表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
映画道中記  作者: 中嶋條治
2/5

深夜バス


 二十三時新宿発のグランドリーム号京都行きは、バスタ新宿のDエリアから発車するとの事だった。

 

 京都・大阪行きのバスが何台も止まっては出発していくので、うっかり乗らないように気をつけなければならない。私の後ろにはグランドリーム号に乗る予定の乗客がどんどん到着しており、乗務員に見せるQRコードをいつでも提示できるようにしていた。

 

 しばらくして、ようやくバスが到着する。二階建ての大型バスである。一階部分の運転席だけはガラスがクリアーで内部がよく見えるのだが、その上半分のガラスは真っ黒になっていた。その真っ黒なガラスの真ん中に「京都駅」と表示があって、これから一晩かけて私たちを新宿から京都まで連れていくぞと雄弁に物語っていた。

 

 バスは浦安のディズニーランドから走ってきていたようで、既に多くの乗客がいるようだった。

 乗務員にQRコードを見せて、バスの真ん中にあるドアから乗車した。入り口が狭い。入ってすぐにトイレが目に入った。途中四回はサービスエリアに休憩で停まるそうだが、それに間に合わなかった場合はここで用を足せる。

 

 今回の深夜バス旅行で、トイレ付きは絶対条件だった。途中で尿意や便意を催してもどうすることもできなくなってしまう事態は避けたい。多少金額が上がっても、保険と思えば安いものである。

 

 しかし、車内の狭さは想像を超えていた。私は2階部分に座席があるのだが、階段も狭い。2階に上がると、ますます閉塞感を覚えずにはいられなかった。

 

 このバスは三列シートになっていて、深夜バスなのでカーテンによる仕切りがある。私は真ん中の列に座るのだが、横の列との間が頗る狭く、体を横にして蟹のように歩行しなければマトモに通行出来ない広さだった。

 これではトイレに立つのすら嫌だ。深夜の消灯中に席を立って階段を降りていくまでの間に、何人の乗客が目を覚ますか……そんな心配をするほどの狭さである。

 

 本当に、サービスエリアに着いたから休憩で降りる、と言う時くらいしか座席の移動はしたくないと思えた。

 

 ただ、そんな思いは全くの些細な事だったと思い知らされた。

 

 私の座席の前の席には先客が居た。それはいい。しかしその先客は思い切り座席のリクライニングを下ろしていた。座席の天辺が私の鼻の位置にまで降りているのである。

 着席した時に、前の乗客の頭頂部のつむじが目視確認できる程だ。ふざけるなと言いたくなる。ただでさえ狭いのに、こんなに前方に圧迫感があるのか。

 

 空席はまだいくつかあるのに、何故よりによってこんな場所になってしまったのか。

 

 他の座席を見比べてみても、彼ほど酷い倒し方はしていない。不運と思って諦めるかと、座席に座り、座席の電源でスマホの充電を始めた。

 

 しばらくすると、バスは出発した。

 

 座席の座り心地は、普段の校外学習や修学旅行等で座るバスの座席よりやや良いかどうか……そんな程度である。決して幅の広い椅子ではないので、窮屈さはあった。荷物を足元に入れて足で押さえているので、これはこれで疲れる。

 

 後ろの人に断りを入れて少し椅子を倒したが、なるほどこれは寝ずらい。

 どう言うわけか落ちつかないのである。初めての深夜バスとはいえ、この年でバス旅にテンションが高ぶる訳もない。仕方なく私はスマホで「水曜どうでしょう」のサイコロの旅を見始めた。北海道テレビが九六年から放送している怪物的深夜番組の名物企画である。サイコロの出た目の行き先に移動していく過酷な企画で、深夜バスの目が出てしまうと嫌でも乗らなければならない。

 今このサイコロの旅を見れば、大泉洋さん達の苦しさを少しは実感できそうだった。

 

 最初の休憩場所である鮎沢パーキングエリアに到着した頃には、既にどうでしょう班の辛さが身に沁みた。

 腰や臀部がきついのだろうかと思っていたが、違った。背中が痛くなった。座り方が悪かったのだろうか? スマホを見下ろしながら見ていたわけだから、可能性はなくもない。

 

 現在は深夜零時を回っている。到着予定は大体朝の六時だから、後六時間はたっぷりと深夜バスに揺られる事となる。

 

 背中の痛みに耐えて眠れたとしても五時間程度だ。私は安眠を早くも諦めた。

 

 一旦貴重品を全て携帯した状態で降車して、スマホでバスの写真を一枚撮影した。ナンバープレートが分かれば良いので適当な画角である。

 

 このパーキングエリアには、既に何台か深夜バスが停まっていた。行き先はおそらくみんな関西方面であろう。もしうっかりバスを乗り間違えたり、バスがどれか分からなくなった場合を想定し、ナンバープレートを撮っておいたのだ。忘れっぽい方はぜひやったほうがいい。

