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映画道中記  作者: 中嶋條治
3/5

第3話 京都の朝

京都に到着してからの話となります。

ようやく旅行記っぽい話ができる…かと思いきや…

第3話 京都の朝

 

 

      1

 

 

 京都駅は朝六時を過ぎていたこともあり、内部にも入ることができた。

 私は京都タワーのある中央口から反対側の、響都ホールがある八条口という場所に向かっていく。その辺りに蕎麦屋があるそうなのだ。

 

 しかし、見つからない。

 どこを見ても、そもそも開いてる店がない。

 

 しばらく歩いていると、腕が震え出してきた。

 少なくない荷物を抱えて、ほとんど寝ていない状態で、カフェイン腹で京都の駅を歩き回っているのだ。体に良い筈がない。

 

 バスから降りて、いつの間にか三十分以上経過している。その間ずっと何も口にせず歩いているので、言うなればガソリンのメーターがゼロになった状態で走り続けている車のような状態になっていたのかもしれない。

 

 京都到着時には淡い茜色に染まっていた京都タワーだが、今見ると黄色い太陽光が白い胴体部分にクッキリと当たっている。

 すっかり陽が出たということだ。

 

 先ほどからスマホを操作して探し続けていたので、充電も八割を切りそうになっていた。京都旅行は始まったばかりだ。現段階でこの残量は心許ない。

 

 コンセント付きの喫茶店とか、近くにあるだろうか……

 

 もはや私は蕎麦を諦めて、マクドナルド等のチェーン店でモーニングを済ませる気持ちになっていた。コンセントが無いとダメだが。

 

 ふと、私の目に見覚えのある看板が目に入る。思わず二度見した。

 

 見間違いではなかった。大手喫茶店チェーンのカフェベローチェである。

 しかも既に開店している。

 

 カウンター席にはコンセントが設置されているようで、空席も多い。

 

 天の助けだ。私は直ぐに入店し、まずは左右に客がいないカウンター席に陣取る事にする。地味に重かったリュックを背もたれに掛けて、他の荷物は足元に置く。充電機を取り出して、スマホのチャージをするのも忘れない。

 

 財布だけ取って、注文カウンターに向かった。

 別に京都限定メニューなどは期待していなかったが、実際変わり映えしないメニューだった。

 

 既に数時間前からコーヒーを摂取してきた状態であるが、懲りずに注文する。チーズとハムのトーストサンドにコーヒーと言う、モーニングCセットを注文した。

 

 セルフサービスの水を紙コップに並々注いで一口飲むと、余程体が水分を欲していたのか嚥下が止まらなくなり、そのまま紙コップが空になるまで飲んでしまった。

 

 中々美味い、と思うくらい水分が足りなかったのだろう。コーヒーは好きだが、体が悲鳴をあげるまで飲むようではいけない。

 

 そんな中Cセットができたようで、私はもう一杯水を入れてCセットと共に席に着いた。

 

 早速トーストを頬張ると、ビックリする程美味かった。チーズやハム、パンもそれほど凄い味ではない。余程空腹で塩分も足りなくなっていたのだろう。一口、二口と頬張っていくだけで多幸感が心に浸透していった。

 一心にトーストサンドを食べていき、完食した時にようやく心が落ち着いた。

 コーヒーを啜り、体が温まったところでスマホを起動した。

 

 まもなく八時になろうとしている。私は蕎麦屋を探す為に体力と時間を無駄に費やしてしまった事を心底後悔した。

 

 実を言うと、初めての一人旅であるにもかかわらず、私は本日の予定を碌に立てていなかった。十二時四十五分に大阪のシネ・ヌーヴォと言うミニシアターで『僕とオトウト』を見ることができれば良いのである。

 今回の旅行の目的は、結局この一点である。監督や上映委員会の面々と会って話をするのも勿論重要視しているが、映画館に着かなければ何も始まらない。到着さえすれば、上映前後に幾らでもやりようがある。

 

 ただ、いかに映画大好きを自認する私であっても、映画一本の為にわざわざ千葉県から遥々上方まで深夜バスに揺られて行く気はさらさら無かった。そうでなければ、大阪が最終目的地なのにわざわざ京都で降りる必要は無い。

