奈破翁(ナポレオン)の埃及(エジプト)遠征(三十と一夜の短篇第78回)
戦時の残虐行為の描写を含みます。
暑い。目茶苦茶暑くてめまいがするほどだ。
司令官が砂ぼこりに霞む地平を指差して景気づけの言葉を何か言ったようだったが、頭の上を通り過ぎていった。
銃剣を携え、整列する兵士たちは対峙する敵兵への注意を怠れない。ベドウィン人やマムルークの部隊は戦場を晴れの舞台と心得てか、装飾品で身を飾り、鮮やかな衣装を身に着けている。フランスを遠く離れたエジプトの沙漠で、今戦端が開かれようとしている。
――どうして俺はここにいるんだ?
一兵卒のトマは思考が回らない。首元から手首まで覆う羊毛地の上着、下も同様の生地で足元まできっちりと包まれ軍靴を履いている。フランス軍の軍服は汗と脂と埃に塗れ、渇きに苛まれながらも汗が止まらない。呼吸は犬のように荒い。このまま日干しになって砂に埋もれてしまうかも知れない。彼方に並ぶ敵兵を倒して身ぐるみ剥げば一財産と、取らぬ熊の皮算用をするしか気を紛らわす法がない。
戦闘が開始されれば、流石はナポレオン・ボナパルト率いるフランス陸軍である。大砲と銃での攻撃で、ギラリと光る剣を持つマムルークの騎兵はあっという間に蹴散らされた。砂の海に足を取られながら、トマは仲間と一緒にマムルーク兵の死骸から身に着けている貴金属類やらこぎれいな衣服やらを引き剥がして、ポケットや背嚢に仕舞い込んだ。
南仏出身のトマにとってもエジプトのカイロやアレキサンドリアの気温は身に堪えた。
1789年の大革命に始まって、王政を打破したフランスは、旧体制をよしとするヨーロッパ各国と戦ってきた。恐怖政治の後、熱月の反動でパリは享楽的になり、一方で白色テロが起こり、フランス政府の土台がぐらついた。そんな総裁政府の許で、コルシカ出身の軍人、ナポレオン・ボナパルトが頭角を現した。イタリア方面での華々しい勝利から英雄ともてはやされ、誰もがナポレオンに期待した。トマもそうだ。
トマに小難しいことも国際情勢も判らない。ただ徴兵された先で、イギリスに一泡吹かせる為にエジプト遠征が必要だと聞かされた。
1798年の五月、フランスは花々の香り溢れる心地よい季節、トゥーロンを出港し、ナポレオンの船団は七月にエジプトのアレキサンドリアに到着した。正確に測量された地図が当時あったかどうか知れないけれど、トゥーロンとアレキサンドリアでは緯度が十度以上違う。南、それも夏真っ盛りの土地にきたら、ヨーロッパの人間にはきつい。その頃のヨーロッパの軍服に半袖とか半ズボンはない。その土地に根付いている風通しのよい服装は異教徒の物と、真似しようにもできない。
「兵士諸君、あのピラミッドの頂から四千年の歴史が君たちを見ている」
戦いに入る前に司令官がそう叫んだそうだ。上官が教えてくれたが、トマには何のことやら理解できなかった。感激を共にしたかったのに当てが外れた少尉は、この無学者どもめ、と言いたげに解説してくれた。
「エジプトの歴史は古いんだ。キリストが誕生するよりも前から王朝があって、戦場の向こうに見えた三角錐のような建物がピラミッドで、あれは太古の王が建てたんだ。長い時の流れを過してきたピラミッドが、今日俺たちの戦いを見守っていると、俺たちも歴史を彩る人間になるんだと、司令官が呼び掛けてくれたんだ」
「はああ、左様で。あれは岩山ではなかったんですか?」
「山を人力で作るなんて昔の王様はとんでもないですね」
「俺たち勝ったんだから、いつ帰れるんですか?」
「判らん!」
トマを含めた兵卒たちの無感動そのものの意見に、士官は不機嫌も露わに兵舎から出て行った。戦勝の喜びを共にしたいのなら、司令官のお言葉よりも疲労や渇きを癒す葡萄酒や西瓜の差し入れを持ってくるべきだったろう。
学術隊をも同行させていたナポレオンは、過去の英雄たちの業績と並んだと胸躍らせていただろうが、一緒に行軍する兵士たちはそれどころではなかった。ナイル川を含め、生水は危険だから飲むなと言われたが、日陰で涼んでいても汗が流れてくるような気温では支給される飲み水では幾らあっても心許ない。せめて体を浸そうとナイル川に飛び込めば、鰐に手足を噛みちぎられる兵士が出た。おまけにこの土地の多数を占めるムスリムでは飲酒がご法度で、アルコール飲料を供する場所が滅多にないときている。陽が沈んでからの気晴らしも何もない。乾燥地帯の夜間の冷えは日中の陽光の厳しさと対になる。背嚢の奥に仕舞い込んだ金と思しき耳輪や指輪、貴石がはめ込まれていると見られる首飾りや耳輪を故郷に持ち帰って換金したり、女房や娘を飾ってやったりしてみたい。望郷の念と愚痴ばかりが口をついて出る。
