4.夜会での再会
それから数日後、私達家族は、お誘いがあって、夜会に参加した。
本来15才にならない、成人前の私が夜会に出ることはないのだけれど、今回は家族でとのお招きだった。
どうやら先日、街に出た時の、私とお兄様の姿が話題になっていたようで、二人並んだ姿が見たいとの事らしい。
筆頭公爵家、ハモンドリア家の招待を断る事は出来なかったと言うわけだ。
私は、初めての夜会服を着て、お兄様にエスコートされて、会場入りした。
「これは、噂以上だ。ベキャモントの薔薇達。良くこられた。」
「本日は、お招きありがとうございます。」
挨拶するお兄様の後ろで、私もスカートを摘み、優雅に礼をする。
周りの視線が気持ち悪いが、お兄様が我慢されているので、私も我慢するしかない。
成人していない私をダンスに誘う事もできず、お兄様も私から一歩も離れないので、次第に人々の関心が離れていった。
いつもなら仕方なくダンスに付き合うお兄様が、一切相手にしないので、私を招いた公爵は、女性陣から恨まれているようだ。
不意に会場の一角で騒めく声がする。目を向ければ、お兄様と似た年格好の男の子が、少し小柄な男の子を突き飛ばしていた。
見覚えのある紫色を帯びた黒髪。あの突き飛ばされている男の子は。
キース。
あれほど会いたかった弟が目の前にいる。
私の中に、突き飛ばした男の子への殺意が浮かんだ。
「お兄様、あれは何ですか?一方的に暴力をふるって。」
「あれは、公爵の息子だ。」
「突き飛ばされた子の親は何も言わないのですか?」
「突き飛ばされたのは、サバティーニの息子だ。あそこの親は何も言わないだろう。」
「酷い!」
周りの騒めく声が聞こえてくる。
あぁまたやられてるね。
サバティーニの息子は愚鈍だからな。
死んだ姉の一欠片でも弟に才能があれば良かったのに。
いやいや、姉の代わりになれば良かったんだよ。
わざとやられてるんじゃないか?公爵家からお詫びとして金銭が贈られているようだ。
おやおやサバティーニも情けない。それ狙いか。
耳を塞ぎたくなる言葉。
あんた達が弟を馬鹿にするな!弟は私よりも才能があるんだから。
ずっと小突かれ、甚振られている弟が不憫で仕方がない。
怒りで正気ではなかったんだろう。自分でも驚く事を言ってしまった。
「お兄様、私、あの子が欲しいです。私の弟にして下さい。」
お兄様は、驚いた顔で私を見た。
「あの子とは、サバティーニの息子の事?」
「はい。」
「私と同じ年だから、レイラより年上だよ?」
「それでも良いんです。弟に欲しいです。」
「うーん。わかったよ。」
何がわかったんだろう?
お兄様と言葉を交わしていて、私は少し正気に戻った。
それでも私は、言ってはいけない一言を、言ってはいけない相手に言ってしまったことに気づいていなかった。
それから一週間、初めてお兄様と一緒に過ごさなかった。
その後の一週間、屋敷に内装業者が入り、お兄様の指示の元、慌ただしく内装を取り替えていった。
お父様とお母様が少し物言いたげではあったが、結局何も仰らなかった。
夜会から二週間たって、お兄様は俯く少年の手を引きながら、私の部屋にやってきた。
「レイラ、待たせてしまってすまなかったね。今日から彼はお前の弟だよ。」
微笑む兄に手を引かれて入ってきたのは、キース・サバティーニ、前世の弟だった。
私は何も言えず、キースは、私をただ睨んでいた。
お兄様が、彼を私の部屋から連れ出した後、私は全速力でお父様の元へ走った。
何が起きたのかの説明を貰うために。
「レイラ、お前がレイモンドに彼を弟にしたいと頼んだと聞いたが、違うのか?」
確かにあの時、弟に対する態度に腹が立ってそんな事を口走ったかもしれない。
だけど、キースはたった一人の息子、家を継ぐべき嫡男ではないか。
「レイモンドがお前の頼みを聞かなかった事は無いだろう?」
「で、でも、サバティーニ家がどうして……。」
「お前の剣の師匠は、サバティーニの婚外子だ。レイモンドは元々知っていたのだろう。」
まさか師匠が?私と同じ婚外子?
サバティーニの当主は最低の男だった。結婚前、街で見かけた母を乱暴し、母は私を身ごもった。
父がいい人だったので、母は身ごもったまま結婚し、私を育ててくれた。
だが、結婚したサバティーニは、子どもに恵まれず、私を彼らから奪ったのだ。
あの男は、他でも同じ事を。最低で最低な男。
「レイラはレイモンドが事業をしていた事は知っているか?」
「お兄様が?」
「そうだ。今では国一番の事業家らしい。名前を隠しているので知る人はいないがね。その利益は、我が家の年間収入を上回る。」
「は?」
「その金で、当主を失脚させ、師匠を新たな当主とし、令息を引き取ったそうだ。」
「え?」
「わかるな、レイラ。」
「な、何を?」
「レイモンドに頼む時には、よくよく考えてからにしなさい。そうでなければ、あれはお前の頼みなら、何でも叶えてしまうからね。」
お父様の寂しそうな笑顔に、私の顔は強ばった。
私が悪かったの?ええーっ!