譲れない
「エドガー様とダーグはアカデミーから一緒だったのですね」
「ええ、同期入団でアカデミー出身は僕とダーグだけなのですよ」
ルミィが会話の最初にエドガーの名前を持ってくるのが気に入らない。小ちぇーな俺。
俺もエドガーもアカデミーを卒業した2年前の17歳に王立騎士団に入団した。一般的には十代の初めに小姓として入り、次に従卒、騎士へと昇格していく。実力や爵位の差で昇格に差が出るが、17の歳の頃だと従卒に上がりたての者がちらほらいるくらいだ。
俺たちアカデミー出身者も最初の一年間程は小姓に属して、規律をみっちり仕込まれる。ついに数か月前、従卒に昇格したのだ。騎士への昇格は実力次第だが、アカデミー出身者の方が最終階級が高いものが多いため、はえぬき連中とは微妙な空気が存在したりもする。
アカデミーは試験に合格さえすれば何歳からでも入学できるし、修了年数も決まっていない。大体の者は14~15歳に入学して4~5年かけて課程を修める。えっへん!俺は13歳で入学して4年で修了した、優駿なのだ。まあエドガーも一緒なんだが。
俺たちの上を行く伝説もあるもんで、12歳で入学し15歳で終了、大学も20歳までに修めた生ける伝説もいる。氷の微笑こと現在42歳の宰相閣下である。宰相閣下は商家の出身で、裕福層とはいえ平民が国の最高職に就いたのは驚きだった。
宰相閣下にあやかって、平民の裕福層では子息を大学へ娘にも教養をと教育熱が高まっている。
両腕にガキンチョ二人をぶら下げながら、時代は変わってきてるんだなぁ~なんて思っていると
「ルミィ嬢も女学院とは珍しいですね。それに在学も2年を超えているのでは?」
この休暇に俺がルミィに聞こうと思っていたことを、エドガーが質問している。
女学院へ入るのは教育熱が高まっている平民の裕福層や下級貴族が多いし、在学期間の縛りもないため1~2年在籍したのち、女子成人の16歳には社交に出たり結婚する女性が多い。それなのにルミィは17歳の誕生日を過ぎた今でも在籍している。まさかこのまま修道女になるとか…。
「勉強はもともと好きだったので。それに……、このまま教師の側になるのも良いかと思っていましたの。」
俺の不安的中じゃないか!でも俺としては……
「ですが、王宮からお取立てて頂ける事になりまして……」
あまりの驚きにルミィの言葉にかぶせて叫んでしまった。
「なにーー!」
王宮に取立てられたってどういうことだ?妃か?まさか愛妾……?王妃は健在だし、陛下とは親子ほどに歳も離れている……性的嗜好か……いやさすがに……。じゃあ、第一王子か?他国の姫とご成婚されたばかりだぞ!もしかして15歳の第二王子かーーー!?
ガキンチョ二人をずるずる引きずってテーブルに駆け寄った。
「……どうしたの、ダーグ? 大きな声出して」
「王宮からの取り立ててってどういうことだ?」
「14歳になられる第三王女のクリスティナ殿下の女官として王宮に上がらないかと、お声をかけてただいたのよ」
ルミィの答えに、邪な勘違いを悟り顔に熱が集まる。
「いや…、その…、勘違い…して…、きさ…とか…」
言い訳にもならない言葉をもごもと口ごもるしかできない。エドガーが俯いてプルプル震えてる。笑ってんのか?
「え?何? 話の腰を折らないで!」
ルミィにピシャっと言われて、俺も別の意味で俯く。
「半年後の春からクリスティナ王女殿下にお仕えするのよ。王女殿下より少し年上のお付きの者を探していたみたいでね。王女殿下にお仕えできるだなんて、とても光栄だわ~」
「本当ですね。王族からのお声掛かりだなんて、そうありませんから。ルミィ嬢はとても優秀なのですね」
笑いのツボから立ち直ったエドガーがもっともそうなことを言う。そうなのだ、ルミィは優秀なのだ。語学が得意で、数字にもそこそこ強い、字もキレイだ。裁縫や花を活けるとか淑女っぽいのは…。
「教養だけでなく、求められる素養が色々ありまして……。社交とかダンスとか、美容やお洒落のセンスなども求められるようで……。女学院への在籍は来月までにして、冬の社交シーズンに参加しようと思っているんです」
「今までルミィ嬢が社交場の噂になることはなかったですね」
「ええ。私あまり社交が得意でなくなくて、美容やお洒落もちょっと……。それに初対面の男性と踊るのも気恥ずかしくて。お茶会や夜会へはデビューのころに最低限だけで……」
モジモジと話すルミィが俯きがちにさらに続けて。
「基本的には父や兄たちに付き添ってもらうのだけど、家族の都合がつかない時にダーグにもお願いできないかと思って。今回の休みに会えたから、ちょうど話そうかと」
なぬ!俺がルミィのエスコート!しかも公認!たまにと言わず毎回でも!と内心飛び上がりながら口を開く。
「もちろん!よろ…」
「ダーグと言わず、このエドガー・オルソンをお誘いください。ルミィ嬢とご一緒できる誉を僕に」
エドガーが立ち上がり紳士の礼を取りながらキザなセリフを、俺の返事に被せてきた。は~ッ!?
「よろしいんですか?エドガー様。こんな私のお相手をしてくださるなんて」
「何をおっしゃいます。今年の社交シーズンはルミィ嬢の噂でもちきりになりますよ。もちろん羨望の方で」
「まあ、お上手ですね。うふふふ」
その後、ガキンチョたちの「もう、帰りたーい!」コールでルミィ達は帰っていった。
★★★★★
騎士団の兵舎へ向かう馬車の中、ついつい頬が緩んでしまう。
休暇中ルミィと会えたのは一回きりだった。しかも、翌日からガキンチョ達の襲撃を毎日受けることになって、休息もままらなかった。
まあ、襲撃を予想済みだったので、付き添いの女中にこっそりとストラン伯爵宛の書状を渡しておいた。内容はもちろんルミィのエスコートを喜んで引き受けますだ。この早業は、エドガーを出し抜けたはずだ。ニヤリ。
エスコートの記念に何か贈ろうか。
歴代のプレゼントを思い返す。小さい頃はリボンやハンカチ、女学院へ入学してからは便せんやペン先などの文具。学院寮に持っていけるもの&俺宛に手紙を書いてほしい下心を込めての選択だ。
今回はもっと下心を込めてもいいかな、ドレス…、いやいやドレスは焦りすぎか?、アクセサリーなら。
「ダーグ、そろそろ着くぞ。そのだらしのない顔どうにかしろよ。また副長にしごかれるぞ」
エドガーの呼びかけに、フワフワした妄想の世界から汗くさい世界へと意識が押し出された。従卒として俺が付き従っている上官の太い腕に首を絞められた時の感覚と臭いが蘇ってきて、胃から酸っぱいものがこみ上ってくる。おえー。
確かに気を引き締めて行かなないとな。俺には一日でも早く騎士になる目標があるのだから。