8.弟の気持ち
翌日、キースは、また屋敷に来た頃のキースに戻ってしまった。
それでも、剣の練習にはきちんと来てくれる。でも、やる気がないのは、聞くまでもなくわかる。
ただ、人形のように動くだけ。
そんな日が一週間続いた。
「今日は、もう終わりにしましょう。」
「……もう、やめませんか?」
「え?」
「俺には才能もないし、教えても伸びないので、楽しくないでしょう?」
「キース。」
「元々、俺の何が気に入って、弟にしたかったのかは、知りませんが、もう勘弁して下さい。」
「そんな!あなたには才能が「ありません!!」」
私の言葉を否定するキースの鋭い一言。
「無理なんです。俺にはマリア姉様のような才能も、お嬢様のような才能もありません。ただの凡人なんです。」
「違うわ!!私を信じて、キース!!」
「お嬢様は、姉様と同じ事を言うんですね。でも誰が見ても俺には才能が無い事くらい分かります。」
「言いたいことは、それだけか?」
お兄様が、いつの間にか私の後ろに立っていた。
お兄様が怒っているのが、マナの波動でわかる。私がキースと揉めるから、お兄様を怒らせてしまった。
「待ってお兄様!弟のことは私に任せて下さるんでしょ?」
「そのつもりだったんだが、お前を悲しませるのはだめだ。」
「私は、まだまだ大丈夫。お願い、もう少しだけ待って。」
私は必死でお兄様に縋り着いた。今頑張らないと、弟がいなくなる気がする。それは絶対に嫌だ。
「レイラ様、私が弟君と対戦してみても宜しいですか?」
あ、師匠。いつ来られたんだろう。
もしかしたら、師匠の言うことなら、キースも聞き入れてくれるかもしれない。
「お願いします。」
師匠は、渋るキースの腕を引っ張って、練武場の真ん中に立った。
「さあ、剣を構えてください。私は、レイラ様が、あなたに教えようとした剣が見てみたいのです。」
「俺に?」
「行きますよ。ああ、最初に言っておきます。わざと手を抜けば、怪我をします。片手、片足無くなってもいいのなら、どうぞ。嫌なら、真剣にお願いします。」
二人の立ち会いが始まった。師匠は、本当に剣筋を見ているようだ。時々鋭い一撃を加えるが、本気じゃない。
そして、キースは、私に注意された点は気をつけながら、その攻撃を弾いている。
「ふむ。だいたいわかりました。必死に防いでください。攻撃してきてもいいですよ。」
それまでとは比較にならないほど、師匠の剣が鋭くなる。多分、今のキースでは、攻撃を見切れていないだろう。あちこちから、血が吹き出している。
でも、キースの表情には、私と対戦していた時のような諦めは感じられない。
カラーン
キースの手から、剣が滑り落ちた。
でも、師匠の右腕にも傷が!相打ち!!
師匠と相打ち!!!
「いい一撃でした。レイラ様の指導に従って精進なさい。もう少しで、一皮向けるでしょう。」
「俺、が?」
「そうです。我流ではなく、レイラ様を信じなさい。それが上達の近道でしょう。」
私は、お兄様に促され、師匠と共に、応接室に向かった。お兄様のお怒りが鎮まったのが嬉しい。
私はお兄様の手に腕を絡ませ、頭を擦り付けた。
「おや、さっきの私は怖かったかい?」
「ええ。お願いキースがどんなに失礼でも、私に免じて、怒らないで、お兄様。」
「仕方がないね。」
「お約束よ。お兄様。大好きよ。」
お兄様が私を抱きしめて、師匠が隣で微笑んでいる。この時間がとても好き。
マリアの頃は、一人でがむしゃらに頑張っていた。
でも、今は、自分の好きにさせて貰い、お兄様と師匠に守られている。
小さいレイラのおかげ。
翌日練武場に行くと、既にキースが素振りをしていた。
ちゃんと私が教えた通りに。
いつから素振りをしているんだろう。額や首筋から汗が流れている。
その姿が、とても綺麗だと思った。
「早いんですね。」
キースは、剣を下ろすと、師匠に対するように、私に丁寧に頭を下げた。
「今日もよろしくお願いします。」
やる気があるのは嬉しいけど、これは違う。
「キース、私は師匠じゃないです。」
「そうでしたね。姉さん、今日もよろしく。」
「はい。二人で頑張りましょうね。」
昨日の師匠のおかげで、キースの動きが変わってきている。狂ってしまった体の重心が正しくなってきていた。
「師匠のおかげですね。」
私では、こうは行かなかったと思うと、少し悔しい。
「確かに昨日の立ち会いで、気づいた事はある。でも、教えてくれたのは、姉さんだ。」
「キース。」
「さあ、どんどん教えて。」
「うん。」
大きく頷いて、練習を始めた。
その日から、キースの剣技はみるみる上達した。
お兄様も感心するほどに。
そして、お兄様と、キースは、学園入学の為、屋敷を出て、寮に移った。
毎日一緒にいた二人がいなくなり、家の仕事で忙しくなった師匠も、ほとんど顔を出さなくなった。、
週末ごとに帰ってきてはくださるものの、物足りないと思う私は、随分と甘えっ子になった。
私も早く学園に通いたい。
お兄様達の学生姿を見たい。何か方法はないだろうか?
図書室に通いつめた私は、ひとつの解決策を見つけたのだった。