 これはコミックマーケットの一般参加時に、待機列からトイレ等のために列を離れる際に身についた知恵だった。待機場所の列にはそれぞれ番号が振られており、離れる際には絶対に自分の居た待機列の番号を覚えてなければならなかった。私は記憶力に自信がないので、スマホで撮影してトイレに行っていた。

 今回もそれを応用したのである。

 

 パーキングエリアの駐車場で伸びをして空を見上げたが、期待しているような満天の星空は見えなかった。もう少し目が慣れたら、多少は見えるかもしれない。

 周囲自体は真っ暗で、建物の看板や自販機だけが煌々と輝いている。この光も邪魔してるのかと煩わしく思ったが、同時に自販機の存在をありがたくも思っていた。

 

 トイレで用を足したあと、紙コップ式の自販機でブラジルコーヒーを購入した。眠れそうにないならば、せめて好きなものを口にしてリラックスしていたい。

 幸いパークングエリアには、そこそこの品質のコーヒー自販機が必ずある。バスに戻る前に一口飲んだが、次のパーキングエリアまでの繋ぎにはもってこいだった。

 

 とっくの昔に消灯となった車内で、カーテンを仕切り益々狭く感じる車内で縮こまり、コーヒーを飲みながらネットフリックスを見ていたのだが、いつの間にかうたた寝をしていた。

 

 ふと目が覚めると、次の停車場所だった。今度は首と頭が痛い。中途半端に寝た際に頭痛がするのはいつものことだが、バスで寝ると大抵首にも負担がかかる。深夜バスでこれはきついなと思い、外に出た。

 

 バスの写真は前回のもので良い。外に出た瞬間にやったのは伸びだった。

 縮こまっていた体をとにかく伸ばす。ほんの少しの気休めだったが、幾分マシになる。

 

 ゴミ箱に先程購入したコーヒーの紙コップを捨ててトイレを済ませ、二杯目のコーヒーを買った。キリマンジャロにしてみた。大陸を変えたところで、たいした変化は分からなかった。暖かい飲料が欲しかっただけである。

 

 車内に戻り、暗い車内でコーヒーを落とさないように気をつけながら自分の座席に着いた。相変わらず前の座席はリクライニングが思い切り下がっている。

 この客の神経の図太さは感動すら覚える。

 

 しばらく起きていたが、睡魔もあり、うたた寝をして過ごしているうちに、時刻は五時三十分を過ぎていた。

 

 地図アプリで現在位置を調べると、京都駅までは目と鼻の先である。

 

 カーテンで仕切られているので外の風景は見えなかったが、明らかに車内は騒がしくなっていた。到着が近くなったので、目の覚めた乗客達が荷物をまとめている音が前後左右どこからも聞こえてきた。

 

 私も、ドリンクホルダーに入れていた紙コップを手に取って、冷め切ったコーヒーを胃に流し込んだ。

 スマホの充電器をしまい、足元のカバン類をまとめていると車内アナウンスが流れてきた。

 

 車内環境は大変だったが、ほぼ定刻通り京都駅に到着したバスの運転手さんの技術は素晴らしいと素直に称賛したかった。

 

 下車してみると、空は既に薄く青みがかっていた。まさに曙である。

 荷物を抱えて邪魔にならない場所に移動し、体のさまざまな部分を伸ばして、改めて京都駅の周囲を見渡してみる。

 

 京都タワーが目に入り、思わずスマホで撮影した。日の出前の京都タワーは、その白い体の私から見て右半分を、早くも薄い茜色に染めつつあった。色のついた側の空はどんどん白んできており、京都タワーの向かい側にあるビル群は後光が差しているようだった。

 日の出前なので、タワーの染まり方も境目がぼんやりとしている。夜から朝に変わる一瞬の時間帯は、深夜バスで荒んでいた私の心を少しだけ癒してくれた。

 

 本当は、京都タワーの地下に銭湯があり、そこで朝風呂をしたかったのだが、数年前に閉館してしまった。

 

 風呂よりも、まずは朝ごはんが食べたい。

 

 そう思った私は、京都駅にあると言う早朝から営業している蕎麦屋を求めて、京都タワーのある中央口から見てちょうど反対側の八条口に向かって歩いて行った。今思えばこの行動は体力と時間の浪費にしかならなかったと知るのだが、それは第三話にて。

 

 

                              つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] どうも!こんにちは狐猫です。 早速見させて頂きました! やはり他人の旅行は面白いですね。 深夜バスの時点で勝手に「水曜どうでしょう」を思い浮かべてましたが、やはり出てきましたか。大泉筆頭…
[良い点] いやー面白いですね! 京都編も楽しみです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