3.楽しい街歩き
屋敷を出て、暫くすると、森の中に入る。
何故かお兄様が可笑しそうにくすくすと笑い始め、師匠は苦虫を噛み潰したような顔になった。
なんだろう?
私は馬車の周りの気配を探った。数人の人影?
私達の馬車を見ている?
「レイラ、気づいた?」
「お兄様、あのもの達は、何をしているのですか?」
「うーん。多分、私達を攫おうとしているのだろうね。」
分からない。だって気配は、私よりも弱いのに。
私はその疑問を師匠に投げかけた。
「あのように弱いのに、どうしてそんな考えを抱いたのでしょうか?」
「愚か者だからです。」
「あのもの達をどうするのですか?」
「大丈夫。若様が威圧を放っておられるので、あそこから一歩も動けませんよ。」
お兄様を見ると、相変わらず麗しく微笑んでいる。
威圧?お兄様が?
馬車は、何事も無く、そのまま走り続けて、街に入った。
今日の目的地は、武器屋。師匠おすすめの店なのだそうだ。店の規模は中ぐらいだが、質の良いものを揃えている。新品ばかりではなく、貴族の屋敷から流れて来ている品もあり、意外な掘り出し物があるらしい。
お兄様にエスコートされて、馬車を降りると、周りの人達が、ほうっと溜め息を吐きながら、見惚れている。
屋敷では、見ない光景だ。
コソコソとあれがベキャモントと囁き合う声も聞こえる。
私達は、声を無視して、サッと店の中に入った。
「レイラ、好きな剣を見ておいで。私はレイラに合いそうな剣を見るから、両方買って帰ろう。」
「良いのですか?」
「父上には話をしておいたので、どの剣を買っても構わないよ。」
これは値段の上限が無いと言うことだ。
新品の剣も良いが、古い剣も楽しい。ゆっくり見ていくと、私は見覚えのある剣を何振りか見つけてしまった。
サバティーニの家にあったものだ。
家紋の印がある部分は削られているが、間違いない。
どうして?剣を手放す必要が?
それに並んで置かれた剣。これは、私の、マリアの剣。
「お嬢様、その剣が気になりますか?」
「あ、はい。」
「無名の鍛冶師が作ったもののようですが、良い剣です。お持ちになった方も、大層大切になさっていたのでしょう。」
「あの、これは、売り物ですか?」
「お気に召されましたか?」
「はい。」
私は、剣を握った。今の私には、まだ重いし、しっくりはこないけれど、剣に呼ばれたような気がする。
「レイラ、気に入ったものはあった?」
「お兄様、これを。」
「拝見します。」
師匠が受け取って、剣のバランス、刃の付き方等を確認する。
「良い剣ですね。今はまだ重いですが、あと2~3年すれば、ちょうど良くなるでしょう。」
「師匠が言うなら、それを貰っていこう。ところで、この剣はどこからの出物なのかな?」
店主が少し悲しそうな顔をして、俯いた。
「マリア様の愛剣だったそうです。」
「マリア?マリア・サバティーニか?」
「はい。」
「引き取った時は、酷い状態で、マリア様がお気の毒でした。お嬢様、どうか大切にしてやって下さい。」
「はい。」
こんな所にマリアを悼んでくれる人がいる。弟以外、周りに無関心だった私なんかを。
ありがとう。私は、心の中でお礼を言った。
私の剣を綺麗にしてくれてありがとう。大切に扱ってくれてありがとう。
店を出ると、私達を一目見ようとするもの達で、店の周りは大勢の人で大変な事になっていた。
ただ、それも、師匠が威圧をかけた途端、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
これこそ威圧だと思う。お兄様のはよくわからなかった。
「あの噂は本当だったのですね。」
「噂とは何ですか?」
サバティーニの事?なんだろう。
「本当らしい。父上も気にしておられた。」
「お兄様、私にもわかるようにお話下さい。」
「うーん。レイラが気にする事はでは無いのだけど……。レイラ、サバティーニ家はわかるね。」
「もちろんです。剣のサバティーニと呼ばれるご一門の事ですよね。爵位は伯爵。ご令息のキース様は、お兄様と同い年。」
「おや、よく知っているね。かしましい雀は誰かな?」
「内緒です。」
「内緒かぁ。仕方ないね。そのサバティーニだが、最近借金塗れで、大変らしい。領地の不作、事業の失敗、投資の失敗など、色々と重なったらしい。最近は援助してくれる家を探しているようだが、難しいだろうな。」
「そう、なの、ですね。」
弟はどうしているのだろう?苦労しているだろうな。可愛そうに。
「レイラ、他家の事だ。そんな顔をしないでくれ。」
「お兄様。」
何もできないのはわかっているけれど、それがとても悲しかった。