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理性



 今日は待ちに待ったルミィとの夏至祭デートだ。 ストラン伯爵邸に迎えに行けば藍鼠色の民族衣装を着たルミィと使用人が馬車置き場の前で待っていた。


 俺の第一声は。

「かわいい…」


 俺が思っていた通り、ルミィの黄金の肌色に灰色がかった藍色の布地がなじんでいる。おさげに結った髪のせいか、いつもより幼く見えて可愛らしい。布を贈っておいて正解だった。

 藍鼠に橙の格子模様が入った布と白のレース生地を贈った。どちらも我がバルグ侯爵領の伝統的な織物だ。民族衣装の形はどこの地域も似ていて、白のブラウスに濃い色のジャンバースカートとレースのエプロンをする。生地の色や模様で地域の特色が異なる。

 俺はと言えば白シャツに藍鼠一色のキュロットパンツにブーツ、藍鼠の色は珍しいが服に様式は一般的な庶民の格好である。


 俺に気づいたルミィが挨拶とともに話しかけてきた。


「こんにちはダーグ。素敵な生地をありがとう。民族衣装に仕立ててもらったのだけど、似合うかしら?」

「ああ、もちろん!とてもかわいい!侯爵領の伝統色を着てくれてありがとう。ただ、なん…」


 ルミィが言いかけてやめた。社交期ぶりに会話を交わすが、やつれた様な気がする。今日の衣装も仕立てたばかりだろうに、体型より気持ち緩いように感じる。




 馬車で郊外にいくつかある祭り会場の一つに来てみれば、人出はまばらだ。一番盛り上がる夏至祭当日や前夜祭に出掛けたかったが、お互い下っ端同士なので夏至祭3日前に予定を合わせるので精一杯だった。ちらほら出店も出ているので雰囲気は楽しめるだろう。


 本当は馬に二人乗りで王都郊外の会場に行きたかったのだが、ストラン伯爵家から馬車と同乗の女中まで当てがわれてしまった。他にも門限は8時までとか条件が出されている。夏至のこの時期、8時なんて煌々と明るくて雰囲気が出ないっていうのに。

 いや、決して夜陰に乗じて何かしようとか、騎乗の補助を装って抱きしめようとか思っているわけではない。断じて、ない。


 出店の一軒一軒を見て回り始めたルミィ。まあ、店の数も少ないからいいんだが。

 ある一軒で足を止めたまま動かなくなったルミィの手元を覗くと、茶色の革に銀糸で幾何学模様が編み込まれたブレスレットがあった。侯爵領より更に北にいる先住民族の工芸品だろう。確かに緻密な細工で綺麗だ。


「買うのか?」


 俺が声を掛ければ。


「う~ん。素敵だなと思って。でも、普段には使えないし、迷ってて」


 ルミィの答えに、店の棚を見渡してみる。


「今日の記念に俺が買ってやるよ。ちょうど色違いで黒があるし、俺も欲しい」

「えー、悪いわよー」

「いや、俺も欲しいし」


 二人で押し問答していれば、北の先住民族の衣装を着たおばさんが声を掛けてきた。


「お二人さん仲がいいね。ペアルックって言うんだろ?今どきの流行りで、恋人同士でお揃いの物を持ち歩くんだろ。私の年で、旦那と同じもの持ち歩くなんて気恥ずかしいけどね~。若いってイイねぇ~」


 狙っていたとはいえ、他人に指摘されるとか恥ずかしい。しかも本人の前で。当のルミィを見れば、ポカーンとしている。意味に全く気づいていないな。うん、さっさと会計を終わらせよう。


 往来の端に移動して、ブレスレットを着けてやろうとルミィの手をとれば、筋張って腱が目立つ手首が痛々しい。仕事での心労が祟っているのだろう。何もしてやれない事が歯がゆい。

 仕事で王宮を訪れた際、何度かルミィに出くわしたが、うまくいっているようには見えなかった。他の女官たちの後ろで所在なさげに立っている姿を見れば、新人の洗礼を受けているんだろうことは容易に想像ができた。

 王宮だけじゃない騎士団だって、新人に理不尽な扱いをする先輩は多い。俺も経験がある。洗礼を乗り越えて、仕事をものにしていかなければ、周りからは認められないし打ち解けられない。春に一斉に入団して同期がいる分、騎士の方がマシかもしれない。


 ブレスレットを着け終えれば、


「ありがとう」


と、恥ずかしそうに俯きながら礼を言い、俺の腕に黒いブレスレットを着けようとする。そんないじらしい姿に、ルミィを抱きしめたい衝動に駆られる。

 愚痴でも吐いて鬱憤を晴らすでもいいから、もっと俺を頼ってほしいと思う。でも、弱っていながらも笑顔を作って必死に乗り越えようとしている今のルミィに、俺は見守ることしかできないんだ。



 

 夏至祭のメイン広場まできた。祭りで一番の盛り上がりをみせる焚き火、既に木材が組まれている。

 出店からもだいぶ離れたし、二人っきりになる計画にはそろそろいいだろう。


「だいぶ歩いたな。何か軽食でも買って休憩しよう」


 近くに控えていたルミィ付の女中に、軽く摘まめる軽食の購入を頼み多めにお金を渡す。胡乱な目で見られたが従って、買い出しに離れていった。女中の同伴もストラン家から出された条件の一つだが、うまく追い払え…、いや用事を聞き入れてくたようだ。

 焚火用に組まれた木材を片手で強く押し強度を確かめてから、ハンカチを敷いてルミィを座らせる。先に買っておいたイチゴ水を手渡せば、覇気のない笑顔を返される。


「なんだか瘦せたんじゃないか?王宮で何かあったのか?」


 さっきまでは黙っていようと思っていたことを、つい口にしてしまう。


「ううん。大丈夫よ。仕事の失敗が続いちゃって。もうすぐ5ヶ月になるのにまだまだダメね~」

「まだ5ヶ月だ。無理をしすぎると続かなくなるぞ。自分の事も労わらないと」

「……う~ん。 それより!」


 曖昧な返事を返したと思ったら、こちらに迫るようにルミィが続ける。


「少し前にマリーア様の所に晩餐に行ったのでしょう?」


ドッキィィーーーー!


「とても有意義な時間を過ごせたってマリーア様からお手紙を頂いたのよ。休暇の過ごし方で会話が盛り上がったとか…」


 いや!盛り上がってたのは、あちらの母親だけだと思うが……


「ダーグがメインディッシュのお肉を美味しそうに食べてくれたとか、ワインを気に入って褒めていたとか……」


 いやいや!招待を受けた時のマナーだろ。


「何度も私に視線をくださったから、もしかして♡みたいな。って書いてあったわ」


 た……確かに、見てしまった……。チラ見えする双丘を。


「あッ!いや……、断じて……、そんな……」


 言い訳が出てこず、言葉を詰まらせてしまう。


「も~、照れなくてもいいわよ~」


 だから、違うんだッ!


「エドガー様もご一緒だったのでしょ?やっぱりエドガー様もマリーア様の事がお好きなのかしら。それだ……」

 

ガシッ! グイっ!


「 …… 」

「 …… 」


ドンッ! ガタン! バシャっ!


ダッ ダッ ダッ ダッ ダッ ダ…ダ…


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