 

 理由は単純である。仕事でしか行ったことがない京都に、一度プライベートで行きたかったのだ。それと、スタンド花を送った京都みなみ会館がどうなっているかも見てみたかった。

 午前中のうちに、何とか京都の一部を見れればそれで良い……そんなふうに思っている。

 

 ではどこに行こうか。コーヒーを啜りつつスマホでLINEのアプリを開く。

『僕とオトウト』の上映委員副会長であるA君もいる映画ファンのグループラインだった。

 ようやく京都に到着した旨と、朝食難民だったがようやくありつけたと愚痴をこぼす。A君は愚痴だらけの情けない映画オタに対しても親切で、

 

「この間の僕オトの湯もご参加いただいてありがとうございます」

 

 と言ってくれた。

 この「僕オトの湯」と言うのは、上映委員会が企画したZOOM会議のことであり、委員のメンバーやゲストを呼んで行うものだった。完全部外者の私だが、毎回『僕とオトウト』のアカウントの宣伝ツイートを拡散したり、YouTubeや記事の閲覧、拡散などを行なっていた結果、特別に招待していただけたのである。我ながらでしゃばりがすぎる。

 

 私はこの「僕オトの湯」と言う字面を見て、「ああ、ひと風呂浴びたいな」と思わず投稿した。

 京都タワーの地下にあった銭湯が閉館してしまったのが本当に悔やまれた。

 

「朝風呂できる銭湯、いくつかありますよ」

 

 A君が返信してくれたのはその直後だった。

 

 私はLINEの返信そっちのけで京都駅周辺の銭湯を検索する。

 すると、確かにヒットした。

 まず初めに見つかった銭湯が、恐らくかなり立地的にも理想的な場所ではないかと思われた。

 

 サウナの梅湯と言う、明治の御代から存続する老舗である。京都レベルで言えば赤子なのかもしれないが、東国の田舎者にはそれでも立派だ。

 

 A君もそこはお勧めできると言ってくれたので、早速行く事に決めた。

 

 東本願寺の近くである。早速行こうと、トレーを片付けて駅前に出た。距離はそこまで遠くはない。これならばタクシーの方が早いかもしれないなと思ったが、まずは券売機に向かった。

 

 京都市内には、路線バス網が蜘蛛の巣の如く張り巡らされている。一日乗車券と言うものを買うと、わずか千百円で一日中バスが乗り放題なのである。

 以前は千円だったのだが、京都市の財政逼迫もあり、値上げされていた。

 どうせ午前中までしか京都に居られないのだし、今からタクシーに乗るのだからいらないのではと思ったが、今私が立て始めた計画を考えると、市バスに三回は乗車することになる。あったほうが便利だ。

 

 タクシーは何台も並んでおり、先頭車に乗車する。

 目的地の梅湯を知っているか不安だったが、ベテランの風格漂う初老の運転手さんは直ぐに分かり、発車した。

 

 京都の大きな通りに出るが、しばらくすると狭い路地に入った。

 

「この辺りは一方通行なんですか」

 

 お上りさん全開の私が聞くと、運転手さんは

 

「そうなんですよ。古い街並みでね。この辺りは車で来ると、地元の人間でないと少し大変なんですわ」

 

 実際そうだろうなと思った。どこが一通で、どこがそうではないかなど初見ではほとんどわからない。路地を歩く子どもやおばさんが何人もいるから、運転も最新の注意を必要とする。こういう体験ができるのであれば、タクシー代も決して無駄ではない。

 

 梅湯はこういう場所にあるのだ。京都の人間に百年以上親しまれ続けてきた銭湯である。地元の人間ではない私が入っても良いものかと、まだ着いてすらいないのに不安になった。

 

 車はしばらくして目的地に到着した。サイトで見た通りの小ぶりな銭湯であった。道は狭いので、私は急いでクレジットカードを客席にある決済機の差し込み口に入れ、決済を完了させた。

 忘れ物はないはずだが、念のため領収書をもらい降車した。

 

