式に自分の人生の伴侶だと伝える場所。婚約者や恋人がいない場合は家族が贈るのが普通だが、それ以外は贈らない。
ましてや、ロビンはアリスさんという婚約者がいるのに男爵令嬢に贈ると言うことは男爵令嬢を選んだと公にする事と同義であり、ましてや二人に贈るなど非常識なのだ。
「ドレスはすでに贈られたんでしょうね……」
どんなドレスなんでしょうね。あの男爵令嬢にも贈ってアリスさんにも贈って……。
「…………」
いつもだったらケーキを食べて別れる予定だったが、気になった。
「ねえ、アリスさん」
ロンド伯爵子息と共に席に戻り、本来ならしてはいけない行いだけど、気になりすぎてあえて規則を破る事にする。
「今からおうちにお邪魔させてくださいな」
にこり
有無を言わさない口調で告げて、反論したかったロンド伯爵子息は口をはくはくさせてから額に手をやり、
「………屋敷に先に戻って連絡をしろ」
実はずっと控えていた従者に命じて、家を訪ねるのを了承してくれる。
「言い出したわたくしが言うのもなんですが、断られるかと思いました」
「………断っても来るつもりだったでしょう。それに」
ロンド伯爵子息は少し落ち着かせるように、
「貴方はアリスを案じているだけなのは分かりましたので」
意味深な事を言われて、首を傾げるが、そんな言葉を気にするよりも確かめたい事があったのでそちらの方に意識は完全に持っていかれていたのでそのままスルーする。
で、アリスさんの許可を得て、アリスさん宛てに届けられたというロビンからのドレスを確認すると……。
「――まさか、ここまで自分の婚約者を蔑ろにするなんてね」
贈られたドレスは真っ黒なプリンセスライン。過度なまでのレースとフリルとリボンがこれでもかと付けられていて、はっきり言おう。
「「似合っていない!!」」
ロンド伯爵子息とセリフが被ってしまい、互いに顔を見合わせる。
だが、すぐに、
「アリスさんはすらっとした綺麗な人なのよ。ここまで華美になったら彼女のスタイルの良さが完全に隠れてしまうじゃないの!!」
「アリスは確かにプラチナ色の髪の毛でどんな色でも似合うが、黒は寂しくなるからと好んで選ばない色だ。それなのに婚約者の好みを知らずに送ってきたのか」
「普通こういう場合は自分の髪の毛の色か目の色のドレスを贈るのが暗黙の了解でしょうに!!」
「お前の目も髪も黒などないだろう!!」
「第一、サイズよ。アリスさんのサイズを知らずに送ってきたのかしら」
「アリスが着るのに小さすぎる!!」
「「これではアリスさん/アリスが幼女体型だ!!」」
ぜーはーぜーはー
二人でドレスのダメ出しをすると、一歩引いて困惑したように視線を向けてくるアリスさんに応える余裕などなく、互いに顔を見合わせてガシッと手を組み、
「流石、アリスの学園の先輩だな。アリスの良さをよくご存じで」
「伯爵子息こそ。兄だからこそアリスさんの良さを的確でご存じいらして」
親の仇の様に明らかにただ目に入ったからおべっかのために贈りましたというドレスを睨み。
「在学中だけの我儘だとか言い出して容認してきたのが間違いでしたわね」
「公の場だというのを考えずに蔑ろにするような行い」
「許せないですね」
「ああ、許せない」
かわいい後輩。可愛い妹をここまで蔑ろにされて、許していいものではない。
「では、さっそくこんな悪趣味なドレスではなく新しいドレスを用意しないと」
「ああ、商会に連絡して店を貸し切り状態にして選ばせてもらおう」
「えっ、お兄さま……」
何でそこまでとようやく口を挟んだアリスさんが戸惑っているが、
「あの馬鹿に知られないようにこっそり行うのに貸し切りにするのは当然ね」
業者を呼んでもいいのだけどそこまでやるとアリスさんが申し訳なさそうにしているから我慢しよう。
「まあ、女の子ならピンクなどという考えはお捨てになって、アリスさんというかロンド伯爵家は全体的に淡い色彩なのですからもっと濃いめの色の方が……」
「だからと言って、赤だとあの馬鹿の色を纏っていると勘違いするだろう」
あの馬鹿――確かにロビンの髪の色だが、わたくしも同じ色なのであるのでそれに合わせたと思えばいいのに世間一般では確かに婚約者の色に合わせたと思うだろうと気付いてせっかくだが止めることにする。
二人で似合う色を見て回っていると、
「「あっ……」」
反対に見て回っていたはずなのにその色が見えた矢先に同時に手が伸びていた。
「お兄さま? キャロル先輩?」
どうかなさいましたかとアリスさんが覗き込んで二人が手を伸ばしていたドレスに視線を向ける。
「まあ、綺麗な橙色ですわね♪」
珍しく興奮したような声。
「え、ええ。明るい色合いでアリスさんが身に着けると似合いそうだと思えて……」
「アリスはマリーゴールドとかオレンジ色の花が好きだったな。好きな色なら纏いやすいと思って」
じっとドレスとアリスさんを交互に見て、
「「これに決定ですね/だな」」
と店長に無理を言って――お詫びとして大目にお金を払ったが――卒業式までに完成させてもらうことになった。
それと同時に。
