青の巫女〈3〉
神殿前の通りは人でいっぱいだった。
誰もが神殿へ向かって歩いているので流れは一定方向なのだが、帰る者がまだいないため溜まるばかりで、かなりの混雑である。
「今度の青の巫女さまは南の方のお生まれで、輝くばかりの金髪だとか」
「いんや、夜の闇のように黒い髪だと聞いたぞ」
「いやいや、あけぼののように鮮やかな炎色らしいぞ」
まことしやかにささやかれる会話をヤマは自然と拾っていた。髪色なんぞ、どれだけ話に上がっていようと、何色もあればどれかは当たっているものだ。
「すまん、ちょっと通してくれ」
行列の進みの悪さにしびれを切らし、ヤマは前の男に声をかけた。このままでは、クリシュナの言った刻限に間に合わない。
「あ”〜? 無理だとおも、えっ! ええ?」
振り返った男が瞬時に青ざめる。
「あっ赤の、正法官!」
「赤の正法官?」
「えっ何ィ?」
「ヤマ・ダルマだと!」
たちまちのうちに、彼の前に道が拓けた。
優にふたりは通れそうな道幅をヤマは足早に通り抜けた。
「ヤマっ」
ダルマの塔の前でクリシュナが待っていた。
「天翔ける舟はどうだった?」
「いや、こいつを見つけたので途中で引き返してきた。大正法官は?」
「神殿だ。巫女たちと神事の最中だ。何だこれは?」
ヤマが肩に担いでいるものに掛けられている肩布を少しめくり、クリシュナは表情を険しくした。
「人目があるな。中へ」
行き交う下働きらの注目を避け、促されるまま、ヤマは自室に男を運んだ。
寝台の上にそっと横たえると、クリシュナが衣装箱を突きつけてくる。
「早く着替えろ」
すでに彼はターバンから腰布、肩布まで黒で統一した服装をしていた。これが黒の正法官の正装である。
「あんたが、出しておいてくれたのか」
ピンを抜いてターバンをほどき、ヤマは尋ねた。
「まあな。それにしても……こいつ、こんな格好をしてるやつは初めて見た。どこの国の者だか」
「さてな……」
ヤマは手早く赤いターバンを巻き、抜いたばかりのピンで留めた。手を休めず紅衣に身を包んでいく。
「おまえが正装するたび、俺は何とかいう国の死の神を思い出す……そいつも全身、赤ずくめの装束だそうだ」
肩布までまとい終えたヤマを見てクリシュナが言った。
「それなら、俺は死神なんだろうよ」
いまさらなことだ。構わずにヤマは祭場へ向かおうとする。
「おい、こいつは拘束しとかなくていいのか?」
「放っておくさ。そのうち気がつくだろう」
「そうか? あ、そろそろ神事が終わるぞ」
ヤマとクリシュナはそろって塔を出た。
神殿の広場は、すでに立錐の余地もないほど、人々で埋め尽くされていた。この日のための舞台と大臣、正法官らの席が用意されている。
「おお、来たか。神事には出ずとも、うるわしいものは見たいとみえる」
大正法官は席についていた。
「それは、民にしても同じでしょう。例会には足を運びもしないのに、今日に限ってこんなに人が多い」
らしくもなくクリシュナが頬を紅潮させる。
「ふぉっふぉっほ、今日は新しい青の巫女が初めて姿を現すからのぅ」
豪快に笑うと大正法官ラマーは言った。
「ヤマ、変な気をおこすでないぞ。青の巫女なくして青の都の未来はない」
「……わかっております」
ヤマは低く応えた。
「それから、クリシュナ、おまえもじゃ。ヤマとは別の意味で変な気をおこしてはならぬぞ。まあ、大丈夫か……あれは生まれながらの巫女のような娘じゃ」
「青の巫女がですか?」
「うむ、む? 釘を刺したばかりじゃというのに、おまえは」
「大ラマー、違います。単なる好奇心で……良い巫女になりそうですか?」
「もちろんじゃ」
ラマーが莞爾とうなずいたとき、広場からどよめきが湧き上がった。巫女の舞が始まるのだ。
ドラが鳴らされると舞台の左右から赤の巫女デジリアと白の巫女マリサが登壇した。それぞれのお付き巫女が被きを取り払うと、ふたりは同時に手にした神剣を頭上に捧げ持った。
to be continued……