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意気地なし



 今朝も晴天だ。王宮に詰めて4目の朝を迎える。建国祭の王宮警備に駆り出されている。騎士ではない俺は訓練以外で馬には乗れないため、健国祭の見せ場であるパレードには参加できない。王族を守る近衛も手薄になるため、王宮の巡回警備に当たっている。2日間の行事を終え、建国祭前日から詰めていた王宮も本日で撤収だ。


 3つ上の兄貴は騎士に上がり、今年初めてパレードに参加している。婚約者が見に来ると張り切っていた。騎士になったことを二人で手を取って喜んでいたし、1年後の挙式に向けて母に色々言われながら二人で頑張っている姿は微笑ましい。俺も早くあやかりたい。


 が…、俺には険しい道のりの様だ。王宮に詰めている4日間、ルミィと遭遇はすれど目が合わない。何となく視線を感じて振り向けば、思いっきり逸らされる。予想はしていたが凹む。


「皆、ご苦労でした。建国祭での働きに感謝します。近い将来、騎士としてパレードで隊列を組むあなた方の勇姿を期待しています」


「労いのお言葉を胸に、これからも精進してまいります。全員!敬礼!直れ!」


 警備の解散にあたり王宮の中庭に集められた騎士団に、王族を代表してクリスティナ殿下から労いのお言葉を掛けられる。王族を前に不敬ではあるが、俺の視線は殿下ではなく後ろに控えるルミィに向いている。


 夏至祭のころより顔色や表情が明るく戻ったように感じる。立ち位置も他の女官たちから離れることなく立っている。所在なさげに一歩下がっていた以前より、堂々としている。彼女なりに仕事や周りとの関係を習得してきたのだろう。


 うまくいっていることに自分の事のようにうれしく思う。努力が実りつつあるルミィを誇らしく感じつつ、その努力に自分が全く関与できていないことを悲しくも思う。


 夏至祭のあと何度も手紙を送ったが、一度も返事がなかった。ベッドで頭を抱えて心配するまでもなく嫌われたのだろう。ただの幼馴染に何の前触れもなくキスされれば、気持ち悪かろう。しかも初めての仕事に心身ともに疲弊している時に、虚をつく様な形になってしまったのだから尚更だ。


「終わったぞ」


 同僚に脇をつつかれて、我に返る。殿下たちの姿はもうどこにもない。


 空を見上げれば、やはり天気が良い。もう一度だけ手紙を書いてみようか。もう一度だけ。



★★★★★



「ダーグ、悲壮感半端ないな」


 9月の中日(ちゅうじつ)が近づきオレンジ色を帯びたの日差しが差込む昼の食堂でニシンを挟んだパンを食べていると、エドガーに声を掛けられて顔を上げる。


「気持ち、引きずってるのは分かるけど。更に何かあったのかよ」


 口の中の物を咀嚼して呑み込む。一番脂がのっている時期なのに、いまいち味が分からない。味がしないのはやはり気持ちが沈んでいるからだろうか。


「昨日、国境警備の志願書を出した」


 食べるのを止めて、答える。


「 …… 」


 しばらく間があり、エドガーの眉間にしわが寄っていく。


「はぁ?まさか北東の丘陵地帯とか言わないよな?」


 実家のバルグ侯爵領は国の北方に位置し、北の先住民族や国境の抑止力となっている。バルグ侯爵領が接する国境は山岳地帯なのに対し、国の東側は丘陵地帯となっている。なだらかな地形は攻め入りやすく、好戦的な隣国との戦場に何度もなってきた陸上防衛の要だ。


「ああ、北東の丘陵だ。侯爵領からも近しな」


 もう大きな戦は十数年起きていないし、冬場の休戦は暗黙の了解だ。だが、警備が全面撤収することはない。


「マジかよ?吹雪、遭難、凍傷、飢餓、幻聴、幻覚、狂乱、凍死、するんだぞ」


 巡回や訓練での事故は多い。毎年、一定数の者が命を落とす。原因は違えど死人が出るのは夏も一緒だ。その分、報酬と昇給の見返りがある。死んでしまえば意味のないモノだが。


「多分、希望は通ると思う」


 王都から国境地帯への派遣は毎年の事だが、望んで志願する者は少ない。特に貴族階級は命の危険を冒してまで僻地へ赴く益がない。武勲を立てられない平和な昨今は、政経に力を投じ社交に興じる方が有益だ。


「冬に北東の希望出す奴いないって。よっぽどコレに困ってるか、やらかした奴らだ」


 エドガーは言いながら、右手の親指と人差し指で輪を作り胸元に持ってくる。次に指の輪を解いて掌を広げて首の前で振った。


「ある意味やらかしたからな。社交期に王都にいても虚しくなる」


 建国祭の後に書いた手紙にも返事は来なかった。


「失恋を糧に早期昇進しようってのか?色々と早すぎると思うけどな……」


 国境から戻ったら、領地の兵団に転身するのもいいか。もう、王立騎士団に拘る必要もない。


 またパンをかじる。更に位置が落ちてオレンジが濃くなった日差しが眼に痛い。



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