「わたくしから伯母さまと殿下に話をしておきましょう」
「ああ。頼む」
気に食わない相手だと思ったが、アリスさんを思う気持ちに関しては同志であるロンド伯爵令息は頷いたのですぐに手を回した。
――そして、ある条件を付けて、無事許可を得たのだ。
そして、卒業式当日。
ロビンがエスコートしているのが男爵令嬢であるのでそれに気付いた者たちが眉を顰めて、ひそひそと言葉を交わす。
男爵令嬢の指導をしていた先輩など青を通り越して真っ白になって倒れてしまう。
彼女が必死にしてはいけないことだと告げていたのはいろんな人が見ていたから有名だ。それなのにロビンが大丈夫だと軽い口調で告げるから先輩の言葉よりもロビンの言葉を信じたと言うことだろう。
送別会には王族が来賓として参加していて、今年は王妃殿下と王太子殿下――伯母さまといとこがみえている。
「アリス!!」
腕に男爵令嬢をくっつけて、男爵令嬢が一瞬だけ勝ち誇った笑みを浮かべて、それをすぐに引っ込めて気遣うような演技をして、
「すみませんアリスさま」
とわたくしとロンド伯爵令息と一緒に居るアリスさんに声を掛けてくる。
「素敵なドレスだね。やっぱ僕の贈ったドレスを身にまとった君は綺麗だよ」
にこやかに告げる様にアリスさんは悲しげに下を向いて、目を伏せる。そんなアリスさんを支えるようにロンド伯爵令息は肩に手を置き、わたくしはそっと手を繋ぐ。
「お兄さま……キャロル先輩……」
名を呼ぶと伏せていた目を上にあげて、眼差しに強い決意を宿して、
「ロビン殿下。婚約を解消させてもらいます」
と宣言する。
「なっ……!?」
ざわざわと声が聞こえた者たちが反応してそっと聞き耳を立てているのが感じられる。衆目を集める場所で言われるなど恥ずかしいだろう。だが、そこで言われるのも仕方ないことを行っているのよと扇の下で笑う。
「なっ……何を言い出すのか……」
「送別会には婚約者を同伴というのは暗黙の了解です。学園内では自由恋愛をしたいと言われてわたくしも許しましたが、それにしてもここまでされて許せるものではありません」
アリスさんが冷静に告げている。言い出す事に緊張する事もなく、怒りを秘めていることもなく。
「そんなの……送別会も学園の行事の一部だろう……」
「……わたくしのドレスは素敵ですか?」
淡々と尋ねる声。
「もちろん。私の選んだ……」
「このドレスはお兄さまとキャロル先輩が用意してくれました。殿下の用意してくれたドレスも持ってきてありますが」
事前に持ち込みをお願いしてあった箱を会場のスタッフにお願いして持ってきてもらい中を開く。そこにはあのドレス。
「サイズも違う。デザインもわたくしに相応しくないと言われる代物を渡されて、別のドレスを用意してくれたのです。それに殿下は何も言わないで、自分の用意したドレスだと思い込んでいる始末。ここまでされて婚約を続けることは無理だと」
「たかがこんなことでっ!!」
ロビンが叫ぶが、
「そうですね。たかがこんな事ですね。ですが、それで信頼関係が作れると思えません。婚姻相手としても王族に仕える貴族としても」
自由にさせてくれと言われて妹が負った負担を考えてもこれでも生ぬるい方ですよと微笑んでいるが目が笑っていないロンド伯爵令息の言いたい事はロビンには納得できないことだろうが。
「王族の役目も学園内では自由にさせてくれと言い出して、そのあなたがすべきことをアリスさんに任せていたのにアリスさんの名誉をどれだけ汚せば気が済むのかしら。ちなみに伯母様……妃殿下と王太子殿下は了承済みよ。あなたがこのドレスにどんな反応をするかが決定打だったけど」
自分の贈ったドレスも知らないなんてどこまで人をコケにすればいいのか。アリスさんが言いにくいことだと思うところはわたくしが告げて、もう用はないとばかりに三人でこの場を離れる。
王族はロンド伯爵領にあるとある技術を融通してもらいたかったのとロビンに与えられる予定だった領地ではその技術がかなり必要だったからこその婚姻だったが、その必要性を忘れていたのかどちらにしてもロビンには宝の持ち腐れだ。
たかが、婚約解消。婚約者の名誉を傷つけた程度なのでロビンはお説教された程度で終わったのは残念だが、王族としてはロンド伯爵領の技術……土木技術などで王族の直轄地にある金山の発掘調査の最新技術を欲しているので繋がりを切りたくない。
そんなことで。
「次はわたくしと婚約だそうですよ」
「……懲りませんね」
ロンド伯爵邸に訪ねて正式に話が来る前に報告しておく。
「で、リード公爵令嬢のご意見としては?」
どこか面白がる口調に、
「そうね」
一度言葉を切り、ロンド伯爵令息の隣に座っているアリスさんを見て、
「アリスさんを本当の妹に出来るというのがメリットに感じているのよ」
「えっ⁉」
「奇遇ですね。俺もアリスを共に可愛がれる相手なら結婚したいと思っていたのですよ」
「ええっ!!」
戸惑うアリスさんが可愛らしいと思いつつも意見が一致したのでガシッと手を繋いだのだった。
当初はアリスを主人公にして、ルイスとキャロルの同担拒否から同担で意気が合っての恋愛にしたかった。