 入り口には既に何組かのお客さんが来ている。地元民と言うより観光客のような風体もいて、案外余所者も入れそうだなと思い暖簾をくぐった。

 

 そこで私は固まった。そういえば私はスーパー銭湯にはよく足を運ぶのだが、一般的なこの手の銭湯にはそこまで入った経験がない。小学生の時以来である。

 

 どうやって注文するんだったっけ。

 

 そんな情けない状態に陥ってしまった。これでよく朝風呂がしたいなどと思ったものである。

 

 下足入れには一つ一つに木の札が刺さっており、抜くとロックがかかる。

 

 これはよく見る。木札を番台に届けて入浴料を支払えば良いのか……?

 などと思っているが、朝風呂に入る客が続々いたので、私は慌てて下足をしまいこみ、木札を取って番台へ向かった。

 

 しどろもどろだったが、何とか支払いも済んでホッとした所で、私はまたもや己の準備不足を悔やんだ。

 

 小さいタオルは買えるのだが、バスタオルが無いのである。レンタルなども勿論ない。無論、私の少ない荷物にも入っていなかった。ブランケットだけだ。

 バスタオルの有無に関しては今までも経験があったので、完全に私の準備不足である。

 

 何とかタオルを濡らさずにしておき、風呂上がりはドライヤーを含めて自然乾燥させるしかない。

 

 脱衣所で服を脱ぎ、浴場に入る。積み上がった黄色いケロリンの桶が可愛らしく感じる。一つ取って体を洗おうと辺りを見渡した。朝風呂の客が多く、洗い場はほぼ埋まっている。かろうじて一つ空いていて、直ぐに向かった。

 

 横にいる男性が体を洗っており、泡だらけの体をシャワーで流している。私も早速洗髪しようと思ったが、その時男性の体が嫌にカラフルだったのに気がついた。

 

 チラリと目をやると、背中の観音像と目が合った。

 

 驚きで声も出ない。隣の男性客にはとてもご立派な刺青が施されていた。

 

 刺青やタトゥーのある人間は、今では銭湯に入れないのではと勝手に思っていたが、ここは違ったようである。

 

 もし目が合うと「ガン飛ばしてる」と勘違いされかねないので、私はうるさいほどわざとらしく洗髪をしていく。しばらくして隣の観音様を背負った男性客が席を立ったので、私は思わず大きく息を吐いた。

 リラックスするために入った銭湯なのに、緊張してはかなわんわ……

 

 体も洗い終わり、浴槽に浸かる時も、空いてる場所を探して入った。近くの人間に刺青は入っていないようだった。

 ここでようやく私は足を伸ばして湯の中で伸びをした。

 少し熱めの湯だったが、晩秋の早朝には嬉しい。深夜バスや早朝の「京都駅サンポ」の疲れが少しは癒やされていくようだった。

 

 これから弾丸旅行が始まる。その前に体を整えることができたのは幸運だと思えた。

 刺青の男性客が居たのは驚いたが、私に実害は無かったので良い経験だったかもしれない。現にこうして本に書くことができたので、無駄では無かった。そう思うことにした。

 

 湯は熱すぎて、5分もしたら上がっていた。

 短い入浴時間だったが、無いよりはマシだったろう。

 

 頑張ってフェイスタオルだけで体の水気を取り、ドライヤーで髪と体を乾かし、服を着ていく。折角なので瓶牛乳も飲んだ。これがまた美味い。

 

 梅湯から出て、しばらく歩くと大きめの道路を挟んで向かい側に長い塀が出てきた。これが東本願寺なのか、大きいな。と思わず写真に撮った。後になって調べた所、この場所は東本願寺の飛び地である渉成園という庭園だった。しばらく歩いて七条河原町の大きな十字路に出た時、進行方向右側に京都タワーが確認できた。そこまで距離はないのかと思っていたが、思っていたより小さく見えた。

 

 その後、バス停に着いて行き先を調べ、結局三条行きに乗ることにした。

 

 気持ちいいくらいの快晴だったので、鴨川を歩いていきたくなったのだ。

 

 ここから弾丸旅行が始まった。

 

 

                            つづく

 

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