期待と不安と①
私、ルミィ・ユキ・ストランは自邸のロビーでそわそわと人を待っている。
今夜出席する夜会へエスコートしてくれる幼馴染のダーグ・バルグだ。ダーグにイラついているわけではない。約束の時間にはまだ早い。夜会への不安を消化するためにウロウロしているだけ。でも、一向に心は落ち着かない。
王宮への出仕が決まってから、お茶会に1回、夜会に1回参加して、今回で社交参加3回目になる。社交場に出るのは、去年のデビューから数えても片手で済んでしまう。
先日のお茶会は女学院で同期だったお友達の実家が主催だったため、卒業した他のお友達たちとも会えたし、話しも盛り上がってとても楽しい時間を過ごせた。
でも夜会はさんざんだった。ダンスのお誘いどころか、声すら誰にも掛けてもらえなかった。エスコートしてくれたお父様との挨拶回りが終わって、30分経っても誰からも声を掛けられず、思い切って会場をウロウロしてみたけど、目が合うと逸らされる始末。いたたまれず2時間ほどの滞在で帰ってきてしまった。
デビューの時もアカデミー在籍を理由にデビューを遅らせていたダーグが踊ってくれただけだった。
私に魅力がないのは分かってる。縁談の話の一つもないのがいい証拠だ。黒髪黒目に黄色い肌はこの北王国の美麗の基準に当てはまらない。
幼いころに理解済だから今更傷つかないと思っていたけど、実際に目も合わせてもらえないなんて、さすがに凹む。
今回はダーグが付き添ってくれるから、前回ほど寂しい状況にならないと思う、いや、思いたい。ダーグの屈託ないいつもの様子を思い浮かべ、彼から贈られた髪飾りに触れてみる。だけど不安はぬぐい切れない。あの子が参加するって、お茶会で聞いたから。
止まっていた歩みを再開させ、またウロウロしだすと、玄関ドアが開いて黒のフロックコートを着こなしたダーグが現れた。
「こんばんは、ルミィ。」
「今夜はお付き合いくださって、うれしいわ。ダーグ」
ご機嫌そうなダーグに私もスカートも裾を持ち上げて丁寧に挨拶をする。
「今夜はルミィの傍にずっといるからね」
ダーグは言いながら、私の手を取って口づけてきた。いつの間に、こなれた挨拶ができるようになったのかしら、とダーグの行動を見つめてしまう。
「今夜のルミィはとても綺麗だ。俺が贈ったパールの髪飾りも付けてくれたんだね。今夜の臙脂のドレスにも似合っていて、贈った甲斐があるよ。俺の贈り物でルミィの魅力が…」
「やあ、ダーグ、こんばんは。出発の時間に少し早いようだから、奥でお茶でも飲もうじゃないか。ユキもダーグから離れて、応接間へ来なさい」
私相手に歯の浮くセリフを練習しているのかしら?と思えるダーグの言葉に被せて、邸の奥から聞きなれた低い声が掛かった。
「はい。お兄様」
ちなみにミドルネームの「ユキ」は一族特有のトーカイ語名で、公にはしていない愛称である。ルミィも北王国語で「雪」だから、「雪・雪・ストラン」になるわけで、意味だけをとらえるとちょっと滑稽だ。でも、一族だけに通じる愛称が家族に守られている温かさを感じて、私は「ユキ」の愛称を気に入っている。
応接間へ足を踏み出しながらダーグを見ると、顔色が青いような。お口も滑らかでご機嫌だと思ったけど、案外ダーグも緊張しているのかしら。
★★★★★
夜会へ一緒に参加した長兄夫婦と関係者へのあいさつ回りを終わらせ、ダーグと飲食スペースでひと休憩していると、エドガー様が数人のお友達を連れていらっしゃった。
和やかに会話を楽しんでいる風を装ってはいるものの、内心は逃げだしたい衝動に駆られている。エドガー様はお優しいのが分かっているけど、初対面の年の近い男性と話すのは本当に苦手である。
『黒髪の魔女め!』
幼いころの嫌な記憶が蘇ってくる。
愛想笑いを浮かべたまま、暗い方へ引っ張られていた思考がエドガー様の一言で引き戻される。
「今夜のルミィ嬢もお綺麗ですね。臙脂の細身のドレスが、貴女の凛とした美しさにとても似合っている。まるで星空のように、パールの髪飾りが散りばめられたその漆黒の艶髪が、さらに美しさを引き立てていますよ」
出発前のダーグ以上に、歯の浮くセリフ。顔に熱が上がってくるのが分かる。お世辞と分かっていても、言われ慣れていないのでどう返答してよいか分からず俯いてしまう。あのまま思考を暗い方へ沈めていた方が心臓が楽だったのではないかと思くらい。
「…え、えーっと、あの、その…お褒め下さってありがとうございます」
どもってしまったのも、顔を伏せてしまったのも許してほしい。明らかなお世辞を真に受けている世間知らずだと、周りが白けていないか気になってますます顔が火照りだす。
「まあ!ルミィ様ではありませんか?」