2.私のマナ修行
私は、ずっとキースと話がしたかった。
元気にしているのか、困った事は無いのか、私の死後に、いい家庭教師が来たのか?
けれど、まだ私は幼くて、キースに近づく方法がない。
その上、三家はあまり仲が良くない。没交渉と言っても良いぐらいだ。
三家が顔を揃えるのは、王家主催の夜会だけだとまで言われている。
そして、キースに近づきたい私にとって、この状況は、とても厳しいものだった。
キースに近づきたいが、私はベキャモントのマナを使う力も育てなければならない。
意外な事に、この体は、マナが多い。多過ぎたから、レイラには耐えられなかったのかもしれない。
そして、マナの使い方を教えてくれたのもお兄様だった。
丹田に溜めたマナを練って、手のひらから迸らせる。
私は、両手首を合わせて、手のひらを開き、ダン!と足を踏み出して、マナを発し、目の前にある大岩を抉った。
「お兄様どうですか?」
「あぁ、流石だね、私のレイラ。」
「うふ。」
「でもね、レイラ。今の騎士姿ならば、そのポーズも素敵だが、ドレスでそのポーズは、優雅さが足りないと思われるよ。」
確かに。
「だから、ね。もう一度。」
「はい。」
私は、足を揃え、背筋を伸ばす。
左手で肩を抱き、前に伸ばした右手の指先を揃えて、手首を反らせた。
右手から放たれたマナが、さっきの抉られた大岩の隣を、同じように抉った。
「良いね。美しいポーズだよ。さあ、今日の練習はここまでにしよう。」
「お兄様、ありがとうございました。」
私のマナは、お兄様に言わせると、素直で攻撃的なのだそうだ。
お兄様はマナまで美しく、戦闘モードに入ると、全身をまるでレースのような細かいマナが包み、視線だけで思うままにそのマナを操る。
私のように破壊から、敵をマナで捉えたり、鋭い刃と変えて放ったりと、近くで見ていても、次にどんな攻撃が繰り出されるのか予想がつかない。
そして、そのマナに包まれているお兄様は、プラチナブロンドがゆらゆらと揺れ、蜂蜜色の瞳は金色の光を放ち、口元には柔らかい微笑み。
まるでこの世のものとは思えない程、神々しく美しい。
お父様や周りの人の話によると、お兄様のマナを操る力は、数百年に一人の才能なのだそうだ。
「レイラ。」
「はい。」
「剣術の練習は進んでいる?」
お兄様が唯一私に教えて下さらないものが、剣術だった。剣術の練習を始めた8才の時、私の剣筋を見て、お兄様が師匠を連れて来てくれた。
私では、悲しいけど、力不足だからね。
本当に悲しそうに言うお兄様。サバティーニで、剣の天才と言われた前世の剣技は私の中に確かにある。
まだ体もできていないので、それを使うことはできないけれど……。
お兄様はそれを見抜かれたのだろう。
そして、どこから連れてきたのか分からない師匠は、名も無き剣豪で、私の力をグングンと伸ばしてくれた。
「はい。お兄様。いつでも剣術大会に出れる腕前になったそうですよ。」
「まだレイラは、13才なのに?凄いじゃないか。」
「うふふ。」
「それなら、そろそろいいかな。」
「何ですか?」
「前から思っていたんだ。レイラのマナを剣を媒介に使えば、きっと美しいだろうってね。」
「剣にマナをですか?」
「そう。」
「やってみたいです!」
「では、まずは剣を買いに行こう。明日の午前中に行くから、支度をしなさい。師匠にも声をかけておくからね。」
「はい。楽しみです。お兄様。」
マナ用の新しい剣。
頭に浮かんだのは、前世に愛用した剣。手にしっくりと馴染む重さと形が気に入っていた。
名のある剣ではなかったが、私には最高の剣だった。
あんな剣が見つかると嬉しい。
翌日の昼前、私とお兄様、師匠の3人で馬車で街に出かける事にした。
お兄様も師匠も一緒なので、護衛は連れていない。
可愛くして来るんだよ。
お兄様にそう言われた私は、メイド達に頼んで、お洒落をしてきた。
街歩きなので、膝下丈のドレス。日焼け防止の大きめな帽子。ローズブロンドの髪には、小さなリボンがいっぱいついて、髪が揺れるとゆらゆらと蝶のように動く。
柔らかく膨らんだ袖口と裾にレースを飾るのは、最近の流行りだそうだ。
「お待たせしました、お兄様、師匠。」
「いえ、我々も今来たところです。」
私より、8才年上の師匠は、長身で、見上げる程だ。
歳の割には背の高いお兄様でさえ、彼の隣に立つと華奢で小柄に見える。
「急がなくていいよ。レイラ、今日はいちだんと可愛いね。」
私の後ろで見送りについて来た侍女達が、お兄様の笑顔に小さな悲鳴をあげる。慣れた私でさえ、顔が赤くなった。なんて攻撃力。
「さあ、行こう。」
私は、お兄様にエスコートされて、馬車に乗った。
殆ど屋敷から出た事がない私にとって、街歩きは憧れのお出かけ。
天気も良い、最高の一日だ。