邪魔っ気なイギリスにブリテン島に引っ込んでいてもらうには、イギリスの植民地インドからの連絡路でもあるエジプトに攻め込むのが得策と、ナポレオンの野心にフランス総裁政府が乗ってみたものの、イギリスに一泡吹かせるどころか、逆にフランスが泡を食っている。陸で活躍するナポレオンが待っているのに、その後のフランスからの補給やら援軍やらことごとくイギリス海軍に邪魔された。厄介なことにアレクサンダー大王やユリウス・カエサル、オリエントの覇者に憧れるナポレオンの野心の炎はまだ消えない。
トマの英雄崇拝の夢はとっくに醒めた。フランスを守り、敵を破る名将も、トマにとっては自分たち兵卒を灼熱の土地で連れ回す厄介な司令官だ。
――故郷の葡萄酒が飲みたい。腹が膨れるまで故郷の水が飲みたい。何より女房をこの腕に抱きたい。
士気が下がりっぱなし。支給された葡萄酒を飲んで酔い、騒ぐフランス兵の姿を晒し、ムスリムたちの顰蹙を買う。癇に障ったと更にフランス兵は暴れ、物資が不足と暴力や略奪が繰り返される。
――ピラミッドやロゼッタで見付かった碑文なんざどうでもいい。異国に来ている俺たちに、いつ故郷に帰れるか、それだけを教えてくれ!
悪い水か、傷んだ物でも口にしたか、トマは腹を下した。腸にもう何も詰まっていないだろうに、下痢や吐き気が治まらなかった。体が弱った所為か、蚤か虱に刺された箇所が腫れた。同じように下痢、或いは頭痛や悪寒で倒れる兵士が続いた。
体力が奪われ、気力が弱り、トマは夢にうつつに妻と子の名を呼び続けた。右隣の寝台にいる兵士は「お母さん」と泣いている。左の寝台の兵士は二度も入れ替わっている。いつ死体になってもおかしくはない。
そこへ慌ただし気な複数の足音や、かつっと踵を揃えるような音がした。
「将軍がお見舞いにいらした!」
「司令官自らが来た」
医者でもない司令官が傷病兵の兵舎に来てどうなろう、とトマは思った。しかし、ナポレオンは病床を覗き込み、涙を流さんばかりだ。
「君たちが私の支えだ。早く良くなってくれ」
考えてみればナポレオン自身はやっと三十になったばかり、長く家族と会えていないし、故郷が恋しいだろう。将軍もまた人の子だ。
「早くフランスに帰りたい。俺たちの司令官は常勝将軍。なんでもできます」
「ああ、君たちの願いは叶うだろう」
ナポレオンはトマの病床に近寄った。トマを凝視し、ナポレオンは力付ける。
「君も元気になってくれ」
「生きて女房の顔を見られるかどうか」
「栄えあるフランス陸軍兵士が気弱でどうする。生きて私と共に凱旋しよう」
嬉しいのかかなしいのか、トマには判らなかったが、涙が流れた。ナポレオンが去ると、医者がトマに声を掛けた。
「よく眠れるように薬を飲みましょう。気持ちも楽になります」
言われるままにトマは薬を飲み下した。薬は苦く、口の中にこびりつくようだったが、不思議と苦痛が和らいだ。これならゆっくりと休めるだろうと、呼吸が穏やかになる。意識が遠のき、深い深い眠りへと誘われていった。
そしてトマはそのまま二度と目覚めなかった。
イギリス海軍の動きやエジプトやシリアでの戦線の膠着、それにフランス本国での政局の変化から、ナポレオンは帰国を(勝手に)決めた。腹心たち身近な将校たちだけを連れ、密かにエジプトを脱出した。
後事を託されたクレベールが司令官となり、残された兵士たちにナポレオンからの言葉を告げた。
「祖国とその栄光への想い、尋常ならざる出来事のゆえに、私は決心して一人、敵軍の中を抜け、ヨーロッパにむかうことに決めた」
ナポレオンはイギリス艦隊の隙を突くようにして無事に帰国できたが、取り残された兵士たちはその後1801年に降伏するまで祖国の土を踏めなかった。
奈破翁の金字塔の戦い自体は華々しい語り草かも知れないが、遠征そのものは苦い終息となった。
妻や娘に渡したかったトマの戦利品が何処に行ったのかも今となっては判らない。
参考文献
『世界の歴史21 アメリカとフランスの革命』 五十嵐武士/福井憲彦 中央公論社
『ナポレオン フーシェ タレーラン 情念戦争1789―1815』 鹿島茂 講談社学術文庫
ナポレオンのエジプト遠征って、昔、池田理代子の『エロイカ』で読みました。漫画ではナポレオンがカッコよく決めてましたが、「兵士諸君、ピラミッドの頂から云々」の台詞に兵士たちが奮い立ったかどうかは不明だそうで。