頼りになる友人
今夜は1つ上の従姉を伴って小さな夜会に出ている。実家のバルグ侯爵家の用事だから仕方ない。あれからルミィとはもう一回だけエスコートをして夜会に出た。エドガーも俺を出し抜いてルミィと同じ夜会に出かけていたが、ストラン伯爵からエスコートの許可は出なかったようだ。ぐふふ…、勝った!
社交期も終盤のこの時期になると、こじんまりした夜会が数回残っているくらいで、世の中の関心はこれから活発になる政治や金融に移り始めている。
騎士団も暖かくなれば、訓練やら警護やら任務が強化される。俺にとっては地獄の前の命の洗濯なのに、ルミィではなく従姉なのはガッカリだ。
ルミィは春を待たずに、もう王宮に出仕してしまった。
従姉は挨拶回りが終わるとさっさとどこかへ消えてしまった。意中の男か、仲の良い令嬢か。
たまにはシガールームか遊戯スペースにでも行ってみようか。煙草もギャンブルも興味本位で何回かやったが、煙草は息苦しいしギャンブルは金を巻き上げられるばかりで面白くない。やらないにしても話し相手は見付けられるだろう。騎士団やアカデミー時代の知り合いが何人かいるはずだ。
そう思っていると。
「こんばんは、ダーグ様。このようにまたすぐお会いできてうれしいですわ」
可愛らしい女性の声に話しかけられる。声の方を向けば、淡い金髪に水色の瞳をしたルミィの友人がいた。
「こんばんは、マリーア譲。またお会いしましたね」
この子よく会うんだよな。この冬、参加した夜会全部で顔を見ている気がする。
「今夜もルミィ様とご一緒なんですの?妬けますわ」
「いえ、今夜は実家の都合で従姉の付き添いなんですよ。従姉ときたらどこかに遊びに行ってしまいまして、自分はずっと壁際ですよ」
アハハと自虐を口にすれば、マリーア譲はパッと笑顔になった。
「あの~、わたくしをダンスにお誘いくださいませんか」
襟元が大きく開いたクリーム色のドレスの胸元で手を組み、上目づかいにマリーア譲が言ってくる。
うッ!…目のやり場に困る。ちょうどいい角度にあるんだよ。谷間が。
「あ…ああ。…わ、私と一曲踊ってください、マリーア譲」
踊り終わっても着いてくるマリーア譲に四苦八苦していると、やっと従姉が戻ってきた。戻ってきたとホッとするものの、遠巻きにニヤニヤとこちらをうかがっている。早く助けろよ。
「従姉が戻ってきたようなので、これで」
「えー、寂しいですわ。それに社交期が終わればダーグ様に会える機会が減ってしまいますのにぃ」
いとまごいの挨拶をしようとしたら、マリーア譲が手を下げてモジモジしながら話し始めた。下げられた腕に挟まれて更にあれが強調されている。
「これからもダーグ様にお会いしたいのです。お茶や晩餐などご一緒できませんか? キャッ!女のわたくしから申し上げるなんて、恥ずかしいぃ…」
胸に目が行ってしまった罪悪感やら照れくささから、曖昧に返事をしてマリーア譲から離れる。いや、凝視はしていないんだが、凝視は。
「ふ~ん。ルミィちゃん以外にもいい娘いるんだ?ややこしいことになっても知らないわよ。社交界の噂って怖いんだから」
従姉の元にたどり着けば、ジト目で言われた。何のことだよ。
★★★★★
「休暇で王都のお屋敷にお戻りになっているときは、何をしてお過ごしなの?」
「はあ、知り合いに体術の稽古をつけてもらったり、これからの季節なら一人で馬の遠乗りに出かけることもあるでしょうか」
「まあ、まあ、そうなの。お一人でっていうのは寂しいのではなくて?これからは我が家に立ち寄っていただいたり、マリーアを誘ってもよろしくってよ」
「あ…、いや、それはさすがに…」
他にも、お酒は?タバコは?賭け事は?、果ては兄貴の結婚話まで。これは何の尋問だろう。
シーズン最後の夜会でマリーア譲の胸に動揺したツケが回ってきた。マリーア母の質問攻めに返答しながら晩餐を食べている。今も左を向けば、やはり良い角度にマリーア譲の谷間があり、潤んだ視線も時より感じる。
救いなのはエドガーも同じ質問攻めにあっていることだ。夜会から一ヶ月半が過ぎたころ、晩餐への招待状が届いて、慌ててエドガーに相談したら、同伴してくれることになったのだ。
やっと解放され、帰りの馬車にエドガーと落ち着いた。晩餐のはずなのに何の料理を食べたか記憶が曖昧だ。
「お前はもっとハッキリ断れよ。今夜の質問攻めだっていいように解釈されかねないぞ」
「俺なりにちゃんと言ったつもりだけど」
あれでか?っと呆れ顔のエドガー。
「最初の誘いをハッキリ断っておけば、今夜だってなかったんだぞ」
ごもっともで。
「さすがに気づいてるよな?マリーア譲はお前に気があるって」
「まさか?」
「はあああぁ~。ルミィ譲の鈍さも頂けないが、お前も大概だ。しかもあの母親……」
長い溜息をもう一度して、エドガーが続ける。
「娘とお前をイイ仲にしようと躍起になってる。二人はイイ関係だとか、果ては婚約だの結婚だの都合のいいように言いかねない。ダーグ一人で来ていたらどんな話になっていたことか。今回は俺も一緒だが、やろうと思えば噂を誘導すことはできるからな」
従姉が言ってたのってこのことか。
「噂に羽目られてマリーア譲と結婚したいのか?」
げッ! 俺はルミィ一筋だ。
「エドガー…、どうしたらいい?」
マリーア譲を真似て、上目づかいに聞いてみた。
「ああ、俺に心当たりがある」
エドガーがいつも以上にイイ笑顔だ。