久しぶりなのに
初投稿です。
物語最後まで読んでいただけると、幸いです。
馬車に揺られ同乗する男女の会話を聞きながら、俺ダーグ・バルグはどんよりとした空気をまとっている。
「エドガー様はバルグ侯爵邸にどのくらい滞在なさいますの?」
「次の出勤まで。…だから、一週間は滞在していますよ」
「では、一度お伺いしてもよろしくて?」
「もちろん。一度と言わず毎日でも。ルミィ譲のように美しくて会話のお上手な方なら大歓迎ですよ」
「まあ、お上手ですね。私も帰省の楽しみが増えましたわ」
ルミィが黒曜石の瞳を細めて、楽しそうに受け答えする顔を、無表情で眺めながら俺は心の中で悪態をつく。
何が大歓迎だ!そもそも俺の家だ。一週間だと?聞いてない。友人と言えども図々しい。本来なら今日のルミィの話し相手は俺のはずだっんだ。
ひとしきり心の中で喚いた後、ため息を押し殺して窓に顔を向ける。ルミィの隣に座る女中の憐憫な目と視線が合った気がするが、きっと気のせいだろう。
はぁ~。
邸について、友人であり王立騎士団の同期でもあるエドガー・オルソンの荷ほどきの手伝いをしてやる。
「ルミィ譲は噂と違って、きれいでお淑やかなご令嬢じゃないか。もっとこう~、顔も体の厳ついのを想像してたんだが。ストラン伯や兄上方のような……」
「はあ? だからなんだ?」
「ダーグがルミィ譲を隠したがる理由が分かったってこと」
亜麻色の髪をかき上げ、ペリドットのような薄緑色の目をニマニマと細めながら言うエドガーが、近寄ってきてわき腹をつついてくる。
「確かに背も高くて切れ長の涼しげな目元は、一般的なご令嬢への誉め言葉に使う華奢とか儚げとかとはそぐわないけど、名前の雪のように凛とした気品があるっていうか~。いつもはキリっとしてるのに、キスの時とか頬を染めて上目遣いで見上げられたら堪んねぇだろうな~。その温度差に心を持て行かれそう」
バフッ
俺はエドガーの頭を、奴の荷物に入っていた本で思いっきり叩いた。
ルミィは修道院主催の女学院に通っている。元は下級爵位の貴族や豪商の息女が格を上げるために通っていたが、家庭教師に師事していた上級爵位の息女へも近年広がりつつある。
休暇帰省するルミィと一緒に帰るため、同じく休暇帰りの俺は馬車で迎えに行ったのだ。
事前伺いに渋るストラン伯爵に、騎士団の自分の休暇と偶然一緒だとか、騎士団の宿舎の帰り道だとか、互いのタウンハウスが近隣だから効率が良いとか、言い訳をこね……いや理由を説明して、侍女が一緒ならとやっと約束を取り付けたのに。
なのに、なのに!
宿舎を出る直前、同期のエドガーが休暇の変更で泊まる当てがないからとついて来た。しかも俺をダシにルミィと会話しやがって。
従卒に昇進したエンブレムをルミィに見せたくてわざわざ騎士団の制服で迎えに来たっていうのに、「すごい」の一言ももらえなかった。気づいてさえいなかった。
まったく!このエロ優男め!許さんッ!
なに如何わしい本持ってきてんだよ。
★★★★★
オラ!こい!
おぅ!おぅ!おぅ!
ドリャー!
翌朝、隣のストラン伯爵邸からの怒声で目が覚める。この怒声は何かあったわけではなく、東大陸のさらに東にあるトーカイという島国の体術稽古の掛け声なのだ。この怒声が聞こえない時の方が非常事態なのではないかと心配になるくらい毎朝のことだ。
ストラン伯爵家はトーカイ国の血が流れている珍しい家門だ。西大陸諸国がトーカイ国との交易が始まったばかりのころに南隣の中央皇国に亡命したサムライという者が祖先なんだとか。ストラン伯爵領が持つ港では、中央皇国や東側諸国の交易で栄えている。多くの国に精通しているため家格は中流だが、財界はもちろん政界でも影響力を持つ。
この朝稽古のお陰なのかストラン伯爵家の男子は、とにかくゴツイ。筋肉隆々だ。さらに髪も瞳も肌も色素が濃いので、色素の薄い民族が多いここ北の王国では目立つ。一目でストラン姓だろうってわかるくらい。
ルミィはゴツくはないが上背があることや、黒い髪に黒い瞳を悪い方に気にしてる。俺の銀髪・灰青の瞳を羨ましいとルミィは言うけど、この国では平々凡々なだけなんだがな。
俺としてはルミィの淡い黄金色の肌は健康的で好ましいし、瞳も黒曜石のようで神秘的だと思う。あ~、ドレスで隠れた肌はうなじの肌色より淡いんだろうか、その濃淡を確かめるようになめ……
きてる!朝の生理現象からのと下に手を伸ばしかけた時、バンッと扉が開いて、
「外から聞こえるあの声はなんだーーー!!!」
髪の毛が跳ねまくりのエドガーが飛び込んできた。
「ルミィん家からね。これは日課だから」
続きは夜に取っておくか。
★★★★
二日後、ルミィがお茶の時間にやってきた。
深緑に黒いリボンを所々にあしらった晩秋らしいシックなドレスを着ている。濃い色素を持つルミィにはこういう深い色が似あう。先日の学院用に着ていたシンプルなライトグレーのドレスも黒い髪色や黒い瞳を引き立てて似合うのだが。
今日も今日とて余計なモノがついてきた。ストラン伯爵家特有の黒い瞳のガキンチョ二人。髪色は明るいから若奥様に似たんだろう。
「甥っ子たちも一緒に行きたいってきかなくて」
「ダーグ遊ぼうよ!」
「ダダダダダーン!ジャジャジャージャン!」
俺もテーブルに着いて会話に混ざろうとするが、うまくいかない。
右側からは腕を引っ張られ、左側は擬音語と擬態語の大音声である。付き添いの女中を見ればニコニコしているが、かえって悪意を感じる。
お坊ちゃま達のことよろしくお願いします!ニコっ!みたいな。毎日こいつらの相手するって大変だよな、気持ち分かるよ。分かるけどなぜ今日なんだ。
ガキンチョに邪魔されながらもルミィとエドガーの会話を拾うことに集中する。